42 千客万来
「お嬢! 大変です!」
「こんな朝っぱらから何よ!」
「お客様が――」
「客ぅ? そんな非常識な客は夜まで待たせときなさいよっ!」
なぜ、こうも来訪者が続く?
それにしても信じられない。
こっちの世界でも早朝とか夜の訪問はNGのはず。
どこの馬鹿がこんな朝早くに訪ねてくんのよ。
こちとら領主だよ?
お伺いを立てろや。
「それはできません。お嬢――」
「は?」
アルフレッドが見たことのない真剣な表情をしていたので、私の眠気もどこかへ飛んでいった。
「何?」
「王女殿下がお見えになりました」
王女殿下がお見えになりました?
……………………?
王女殿下がお見えになりました?
……………………?
王女殿下がお見えになりました?
……………………?
王女殿下がお見えになりました?
……………………?
「は、はぁぁっ!?」
「午前のお茶の時間に間に合うよう、早朝に宿を引き払われたそうです。まさか今日みたいにお嬢が惰眠を貪っている時に来られるとは……。お嬢と殿下は本当に相性が悪いですね」
「お茶の時間って?」
「とっくに朝食の時間は過ぎて、もうお茶の時間ですよ。まあ祭りの後はたいてい寝坊するものですけど、お嬢は特にひどいですね」
え? 私、そんなに寝ていたの?
……あれか!
壁の改修に魔力を持っていかれたせい?
それとも小人の嫌がらせ? それってひいては女神の嫌がらせか? あのヤロー。
「お嬢。ぼーっとしたままで結構ですから、身支度を急いでください!」
「あ」
そう言うなりアルフレッドが出ていき、お約束のようにマイアが部屋に入ってくる。
昨夜たらふく肉を食べたせいか、お腹は空いていない。
ちょっと頭が働かないけれど、顔を洗って着替えを済ませなきゃ。
「シャーロッテ様。ドレスはいかがいたしましょう?」
ドレスか……。
あー。フラッペ王女との出会いの場面が蘇る。
あの時は、「我こそは炎の化身なり!」って感じで、全身に紅蓮の炎を纏ったような真っ赤なドレスを着ていたっけ。
赤以外だな。
「青――じゃなくて水色にしてちょうだい」
フラッペって、確かピンクがかった金髪だった。その髪色に合わせたようなピンクのドレスを着ていたっけ。
小説じゃ甘々ヒロインだから、口絵も暖色系のパステルカラーだった。
ブルー系ならかぶらないよね。
ちょっとシンプルだけど、王女のドレスより格が落ちていた方がいいよね。
それにしても、こんな僻地まで王女が来るって、意味が分からない。
よく国王が許したな。
あー面倒くさい。
絶対に私が平身低頭謝らなきゃいけないよねー。
罰を与えられたんだから放っておいて欲しいのに。
どうしてわざわざ来るかなー。
案外、性格が悪くて、落ちぶれた私を見てやろうとか?
…………ないか。
ヨワヨワヒロインだもんな。
あー、嫌だなー。
早起きして教会へ行っていれば、すれ違えたかもしれないのに。
くぅぅ。私の馬鹿!
◇◇◇ ◇◇◇
応接室まで行くと、ドアの横にキースが立っていた。
あ、呼び込み役か。
キースと、「よろしいですか?」「いいわ」と目と目で会話すると、キースが大きな声でゆっくりと告げた。
「シャーロッテ様がお越しになりました」
中から「お入りいただくように」と、よそ行きのアルフレッドの声がした。
キースがドアを開けたので、私も覚悟を決めて中に入る。
うわぁ……。
応接室は、見たことのない光に包まれている――ように見えた。
王女は上座のソファーにお行儀よく座っているだけなのに、まるで何かの発光体のように、キラキラしたオーラを放っている。
このキラキラってみんなに見えてんの? 私だけ? まさか醜い心の持ち主にだけ見える代物じゃないよね?
あっ!
王女も私と同い歳だから、小説の通り光属性を授かったんだな!
あれぇ?
教会には四体の像しかなかったのに、どうやって?
もしかして王族だけは特別な場所で『見極めの儀』を行うの?
レア中のレアの光属性の女神像があるのか?
それにしても、これが覚醒したヒロインか。
一目見て聖なる者って分かるね。
その聖なる者から発せられる聖なる光を眩しがるなんて、まるで私が魔物みたいじゃん。
なんか腹たつ。
おっとっと。
アルフレッドの目から放たれた「早く挨拶しろ」という弾が胸に命中した。
ひっさびさのカーテシーからだね。
それにしても、こうして誰かに頭を下げるなんて初じゃない?
物心ついてから序列トップの座に君臨していたもんね。
あ。王族への挨拶って習ったっけ?
シャーロッテちゃんが授業をサボって覚えていないだけ?
「太陽のなんたらかんたら」みたいなお決まりの口上とかあるのかな?
