36 何者?
こんな私だけど、領民からの信頼は厚い。
この前領民のボロ小屋をリフォームした時なんか、感極まった様子の領民たちが領主館の前に集まって来たので、「苦しゅうない」的な挨拶をして、みんなからのお礼を直接聞いてあげたほどだ。
面倒だけど、表札の名入れ&入居イベントだと思って、リスト係のキースの案内で新領民を含む全員の入居に立ち会ったからね。
そんな感じで、一応全領民とは軽く面談済み。
今思い返しても、あれは相当に体力を削られたけれど、やっておいてよかった。
得体の知れない商人と話す前に、彼についての情報を入手すべく、アルフレッドに命じて、ゲルツ伯爵領から引き取った新領民の中にいた商人に面通しをさせておいたのだ。
商人が一足先に屋敷を出て自分の馬車のところへ向かったことを確認してから、私はゆっくりとエントランスへ向かった。
キースの背後に見覚えのある男が立っていた。
「お嬢。ゲルツ伯爵領から来た商人のメイスンです。ドルンの顔を確認させました」
もうアルフレッドの顔つきだけで大体分かったけれど、一応聞こうか。
「そう。メイスン。どうだった? あなたの知り合い?」
メイスンは、ふるふると力なく首を横に振った。
「いいえ。見たことのない男でした。他ではどうなのか知りませんが、ゲルツ伯爵領で商売をしている人間ではありません」
やっぱりか!
確かメイスンは、被災するまでは、そこそこの店を夫婦で経営していたと言っていた。
しかも親の代からの商人なので、ゲルツ伯爵領内の商人仲間は全員把握しているはず。
「どうなさいます? 商人でなかったとしても、ゲルツ伯爵の命令で送り込まれた可能性は否定できません。迂闊に捕縛すると面倒なことになりますが」
だよねー。
アルフレッドはどうしたらいいと思うの?
「あなたの意見は?」
「幸い、あのドルンとかいう男は辺境の村に来たことがないのでしょう。領主館が適切に維持されていることや、遠目に見える領民たちの家々がレンガ造りであることに、それほど違和感を感じていない様子でした。国からそれなりの金額があてがわれているからなのだと勝手に解釈しているのかもしれません」
「そうなると――」
「はい。最近の変化について、つまり、お嬢本人について偵察に来たのではないでしょうか」
私の赴任はビッグニュースだったもんね。
「あ、あのう」
「何?」
私が顔を向けただけで、メイスンはビクッと反応しながらも続けた。
「もしかしたら、私が声掛けしてまとまった人数でゲルツ伯爵領を出て行ったことが噂になっているのかもしれません」
「ん?」
「ゲルツ伯爵領を出て歩いて行くとしたら、この村が一番近いので。私たちが集団で出て行くところは何人かに見られていますし……」
まあ、「誰にも見られないように」などとは注文をつけなかった。
だって、道端で野垂れ死んでも誰も気にしないような環境にいた人たちだったよね?
「なるほどね。でも出て行っただけで、その後どうなったかは誰も知らない訳でしょう?」
「はい」
「じゃあ、まあ、私については噂通りで、特段報告するほどのことはなかったと思ってもらえばいいわね」
「はい?」
「何よ、アルフレッド」
「いえ、今、背中がぞくりと震えたものですから」
「はぁん!」
「それよりも、そろそろ行きませんか? 商人相手ですから待たしてもいいとはいえ、さすがに待たせ過ぎると色々と勘ぐられますから」
ちっ。
「じゃあ行きましょう。あ、メイスン。あなたはゲルツ伯爵領から一緒に来た人たちを見つけたら、念の為家に戻るように言ってちょうだい」
「はい」
◇◇◇ ◇◇◇
「待たせたわね」
一応これ見よがしに、金貨銀貨がたっぷり入っていて重たそうな小袋をシルバートレイに載せた状態でキースに持たせてある。
買い物をするのに、「大金を準備しなさい」、「いやさすがにそれは多すぎでは」みたいなやり取りで時間がかかったのだと思わせる作戦だ。
「いえいえ。今日はあいにく定番の商品しかございませんが、ご要望のお品がございましたらご用命くださいませ」
そりゃ商売は表向きだから、凝った品なんて持って来ていないだろうけど。
おぉぉ。
生鮮野菜は助かる。うちで収穫できるのはまだ先だから。
「この人参っていくらなの?」
「はい。一本銅貨五枚になります」
遠巻きに見ている領民たちの中ヒッチがいたので聞いてみる。
「ねえ、いつもその値段だった?」
「ええと。ずっと銅貨二枚でしたが……」
ふーん。じゃあ五枚って、ゲルツ伯爵領の中心街での値段かな?
「お前。どういうつもり?」
さすが諜報活動を任されるだけあって、ドルンは動揺することなく、ただただ恐縮してペコペコと謝ってみせた。
「急ぎ商品をかき集めたため、少々割高になってしまいまして……。商人仲間から、こちらは国の補助金が潤沢にあるので、価格についてはきちんと利幅を取っても問題ないと聞いたもので……」
補助金の有無なんてちょっと調べれば分かりそうなものだけど。
どれくらい使い残しているかを知りたいの?
「この村については、国からフィッツジェラルド公爵家に全権が委譲されたの。そういう訳だから、お金が無尽蔵にあるという妄想は捨ててちょうだい。むしろこれまで以上に引き締める必要があるの。この村については国が始めた事業でもあるのだから、当然ゲルツ伯爵も助力してくださるのよね?」
「はい。それはもちろん。そのように伺っております」
ふーん。
「じゃあ、人参は全部もらうから、一本につき銅貨一枚でいいわよね?」
「……え?」
意外。ドルンが素でちょっとだけ驚いている。
あぁ、公爵令嬢が値切るとは想定外だった?
「一つ残らず買うのよ? 量をさばけるんだから、普通、値引きくらいするでしょ?」
「は、はい。そうですね。それではそのように」
ドルンは人参を一生懸命数えたところで、「そういえば」と、いかにも、ふと気になっていたことを思い出したかのように話し始めた。
「そういえば、こちらに到着した時に驚かされたのですが。一国の城壁にも匹敵しそうな立派な壁は、もしや――」
「そうよ! 私の土魔法よ! 表面は光に反射すると銀色に見えるような色にしたの。やっぱり遠目からでも強そうに見えたのね!」
ふんぞり返ってバカっぽいセリフを吐いてやった。
見た目にこだわる残念な子どもに見えたかな?
見栄っ張りな令嬢で結構。
「はい。それはもう圧倒されました。さすがでございますね。フィッツジェラルド公爵令嬢の魔力量は大人顔負けと国中の噂でしたらからね」
それについても有名だったんだ。助かった。
じゃあ、魔力を注ぎ込んで見かけだけは立派な壁を築いたのかと、呆れてくれたかな?
噂通りの尊大なわがまま娘とでも報告してちょうだい。
さてと。じゃ、土産話を持たせてあげたところで第二ラウンド開始。
値切り倒すぞー‼︎




