43 心の内
最終話です。
王女のトンデモ発言に顎が外れるかと思った。
アルフレッドもさすがに驚きの表情を隠しきれていない。
ピキッっと空気が鳴ったこの場を、従者が取り繕った。
「コホン。では、この通りフィッツジェラルド公爵令嬢の元気な姿をご覧になり、殿下のお心も晴れたことでしょう。どうか急ぎ王都へお帰りいただきたく」
従者は一瞬だけ王女に視線をやり、自分の発言に彼女が気分を害していないことを素早く確認してから私の方を向いた。
「我ら一行は、昨夜、この村近くの宿で国王陛下の使者と落ち合いました。殿下の手紙を読まれた陛下はひどく狼狽なさっているらしく、我らは一刻も早く王都に戻りたいと考えております」
うんうん。
そりゃあそうだろうよ。もう帰ってよ。
「使者には昨夜、『殿下は長旅でお疲れなので、明朝はゆっくりと支度をしていただき、昼前に王都に向かって出発したい』と言ってありますので、そろそろ宿屋へ向かって引き返さねば、使者が騒ぎ立てるやもしれません」
ん?
ちょっ、ちょっ、ちょっと!
それって、使者を油断させておいて、早朝にこっそり宿を出て、自分たちだけでこの村にやって来たってことだよね?
「……やもしれません」じゃないよ!
そりゃあ騒ぐよ。焦って大騒ぎするよ!
ふんぬぅーと拳を握り締めていたら、トントントンとノック音がした。
このノックはもしや……!
ドアの向こうからキースの声が響いた。
「ご歓談中失礼いたします。国王陛下の使者が到着されました」
やっぱ使者じゃん!
そりゃ来るよ。
そっちでちゃんと説明してよ?
「あら。私たちを追いかけて来てしまったのね。どうぞ。お入りになって」
王女の軽やかな声にドアが開き、仏頂面の男が入ってきた。
使者は私には目もくれず、王女の前で跪いた。
「殿下。ご無事でいらっしゃいましたか。朝食後にお姿が見えないと思えば、まさかこのような村に足を運んでおいでとは」
辺鄙な村で悪かったね。
「騙すつもりはなかったの。それでもここまで来たのですもの。どうしてもシャーロッテ様にお会いしたかったの。我が儘を言ってごめんなさいね」
本当にね!
周りはたまったもんじゃないよ。
風評被害を受ける身にもなってよ!
この王女様は無邪気が過ぎる。怖い。
ヒロインってこんな設定なの?
「それでは、急ぎ帰路につくといたしましょう」
従者が使者の顔を見ずにしれっと言った。
やっと帰ってくれる!
◇◇◇ ◇◇◇
王女は去り際に、「まだまだ話し足りないのに」とか、「皆さんへの差し入れを持ってくればよかったわ」とか、悠長なことを言っていた。
いいから早く帰れよ。
アルフレッドからは、「馬車が見えなくなるまでお見送りしなければなりません」と耳打ちされ、それはそれは長時間、ずーっと立ちっぱなしで遠ざかる馬車を見ていた。
一本道なんだぞ!
見えなくなるまで数十分はかかったと思う。あー、ムカつく。
ようやく馬車が豆粒になり、「この辺でよろしいでしょう」とアルフレッドに言われ、足を引きずるように応接室に戻った。
マイアが新しいお茶を持ってきてくれたけれど、手が出ない。
疲れた。ただただ疲れた。横になりたい。
あの王女、とんでもない我が儘娘だったりしない? まあ、しないか。聖なる者だもんね。世界を救うヒロインだし。
「お嬢。すっかり毒気を抜かれましたね。光魔法で浄化されたんですか?」
「それはもうすっかり漂白洗浄されたわよ。この通りよ」
アルフレッドに同意しただけなのに、「え?」と驚かれてしまった。
「お嬢。大丈夫ですか? さすがに追放される原因となった王女との顔合わせは堪えましたか? いつものお嬢じゃないですね」
そりゃあね。
あの日、お茶会でフラッペ王女の頬を叩いたことで全てが始まったんだもんね。
よくよく思い返せば、この世界に生まれ変わる前から、私はずっと興奮状態だった気がする。
入社時研修も配属されてからも、ずーっとずーっと、今思えば空回りするくらいにエンジンを吹かせていた。
それが年末の家族旅行で一気に気が緩んだんだよなぁ。
みんな……今頃どうしているんだろう。
私が死んじゃって泣いているかな……泣かせてゴメンね……。
新幹線であの小説を手に取って、まさかの異世界転生。
しかもよりにもよって悪辣な令嬢シャーロッテに生まれかわっちゃって……。
八歳なのに大人たち全員に無視され孤立無縁。味方ゼロ。
自業自得とはいえ、さすがにちょっと堪えたわ。
いきなり幼な子ムーブかましても信じてもらえず警戒されるだけなのは分かっていたしね。
虚勢を張ってガンガン突き進むしかなかった。
ある種の「異世界転生ハイ」になっていたことは否めないけれど。
「はぁ……」
「本当に大丈夫ですか?」
「うん……私……燃え尽きたのかも……」
「火魔法を使えないのにですか?」
「ええ、そうよ」
アルフレッドが目を見開いて私を見た。
「何よ?」
「いえ。本当に浄化されてしまったのかと……」
「あぁん? 人を魔物みたいに!」
「あ、なんだ。いつも通りですね」
アルフレッド、このヤロー。
「うっせー」
あー、ほんと、これがまごうことなき現実だ。
ぼーっとしてちゃ、この世界では生きていけないっつーの!
