41 この世界は物騒極まりない
応接室のソファーに、よっこいしょと座って、ひとまず紅茶を飲むことに集中。
私が口を開かないものだから、アルフレッドもキースも黙って紅茶を飲みながら私の様子を窺っている。
ふう。落ち着いた。
「ねえ、アルフレッド。しつこいようだけど、ホーンラビット自体は、個体ならばそれほど脅威ではないのね? 騎士たちが大勢いる場合は数匹でも問題ない程度の強さなのね?」
「はい。数匹程度なら、うまく誘導して一匹ずつ仕留めることができると思います。ただ群れの数が多いと分断させるだけで一苦労ですし、何より、突進して来る魔獣を受け止めるのは至難の業ですから、個体の強さとは比較にならない強さになります。なので、最初に知らせを受けた時は正直焦りましたよ」
敵を知ってるが故の焦りだった訳ね。
「ねえ。そもそもホーンラビットの群れを追いかける魔獣って何なの?」
「そうですね……考えられるとしたら、グレイウルフかジャイアントベアあたりではないでしょうか」
「そのグレイウルフかジャイアントベアは、さっき言っていた石の壁でも防げないくらい強いの?」
「石の強度にもよるでしょうが、一匹が体当たりするくらいならば持ち堪えることができると思います。ただ、それが何度も続くようであれば安心はできませんね」
うーん。
石で防げるくらいなら、チタンは余裕かな?
「グレイウルフやジャイアントベアよりも強い魔獣もいるの?」
「それ以上の魔獣となると、私も話に聞くくらいしか知りません。過去の討伐記録にはかなり大型の魔獣も記されていますので、今もどこかに生息しているかもしれませんが」
「え?」
「あ、いえ、でも、ここ数十年は目撃情報すら上がっていないので、お嬢が心配する必要はないと思います。もし、そんな魔獣が現れたら国を挙げて――それこそ騎士団の精鋭が投入されることになるでしょう」
「そう」
今、なんか余計なフラグが立った気がしないでもないけれど。
「さすがに私も万が一のことにまで対処しようとは思わないけれど、それでもこの村には騎士はあなたたち二人だけで、魔獣の群れに応戦できるだけの戦力と言えるかどうか怪しいし……。もし防護壁を突き破ってきたらどうすればいいかしら?」
キースがムッとしているけれど、どんだけ腕に覚えがあったって、魔獣に数で圧倒されたら無理でしょう?
魔獣って猪突猛進するものかな?
壁が持ち堪えそうにないと分かった時点で、西側のゲルツ伯爵領へ避難するべき?
あ。そういうのも事前に協定とか必要なのかな?
「それは、やはり逃げの一手しかないでしょう」
アルフレッドの方が現実的だね。
「南側の門は開けっ放しにしているから、すぐに逃げることはできるかもしれないけれど、散り散りに走って逃げたとしてもすぐに追いつかれるわよね。特に女性や子どもはね」
そもそも魔獣なんて見たら恐ろしさのあまり腰が抜けて動けなくなるかもしれない。この私だってその時が来たらどうなるか分からない。
領民全員が乗車できるだけのバスを準備しておく?
アルフレッドとキースに運転の練習をさせて?
でも夜だったら? バッテリーだけで逃げ切れる?
「やっぱり何らかの武器を準備しておく必要があるかもね」
当然の帰結と思ったのに、アルフレッドとキースがギョッとしている。
「お嬢。さすがにそれは――。無理があるというか、魔獣に襲われる前に王都の役人に逮捕されてしまうかもしれません。この村はこれまで魔獣による被害が出ていないのですから、蓄えていた武器が見つかって、『魔獣の脅威を感じたから備えたまで』と言ったところで、誰も信じてくれませんよ。武器を見た途端に反逆の準備だと思われますって。そもそもお嬢は王族と一悶着起こして追放されているんですから、もう少し自重してください」
そのことには触れなくていいでしょう! アルフレッドめ!
それにしたって、北の端のちっぽけな領地にちょっと武器を置いておくくらい、何だっていうのよー!
