40 魔獣襲来③
えっちらおっちら短い足でフーフー言いながら屋敷まで戻ると、少女らが庭先で私を待ち構えていた。
「シャーロッテ様! 魔獣が来るって本当ですか?」
あぁ。まあ、そりゃあざわつくよね。
「大丈夫よ。全部片付いたわ」
そう言うと、全員が恍惚とした表情で私を見つめた。
……え? 何?
「私は部屋で休むから、アルフレッドが戻ったら知らせてちょうだい。あ、それと。誰かお茶を持ってきてちょうだい」
誰でもよかったんだけど、全員が「はいっ」と声を揃えて返事をした。
◇◇◇ ◇◇◇
アルフレッドはなかなか帰って来なかった。
特に作る物はないけれど、暇だからお昼寝でもしようかと思っていたところにマイアがやって来て、アルフレッドが戻ったことを知らせてくれた。
「え? 畑に近い広場に来いって言っていたの?」
「は、はい。今日は仕事が終わったらみんなそこに集まるそうです」
え? どゆこと? アルフレッドが集合をかけたの?
「広場って、あの空き地のこと?」
「多分そうだと思います。既に手伝いの人たちを集めているので、場所はすぐにお分かりになるとのことでした」
アイツ!
この私を呼びつけるとは! しかもまたしても歩き!
◇◇◇ ◇◇◇
領主館を出て歩いていると、すぐに人だかりができているのが見えた。
近づいて行くと、私の姿を見つけた男たちが、ぺこりぺこりと頭を下げては道を開けてくれる。
ようやくアルフレッドの姿が見えたと思ったら、その手前に気色悪い物が見えた。
動物の死体が積み上がっている。
オエッ。
何それ! もう、ただただ気持ちが悪い。
「あ、お嬢! 見てください! これだけのホーンラビットが無傷で手に入りましたよ!」
うげっ。ホーンラビットって、そんなに大きかったの?!
ラビット言うから、あのウサギを想像していたのに。三倍か四倍はあるじゃない!
足もぶっといし、顔もちっとも可愛くない。
額のドリルみたいな角はかなりヤバそう。
何体かの角には赤い血がべっとり付いているし……怖っ!
え? こんなのが門を突き破って村に入って来ていたら……これが飛びかかってくるところなんて恐ろしすぎて想像できない。
いやいや。これに襲われたらひとたまりもないんじゃない?
何気にピンチだった?
私、采配を間違えてた?
こんな物騒な物は女性と子どもに見せちゃいけないんじゃないの?
――と思って周りを見回したら、既に女性も来ていた。
領民たちの顔は――え?
何故かみんな興奮気味に輝いている。
どして?
まさか見慣れているとか言わないよね?
「アルフレッド。なんでこんな村のど真ん中に死骸を持ってきたの? まさかここで燃やすつもりじゃないでしょうね?」
「え? えーと。ここにあるのは明日以降の分というか、まあ食べきれないほどの肉があるぞと、みんなに見せたかったというか」
肉?
「アルフレッド! ちょっとこっちに来なさい!」
「……?」
不思議そうな顔で側まで来たアルフレッドの腕を引っ張って、人だかりから離れた。
「ねえ、ちょっと。どういうことなのよ。何をするつもりなの? 私に報告もしないで何を考えているの!」
「…………! あ、お嬢は魔獣を見たことがなかったんでしたね。はははは」
「しっ。領民たちに聞かれないように話してるのよ」
「あははは。はいはい。魔獣の中には肉が食えるものもあるんですよ。騎士団が討伐した際は、必ず町の住人たちと一緒にその肉を食う習慣があるのです」
マジか。
「へー」
「平民たちにしてみれば常識なんですけどね。今回は怪我人もなく、これほど大量の肉が手に入ったのですから、お嬢の魔法の壁のお陰だと、さっきまで皆、口々に褒めそやしていましたよ? それなのに誰かさんはむっつりした顔で歩いてくるものだから――」
「これが地なのよ。うるさいわね!」
「今日食べる分は既に血抜きをして調理に回しています。今夜はお嬢を囲んでの宴ですね! そういやあ着任祝いをしていませんでしたね。ちょうどよかったじゃないですか!」
「つまり、祭り?」
「え? 血祭り?」
「肉祭りだよ! どアホ‼︎」
「だぁほ?」
「うっさい!」
◇◇◇ ◇◇◇
私やアルフレッドがあれこれ指示しなくても、ヒッチがいい具合に村人たちを束ねて会場の設営を行っていた。
松明やテーブルなどを手際よく設置している。
ヒッチはここに来る前に宴を経験しているのかな?
日が沈み始める頃には、どのテーブルにも料理がたくさん並べられていた。
そしてワインも!
アルフレッドが持参した物らしい。
まだまだ大量に持って来ているから、これくらいの振る舞いでは無くならないと自慢された。
アルフレッドは酒好きだったのか。まあいいけどね。
「お嬢。そろそろ始めてよろしいですか?」
「え? ああ、いいわよ」
「こほん」
「何よ」
「ご挨拶を」
はぁん?
うぅぅ。領民たちの視線が私に注がれている。痛い。マジで刺さる感じ。
ちっ。
挨拶なんて柄じゃないし、やったことないけど、やるしかないか。
「えー。皆さん。見ての通り、今日はホーンラビットを大量に仕留めることができました。魔獣が村のすぐ近くまで来たのは初めてのようですが、私が建設した壁があれば、これくらいの魔獣など子犬がぶつかってきたようなもの。何も恐れることはありません。今後もこの壁があなたたちの生活を守るので、安心して働いてちょうだい。今日は心ゆくまで食べて飲むといいわ!」
拍手が起こるかと思ったのに、男たちの「うぉぉぉ」という唸り声を浴びた。
そして私が肉を一切れ口に入れたのを合図に、全員が頬張り始めた。
まっ、いっか。許す。
…………‼︎
口の中がすごいことになってるー‼︎
え? 何これ、めっちゃジューシーじゃん!
もっとパサついていたり、臭みがあるかと思っていた。
うんまっ! うんまっ‼︎
…………は!
しまった。周りが見えなくなっていた。夢中で食べていた。
気付けば、いつの間にか隣にアルフレッドが座っていて、ワイングラスを片手に持って、ニマニマと私を見ていた。
「なっ、何よ!」
「いえ、別に。美味しそうに食べるなあと」
「うっさい。あなたこそ飲んで食べて海賊の親分みたいじゃないの」
「え? 海賊?」
あれ? 海賊っていないのか。まあいいや。
「荒くれ者の首領みたいって言ったの」
「あははは。それはいい」
何が?
「村人の中には初めて肉を食ったとか言っている声も聞こえましたよ。よかったですね。お嬢は聖人から女神様に出世したみたいですよ?」
はぁん?
そんな称号はいらねー。
「私はもうお腹いっぱいだわ。あなたも十分食べたわね? 私たちは屋敷に帰るわよ。キースを探してきなさい。あ、マイアかリミも一緒にね」
「え? もう帰るんですか?」
「十分楽しんだでしょ。戻ったら話があるわ。マイアかリミに、応接室にお茶を持って来るように言ってちょうだい」
「かしこまりました」
さてと。
今後のことを考えなきゃね。