ストレスがなんぼのもんじゃい。
適度なストレスは必要って誰か言ってなかった?
まあ、あの王女とはもう会うことはないだろうから、この世界の片隅で、私は私のやり方で生きていくことにするわ!
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「殿下。私は一足先に王城に戻り、殿下がご帰還なさる旨を陛下にご報告させていただきますので、これにて失礼いたします」
「ええ。お父様によろしくね」
「かしこまりました」
使者が馬で駆け出すと、その後を追うように馬車が動き出した。
はぁ。
どんなに豪華な馬車だろうと、所詮は木製の箱を馬で引いているだけ。
乗り心地は最悪。
七歳の誕生日に前世の記憶が蘇ってからというもの、文明の遅れた世界でストレスが溜まりまくっていた。
それでもラッキーだったのは、転生先が、私がヒロインの『生まれ変わってもまた君と』の世界だったこと。
フラッペなどと笑っちゃうような名前で、もしかしたらと思い、シャーロッテという名前の赤毛の公爵令嬢がいないか聞いてみたら、本当に実在していた。
あの日のお茶会に参加したのは、ちょっとした興味本位だった。
シャーロッテと出会うのは学園に入ってからになるので、遠くからそっと彼女の人となりを観察するだけのつもりだった。
小説の通りヒステリックで、すぐに人や物に当たるのか見てみたかったのだ。
それが、まさかいきなり打たれるとは!
あの時はあまりのことに本気で怯えてしまった。
幼い体が勝手に反応して、鼻水を垂らすという恥を晒してしまったのは想定外だった。
それにしても、シャーロッテが火魔法じゃなく土魔法だったと聞いた時は驚いた。
ただ、マウントを取りたがる性格はそのままだったようで、めちゃくちゃド派手な壁を作っていた。
派手好きな子どもが魔力量に物を言わせて格好を付けるとああなるんだ……ダッさ。
フン。八歳で何にもない辺境の村に追いやられたあの子は、もはや私の敵じゃないわね。
わざわざこんなところまで確かめに来ることなかったわ。
徴税官を送り込んでみたけれど、食うや食わずで税を取るのは無理だっていうから、きっと泣き喚いて、泣くだけ泣いたら落ち込んでいるだろうと思って見に来たんだけど、意外にたくましくやっていた。
小説と違って悪役令嬢が早々と追放されたから、この後私はイージーモードで人生を楽しむだけ。
ふふふ。これが現実なのよ。
あそこまで性格の悪い子が何のペナルティもなしに学園でのさばっているなんて、やっぱり小説のご都合主義だったんだ。
あー早くお城に戻って美味しい物を食べたいわ!
本作は、スケジュールに余裕ができたため、勢いに任せて書いた作品です。
書き溜めができなかった分(途中キャラの名前を間違えていたり)少し荒い箇所があると思いますが、最後までお読みいただきありがとうございます。
ガクブル状態の女神の閑話なども最後に入れたかったのですが、書籍化作業が始まったため時間切れとなりました。
皆様の想像で補っていただければと思います。
続編の執筆は未定なのに、最後はつい思わせぶりな終わり方をしてしまい申し訳ありません(汗)。
いつか書けたらと思っています。
こんな作品ですが、★★★★★評価よろしくお願いします。