まぁ、あの徴税官が何と報告するか分かんないしね。
魔獣出現の一報を聞いて逃げ帰ったなんて言う訳がない。
絶対に格好をつけて作り話をすると思う。
最悪、魔獣が出ていないことになっているかもしれないか……。
「じゃあ、最悪は逃げるとしても、できることといえば防護壁の強化かしら」
『進○の巨○』みたいな立派な壁に――そうだ、壁の上を歩けるようにするか。
数十メートルおきに階段を作って、どこからでも上がれるようにしよう。
日中は当番制の見張りを置いて、来訪者を発見したら鐘を鳴らして知らせてもらおうか。
それくらいなら子どもにもできるはず。
夜間の見張りは不要だな。
門の外側にインターホン代わりの何かを置いておく?
『ご用の際は、こちらを鳴らしてください』みたいな。
壁の中は巨人をしまう代わりに穀物の貯蔵庫にしよう。
あっ、じゃあ、区画を区切ってドアを付けなくっちゃ。
何をどこに入れたか分かるようにドアに番号を書いておこう。
「決めたわ! ひとまず壁を改築するわ。ホーンラビットが一晩中体当たりしても壊れなくいくらいに二重三重に厚くして、高さも少し増しておくわ。その上で、もし頻繁に魔獣が現れるようになったら、次の対応を考えればいいわね」
「魔獣が頻繁に出現するようになった場合は、まずは王都に報告するべきです。最悪、この村が魔獣に滅ぼされたら、そのまま南下する可能性が考えられますから。王都への脅威を報告し、しかるべき人材の派遣を請うべきかと」
「じゃあその時が来たら、それはあなたとキースに任せるわ。とりあえず方針が決まったから解散ね」
アルフレッドがいつもの情けない「はぁ」という返事をして立ち上がった。
◇◇◇ ◇◇◇
いつものようにベッドの上に仰向けになり、小人たちへのオーダーを整理する。
壁の完成系は『進○の巨○』に引っ張られ過ぎないように、現状のブロックくらいの厚みを倍くらいにして、幅はせいぜい一メートルくらいにする。
壁の上で焚き火をしたりコーヒーを淹れたりすることはないからね。歩ければオッケー。
それと内側から壁に上がれる階段を設置。
あと、中を空洞にしてナンバリングしたドアを付ける。
まずはそんなところかな。使いながら改修すればいいもんね。
ふふん。
さあ、出でよ! 小人ども!
目を閉じて大きく深呼吸すると、ブワッと小人が現れた。
キタッ!
ガバッと起きると、先頭の小人はもうドアの方へ向かっていた。
相変わらずコイツら一人も私の方を見ないな。
ちっ。
とりあえずダメ元で小人の腕を掴んでみる。
……………………‼︎
つっ、掴めたぁっ‼︎
どゆこと?
私への忠誠度がアップして言うことを聞くようになったの?
あっ。
私が捕まえた小人以外はスルーして部屋を出て行っている。
こんなイレギュラーな事象に興味を示さないとは!
まあいいわ。
とりあえずコイツ。
シャーロッテの癖で無意識にやってしまったのか、右手が自立してそうしたのか、小人の顎を下からむんずと掴んで無理やりこっちを向かせてしまった。
目と目が合っているのに無反応。
くぅぅ。
ご主人様だぞ!
「お前。喋れるの?」
「……」
この状態だと口を開けないか。
仕方がないので顎を離して両肩を掴む。逃がしてなるものか。
「私の言っていることを理解できるなら、『はい』って言ってごらん」
「……」
え? 理解できないの? それとも理解はできるけれど単純に喋れないの?
「じゃあ、右を向いてごらん」
向きゃしねー。
え? 私の言っていることが分かんないの?
ということは……寝る(寝たふりをする)前までの指示が全てってこと?
えー! じゃあ常に一方通行じゃん!
女神めぇっ‼︎
よしっ。
明日こそ教会に行って女神に文句を言ってやろう。
アルフレッドには朝イチで言えばいい。
よし、そうしよう!
「ほら、お行き!」
手を離すと小人は何事もなかったかのように列に戻った。
もう寝よ!
◇◇◇ ◇◇◇
翌朝、またしても無理やり起こされた。
「お嬢!」
ドアがバーンと開いて、アルフレッドの開口一番「お嬢!」。
もう、このパターンはいやー!




