37 またしても訪問者
ドルンの馬車をあらかた空にして帰してからは、またいつもの日常が戻ってきた。
寝て起きて食べて気まぐれに視察して、また食べたりたまにお昼寝をしたりするだけの一日。
……なんじゃこりゃ。
あと何十年生きるか分からないけれど、これがずーっと続くのかと思うと頭がおかしくなりそう。
娯楽の無い世界に生まれ落ちてしまった……。
せめてスマホがあればなぁ。
この世界じゃお腹いっぱい食べれて安心して寝られるところがあれば幸せらしいけれど、私の知っている幸福はそんなもんじゃないからね。
やっぱ、女神と話し合う必要がある。
よしっ。アルフレッドに言って、明日こそ教会へ行こう!
「お嬢!」
くぅぅ。今呼ぼうと思ったところだけどさ。
なんか悔しい。
「いい加減、それ止めてよね。何度言ったら分かるの! 大体、仮にも侯爵家で教育を受けたんなら――」
「お嬢。時間がありません。すぐに着替えて応接室に来てください」
「何だか命令されているみたいで着替えたくないんだけど」
「はぁ。そんなことを言っていられない相手が来たのです」
「え? また誰か来たの?」
「ええ。あ、ほら。マイア。急いで支度するように」
アルフレッドが開け放ったドアの前でマイアがもじもじしている。
「お嬢が来るまで私が繋いでおきますから、急いでくださいね」
「急げって、あっ、こらっ!」
誰が来たのかくらい言ってから行けよ!
◇◇◇ ◇◇◇
応接室に入ると、何だか懐かしい人間が後ろに護衛を四人も立たせてソファーにふんぞり返っていた。
懐かしいといっても顔見知りとかそういう意味じゃなくて、こういう奴いたなーという型通りの人物を目にした感じ。
やたら飾りのついた服を着て、整えた髭を自慢していそうな、でっぷりとした中年男性。
キラキラというよりもギラギラと光る大ぶりなブローチが胸元に、手には指輪が三つ。
妙に自信に溢れているように見えるから、ある程度の地位にあるのだろう。
昔……シャーロッテが王都に住んでいた時の、同じ側の住人だね。
身分が絶対。下々の人間は這いつくばってろ的な思想の奴。
「お待たせしたかしら?」
私が入室しても立ち上がる気配すらない。
くっ。随分と舐められている。
「シャーロッテ様。こちらは徴税官のヴィンス様です。はるばるこの村の視察にいらっしゃったそうです」
アルフレッドがよそ行きモードで紹介してくれた。
……徴税官? 国から派遣された役人?
王都にいた頃のシャーロッテなら、こんなこっぱ役人、それこそ跪かせて頭ごなしに怒鳴り散らしていた。
そして彼らもフィッツジェラルド公爵令嬢の機嫌を損ねないよう、最大限の注意を払っていただろう。
でも今は違う。
こっぱ役人が恐るのは、権力を持っている公爵であって娘ではない。
シャーロッテが辺境の村に追放されたということは、父親の庇護を失ったということ。
だから公爵令嬢といえども、見捨てられた娘になんか媚びを売る必要がない。
父親に訴えたところで公爵は動くことはないと踏んでいるのだ。
まさに今、「フン。だたの小娘がっ」という目で見下ろされている。
ムキーッ!
分かっちゃいるけどムカつく!
それでも領主として対応しなければならないことぐらい分かる。
もちろん、できるとも!
「ヴィンス様。ようこそいらっしゃいました。徴税官が派遣されるという知らせが届いておりませんでしたので、十分なおもてなしができないことをお詫びいたしますわ」
あら?
何を驚いてんの?
あぁ私が評判とは違う「お詫び」なんて似つかわしくない言葉を使ったから?
それにしても、こんな何にもない村から徴税って、本気なの?
税が取れるかどうか、国がこの村の状態を一番よく分かってんじゃない?
私への嫌がらせか? 誰の? 国王? 父親?
「まあ、見たところ屋敷の維持に精一杯みたいですな。茶菓子もないとは、本当に噂通りの僻地ですな」
お前、知ってて来たんだろ?
まあ作り笑いくらいしてやろうか。
「それにしても徴税官がこの村にいらっしゃるとは驚きました。干魃などの災害に見舞われていたら、干からびた死体がそこここに転がっている様しか見られなかったかもしれませんのに」
そもそも税を取る云々なんて論じる対象にはならないほどの場所だからね。
ヴィンスは死体が転がっている様でも想像したのか、「ぶふっ」と紅茶を吹き出した。
「領主がそのような不吉な――」
「事実ですわ。この村は常にギリギリの状態ですので。村人は年がら年中、生死の境を彷徨っていると言っても過言ではありませんから。いえ、これからはもっと酷いことになるかもしれません。なにしろ国からの援助が打ち切られてしまいましたから」
ヴィンスは「うぐぐ」とうめくような声で顔を歪めている。
「ご用向きを伺っても?」
「フン。何をとぼけていらっしゃる。大袈裟な話で煙に巻こうなどと小賢しい。税の徴収のための査察に決まっている!」
はぁん?
それ本気で言ってんの?
偉そうに言うこと?
それに、私は確かにこの村に追放されたけれど、確か――ここで生きていくだけでいいんじゃなかったっけ?
開拓とか発展なんて、できないことを分かっていて言っていたはず。
国王の怒りを買った私を追い出して終わりでしょ?
国にしてみても補助金を打ち切れただけよかったんじゃない?
それなのに徴税だなんて笑わせる!
私がメラメラと背中に黒い炎を纏っていると、応接室のドアが激しくノックされた。
「はあ。これだから、田舎者は……。領主が来客中だというのに、このように――」
ヴィンスに嫌味を皆まで言わせずにキースが部屋に飛び込んできた。
意外。どうした?
「貴様。先ほどの門番ではないか」
あー。なるほど。たまたま門の近くにいたキースが訪問者一行に気がついて、領主館の前まで誘導したんだな。
ヴィンスは恭しく出迎えられることに慣れているから、早々と一行に気が付いた門番のキースが門を開けて待っていたと誤解したのか。
アホっぽい。
ヴィンスは顔を真っ赤にしながらキースを睨みつけているけれど、キースは一切を無視して喋り出した。
「た、大変です!」
あれ? キースがテンパっている。
思いっきりアルフレッドの顔を見て口を開いたところで、私が視界に入ったらしく、取ってつけたように、「シャーロッテ様」と私の方へ向き直った。
こんのぉ。
「領民たちが知らせてくれました。北の森で異変が! 遠くの方の森の木々が尋常でない揺れ方をしていると! 数年ぶりのことだそうで――」
「ちょっと! 落ち着いて報告しなさい」
「はっ、はいっ。魔獣がこちらに向かって来ています!」
魔獣?!
本当にいたんだ。いや、いるのは知っていたけど。
マジか! 襲撃?! ヤバいんじゃない? どうやって退治するの?




