7 家庭教師の先生②
「それで――シャーロッテ様。ご相談できる方がいらっしゃらなくてお困りではないですか?」
ああ、先生! ほんと、それ!
そっか。先生なら家庭の事情も知っているよね。
あとシャーロッテちゃんが使用人たちに嫌われていて、誰一人味方がいないことも。
「先生。本当にもっと学んでおけばよかったと後悔しております。私がこれから向かう元ベンベルク領というところは、どのようなところなのでしょうか? せめて予備知識くらい持っておかねば到着してから途方に暮れると思うのです」
先生はうんうんと頷いて、知っていることを教えてくれた。
「そうですね。私も詳しくはないのですが、北方に位置する辺境の地で、農作物が育ちにくいと聞いたことがあります。ただ、騎士団が常駐していなかったはずですので、魔物に襲われることはそれほどないのではないでしょうか。王都よりも随分と北に位置しますので冬の寒さは厳しいと思います」
北の大地か。どれくらいの気温になるのかなぁ。ふぅ。越冬は大変かもね。
それに魔物か。王都にいると全然ピンとこないけど、この世界にはいるんだよね。魔法があるくらいだしね。
「そうですか。もし住民たちが切り詰めた生活をしているとしたら、私たちが赴任しても余分な食料などないかもしれませんね。自分たちが食べる分くらいは持参した方がよさそうですね」
「そうですね。食料はいくらあっても困りませんからね。持っていけるようでしたら準備なさるとよいでしょう」
「はい。そういたします」
あのシャーロッテちゃんが始終、殊勝な態度で受け答えしているせいか、先生は少し涙ぐんでいるように見える。
今日の先生は表情がコロコロと変わるなぁ。
「シャーロッテ様。このような形でお別れするのはとても残念ですが、今のシャーロッテ様なら大丈夫だと思いますわ。どうかこれからも他人の意見に耳を傾けてくださいませね」
「はい。肝に銘じておきます」
……あ。私とお別れすると先生の仕事も無くなるよね?
家庭教師って年単位の契約だよね?
公爵家が一方的に契約を解除する訳だから、補償金が支払われるのかな?
「先生。次のお仕事はもう決まっていらっしゃるのですか?」
「ふふふ。シャーロッテ様にご心配いただくようなことではございません」
ありゃりゃ。これは体よく打ち切られたな。
先生の力不足でシャーロッテちゃんがあんな事件を起こしたとでも言われたかな。
これはいかん。
「先生。少しだけお待ちいだけますか」
「何かございましたか?」
「お渡ししたい物がございますので、持って参ります」
先生に断られるといけないので、お行儀は悪いけれど、「では少し外させていただきます」と言いながら席を立った。
先生はとってもいい人だ。これまでのお詫びと一時的な金銭補償をしておかなければ。
現金は持っていないので、まだ手元に残っている宝石をあげよう。
シャーロッテが生まれて七年の間に、それはそれは膨大な量の宝石を購入している。公爵家恐るべし。
父親は詳細なんて把握していないはず。
先生が盗んだと思われないために、私が下賜したという書き付けを一緒に持たせてあげようと思う。
ちゃんとどんな形のどんな色の宝石か細かくリストにして。
ちょっと時間がかかっちゃうけれど、こればっかりは譲れないなぁ。先生に会えるのも今日が最後だろうし。
急いで部屋に戻り、宝石を吟味する。
引き出しの中には、お茶会の招待状などを書くための公爵家の紋章入りの便箋と封筒が入っている。
多大な功績に報いるために下賜するものなり、というようなことをお礼の言葉と一緒に書いて直筆のサインで締めくくる。
応接室に戻ると、先生がホッとした顔で迎えてくれた。
結構待たせちゃったもんね。すみません。
ハンカチに包んだ宝石と手紙を先生の前に押し出すと、怪訝な顔をされた。
「こちらを、これまでの私の非礼のお詫びとしてお納めください」
「!」
先生は最早表情を取り繕う気がないみたい。ものすごくびっくりした顔で目を瞬いている。
「シャーロッテ様? これはいったい……? 何にせよ受け取る訳にはまいりません」
いやいや。こっちだって受け取ってもらわなきゃ困るし。
「私の気持ちなので、是非とも受け取っていただきたく」
中腰になって、更にグイッと先生の方へハンカチを押す。
先生が仕方なくハンカチを広げて、中身を見て固まった。
まあ驚くよね。でもほんの一部だし貰ってほしい。
「シャーロッテ様! これは――いただけません。シャーロッテ様がこのようなことをなさってはなりません。私は公爵閣下からきちんと報酬を受け取っているのですから」
それは授業した分だけでしょ? 急に打ち切って迷惑料も補償も何にもないんでしょ?
「ですから、これは先生と父との契約とは関係ございません。あくまでも私個人の気持ちなのです。どうか私の気持ちを受け取ってください」
「いいえ。それはできません」
もぉー。
しばらく、「受け取ってください」「できません」を繰り返したけれど、先生が根負けするまで頑張った甲斐があって、最後には先生が折れてくれた。
「それでは有り難く頂戴いたします」
よかった。これで心残りがなくなった。
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