35 訪問者
退屈な日常が戻ってきた。
女性たちの家は領主館に近いところにまとめられ、互いに助け合っている。
幼児二人は小学生くらいの子たちが手伝いの合間に日中面倒を見ていて、その間、母親たちはフルタイムで働いている。
視察していて気が付いたんだけど、男たちのやる気が異常に漲っている。
若い女性にいいところを見せたいという……本能だか習性のようなもの?
まあ仕事に精を出すのはいいことなので野暮なことは言わない。
それに、色々気にかけているようで、しょっちゅう、「何かあったら遠慮しないで言ってくれよ」とか、「いつでも頼ってくれていいから」とか、女性に声をかけている場面に出くわす。
まあ、生活していると男手が必要なことも出てくるから、交流してもらって全然構わないんだけど。
多少の下心は見逃してやろう。
……………………‼︎
いやいや。いいんじゃないかな?
カップルが出来ていいんじゃないかな!
村の発展ってそういう面も必要なんじゃないかな!
前世じゃ自治体主導で婚活サポートをしていたくらいだもん。
そうだよ、むしろ推奨した方がいいかも!?
まぁそっち方面は当面の間、成り行きに任せるとして。
問題が片付いて手が空くと、そろそろかな――と例のアレが頭をよぎる。
女神と対峙する時が来たのではないかと。
……女神へのクレーム!
今まで延期していたけれど、そろそろ私が領地を留守にしても大丈夫なんじゃない?
もう日常が回っているもんね。
田舎の教会だし、ちょっと寄付をすれば、あの部屋に入れてもらえるんじゃないかな?
部屋に入るだけなんだし。あの像に触れなきゃいいんじゃない?
とにかく女神の声だけでも聞きたい!
いい加減、私の呼びかけに応えてもらいたい!
あー、とにかく会話したい!
顔を見たら手が出てしまうかもしれないしね。
一応、まだその辺はシャーロッテちゃんの習性が残ってるっぽいんだよねー。
ここから最寄りの町の教会へは、行って帰るだけで一日かかるから準備しないとね。
早速明日でも行ってみるかな。
アルフレッドを呼んで――。
「お嬢!」
呼びつけようと思っていた男が部屋に飛び込んできた。
ちょうどよかったとはいえ、相変わらずのマナー違反。
ちっ。
「大変です。まさかないだろうと思っていたことが起こりました」
「は?」
「訪問者です」
「訪問者?」
って? 誰かが誰かを訪ねて来たってこと?
「絶えて久しい商人がやって来たのです」
「え? 何で? 私の評判を聞いて?」
「は?」
「あぁん?」
「お嬢……その残念な顔と声は二度と――」
「アルフレッド様!」
ちょっ、おまっ、キース!
あんたまで上司の真似をして領主様の部屋に飛び込んでくるんじゃない!
「大変です。領民たちが仕事を放り出して集まって来ています!」
おいおい。
いくら久しぶりの商人だからって、それはないんじゃないの?
それに……お金なんて持ってんの?
「ねえ、アルフレッド。私の領地にたかが商人ごときが勝手に入って来ていいものなの? 招待された訳でもないのに。しかも私に挨拶もせずに商売を始めるなんて!」
「ええと。普通は駄目です。というか、入れません。ですが、今、ここは――」
あ。そうだった。
たいそうな門を作っておいて、開けっ放しにしていたんだった。
「門が開いていたら自由に入っていいっていう意味になるの?」
「まあ、そう捉えられても仕方がありません」
誰だよ、「誰も来ない」って言ったのは!
「じゃあ、それは許すとして商売の方はどうなの?」
この世界にショバ代システムとかあんのかな?
「それはお嬢の言う通りです。領主に許可を得る必要があります。なので、お嬢を呼びに来たのです」
「え?」
「領主に挨拶したいと言われて、呼びに来たのです」
こっ、このっ、このヤロー!
早く言えよな!
「それを最初に言いなさいよ!」
「いやあ、だから――」
「ではアルフレッド様。応接室で面会ということですね。シャーロッテ様の準備が出来次第お通しするようにいたします」
コラー! 人の話は最後まで聞けー!
会話に割って入るのが癖になってない?
そして来た時同様に勝手に去って行こうとする。お前らー!
ああいうのをちゃんと注意して、きちんと躾られる家令が欲しいなー。
どっかに余っていないかなー。
お金で買えたらいいんだけどなー。
「とにかく、マイアかリミを呼んできますので、お嬢は着たいドレスでも選んでいてください」
はあ。侍女が側に侍っていないというのは、こうも不便なものなのか。
家令の前に貴族令嬢としてマナーを習得している侍女が欲しい。本当に切に!
「アルフレッド! 待ちなさい!」
そのまま言いたいことだけを言って部屋を出て行こうとしたアルフレッドを引き留めて、一つだけ命令をした。
◇◇◇ ◇◇◇
応接室に入ると、こ綺麗な身なりのシュッとした青年がいた。
結構若い。二十代に見える。整った顔立ちのせいなのか品がある(ように見える)。
ちゃんと立ったまま私を待っていたし、私がソファーに座って、「掛けなさい」と言うまで座らなかった。
私の対面に腰掛けた青年は、緊張する様子もなく微笑を浮かべている。
領主クラスとの面会にも慣れているのかな。
いや、子ども相手だと侮っている可能性もあるか。
「フィッツジェラルド公爵家のシャーロッテ様ですね。お噂はかねがね伺っております。幼少の身空でこの地の開拓を国王陛下より直々に命じられたとか。御尊顔を拝する機会を得られましたこと、誠に光栄に存じます。私はゲルツ伯爵領で商店を営んでおりますドルンと申します。どうか以後お見知り置きを」
へー。さっすが商人。
あの出来事を、さも素敵なことのように言うことができるんだねー。
「そう。ドルン。我が領地によく来たわね。それにしても一体どうしてかしら? 長らく途絶えていたというのに、どういう風の吹き回しなの?」
「待ってました!」なんて歓迎しようものなら、足元を見られかねないもんね。
「はい。それにつきましては誠に申し訳なく思っております。ゲルツ伯爵領内においても、こちらへの訪問が途絶えてしまってご不便をかけているのではないか、そろそろ誰かが行くべきなのではないかと、仲間内で話し合っていたところなのです。そこで私が手を挙げた次第でして」
本当かなぁ?
何か調子がよすぎて信用できないんだけど。
ドルンの作り笑いのせいかな?
貴族相手の田舎の商人ってこんな感じなのかな?
シャーロッテが公爵邸に呼びつけていた馴染みの商人は、王都でも指折りの豪商だった。
彼は丁寧だけど過度に謙ってはいなかった。
「とりあえず持ってきた商品を見させてもらおうかしら」
「はい」