知らんぞー。ええい、前世の一般常識でいこう。
「フラッペ王女殿下。ようこそお越しくださいました。この村の領主を務めさせていただいておりますシャーロッテでございます。なにぶん物資が不足しております故、十分なおもてなしができませんことをお詫び申し上げます」
「どうかお楽になさって。先触れもなく訪れた私が悪いのですもの。お気になさらず」
可愛らしい声だなぁ。
許しが出たので、曲げた足を伸ばして顔を上げる。
ここで控えめな微笑を浮かべるところだけど、寝起きだからか、うまく笑えない。
違うな。自分より高位の人間に対する微笑み方を知らないんだ。
どうしよう。
ここで王女に泣かれたら、それだけで王女を怖がらせて泣かせた『なんとか罪』っていう、よく分からない罪を着せられそう。
もうほんと、王女の訪問なんて私には損しかないんだけど!
こんな僻地に勝手に来やがって。いい迷惑だよ。
「はぁ」と小さくため息をついたら、意外にもアルフレッドが王女に向かって喋り出した。
「殿下。シャーロッテ様は、王都から遠く離れたこの何もない鄙びた場所で、これまでの生活とは打って変わって貧しい暮らしを強いられております。ですが、それも自分の蒔いた種だと反省の日々を送られております」
急にどうした?
言い終えたアルフレッドが私にチラッと視線をよこした。
え? どういうつもり、アルフレッド?
まさか……あの事件をわざわざ自分で蒸し返して私に詫びろって言ってる?
あー、その顔は言ってるんだねー。
ちっ。
ええい。こうなりゃもう、お望み通り、これでもかと散々な目に逢っていると嘆いてみせるよ。
「殿下。その節は大変なご無礼を――お詫びの言葉も見つかりません。王都を発つ前に殿下へ直接お詫びすることも叶わず、すぐさまこの村に追放されましたので、こうして殿下のご無事を確認できまして、ようやく心が休まる気がいたします。この村では誰もが食うや食わずの有様でして、殿下へお出しするべき菓子の一つもございません。私も最低限の私物しか持ち出すことを許されませんでしたので、殿下にお会いするというのに、相応しいドレスすら持ち合わせておりません。これらは全て殿下への不敬を働いた私の罪です。重ね重ねお詫び申し上げます。私は、この地で自分の罪を反省し、下された罰を甘んじて受ける覚悟を決めたところでございます」
さあ。これで満足した?
私、憐れでしょ? 気が済んだなら帰ってよね。
「まあ! シャーロッテ様……なんておいたわしい。私と同じ八歳ですのに、大人の庇護もなくこのような村へ追放だなんて……お可哀想に」
えぇぇ。まさかの同情?
声といい笑顔といい、性格までもが美しいのか。
うぅぅ。眩しすぎる。
これが光の力?
王女が微笑む度に、いちいちパアンと光が放たれる気がする。
なんか聖なる力にあてられて、意識が遠のきそう。
私って闇の者なの?
少しずつ私の中の何かが削がれていってる気がする。
「あのお茶会でのことでしたら、私は忘れましたわ。まさか大人たちが大騒ぎしてこのようなことになっていたなんて……。シャーロッテ様のことを聞いた時には血の気が引いたのを覚えています。お父様にも寛大な処置をとお願いしましたのに……。私の力不足ですわ。でも、私は諦めません。私の気持ちがお父様に通じるまで、何度でもお願いしますわ」
おぉぉぉ。
なんかもう……。
こうしてヒロインと対峙すると、何も言えねー。
私が言葉を失っていると、「おそれながら」と、アルフレッドがまた口を開いた。
「殿下は本日こちらにお泊まりのご予定でしょうか? この屋敷は手入れが行き届いておりませんので、客室の用意が――」
「それには及ばぬ」
王女の脇に立っていた従者(?)が、顰めっ面で遮った。
「殿下はすぐに発つ故、不要だ」
「承知いたしました」
アルフレッドが出過ぎた真似を詫びるように頭を下げた。
従者は、「フン」と威張り腐った態度で睨め付けている。
なんかちょっと癪に触るな。
「急いで帰らないと、私を探しに騎士たちがやって来ちゃうかもしれないの」
は?
王女は無邪気に笑っているけれど、どういう意味?
「シャーロッテ様が私のせいで追放されたと聞いてからは心配で心配で、私、食事も満足に喉を通らなくて。どうしても自分の目でシャーロッテ様のご無事を確かめたかったの。でもお父様にお願いしても外出の許可が出なくて……。だから、すぐに帰ると書き置きを残して飛び出して来たの」
は? 書き置き? はぁん? 「来ちゃった」系?
おいおいおいおいおいおい‼︎ ちょっとぉ‼︎
何してくれてんの‼︎
書き置きに何て書いたか知らないけれど、王宮はとんでもないことになってない?
これ――今のこの状態って――見方によっちゃ、私が王女を人質に取って籠城しているようにも見えるんじゃない?




