31 ゲルツ伯爵領へ
怖がってなかなか乗車しなかったブレッツを命令で助手席に座らせ、アルフレッドと、なぜか彼にくっついてきたキースの三人を乗せて、いざ出発!
「ブレッツ。道案内してね。私には道らしき道が分からないから」
「は、はい」
しばらく走っても、だだっ広いだけの荒地が続くばかりで何の目標物もない。
それでも慣れた人間には道が見えるらしく、ブレッツがたまにボソッと、「少し左に逸れました」と教えてくれる。
あまり速く走ると三人が卒倒しちゃうかもと思い、時速四十キロくらいで走り始めたけれど、気がつけば六十キロくらいになっている。
それでも馬車と違って快適な車内にいる三人は、スピードをあまり感じていないのか、怖がっているようには見えない。
十分も走らないうちに私にもはっきりと道と分かる街道が見えてきた。
そしてその先には集落がある。
ぐるりと城壁のようなもので囲まれているじゃないの。
「ねえ、ブレッツ。あの壁ってどれくらいの高さなの?」
「え? さあ……」
「大体でいいのよ。あなたの身長よりは高いんでしょ?」
「そう……ですね。私の身長の……倍はいかないとは思いますが、結構高いです」
じゃあ、ざっと三メートルくらい? うちの方が高いわね。ふふふ。
「このまま真っ直ぐ行っても入れなさそうだけど?」
「はい。門は南側に一つだけです」
「あの門の上に見張りとかいるの?」
「え? 上に? いえ。門の側に立っているだけだったと思います」
「ふうん」
じゃあ、こっち側に馬車を停めて待っていればいいか。
門の側まで行き、エンジンを切った。
「じゃあ、ブレッツ。分かっているわね? 今日は声かけだけよ。ただし、切羽詰まっている人は連れてきてね」
「はい」
ブレッツは返事をした後、動こうとせず、もじもじしている?
は?
「あ、あの……」
「何よ。怖気付いたの?」
「い、いえ。この馬車からどうやって降りたらいいのか……」
「ああ」
なあんだ。
しょうがないなぁ。
仕方がないので、私が先に降りて助手席側のドアを開けてやる。
……ったく。女の子かよ。
降ろしたブレッツに、ドアの開閉の仕方を丁寧に教えてやった。
「いい? ここに指を引っ掛けて、こっち側に引っ張るの。やってみて」
「は、はい」
まさかドアの開け閉めを練習させることになるとは。
「あっあぁ」
「ほら、できるじゃない」
「……!」
できたことに驚いているのか、ドアの機能に驚いているのか、ブリッツが目をパチパチさせている。
「じゃあ、逆よ。今度はそのまま押すだけ」
「はい」
バタン。
「分かった?」
「はい!」
「中から開ける時は、ここを少し引っ張って、そのまま外に押し出すだけ」
「はい!」
「もういいでしょ。分かったなら、さっさと行きなさい!」
「はい!」
ブリッツは本当に走って行った。
そして車内に目を向けると男二人が畏っている。
お前らもかっ!
アルフレッドとキースにスライドドアの開閉を教えると、二人は左右に分かれて開け閉めを繰り返した。
何それ? 揃いも揃って子どもじみた真似を……。
「面白い馬車ですね。それにとても変わった材質で出来ていますね……お嬢が魔法で加工されたのですか? いや、そもそも馬が引いていないのに走るってどういうことですか……こんなことが知られたら……」
「え? 何かまずいの?」
「ええ……私は政情に疎いので、どっちに転ぶか分かりませんが。有力者の目に邪魔な存在と映ればお嬢の身に危険が――」
「じゃあ壁を設置してよかったって訳ね」
「え? えぇ……」
「それと、私を取り込んで、いいように使ってやろうっていう奴が現れた時は、追い返せるだけの力が必要ってことね」
「何だか恐ろしいことを考えていませんか? どうしてすぐに戦う方へと思考がいくんです?」
うっさいなー。交戦することを前提になんてしていないから!
防衛のことを言ってんの!
「あの……アルフレッド様。あ、シャーロッテ様」
キースめ。
またアルフレッドが先で、私は取ってつけたように二番目。ムカつく。
「何よ、キース」
「はい。アルフレッド様に受け入れる領民のリストを作成するようにお命じになったとか」
したけど何?
私がアルフレッドに命令したことがそれほど不満なの? お前、何様のつもり?
「そのお役目は私が承ります。が――」
随分と勝手だなー。
「シャーロッテ様は元ベンベルク領で暮らしている全領民のリスト化をご所望なのでしょうか? 元々いた領民の名前と年齢もこの際に把握しておかれたいと?」
おっ! キース、いいね! いいこと言うじゃん!
そうだね、所望するよ!
「それ、やってちょうだい。急ぎはしないけど、あると便利だからね」
「承知しました」
その、しぶしぶ感を出すの、いい加減やめないと痛い目みるよ!
◇◇◇ ◇◇◇
どれくらい待っただろう。
時計がないから分からないけれど、アルフレッドがイライラして歩き回っていたくらいだから、結構待っていたのかもしれない。
壁伝いにこちらにやって来るブレッツの姿を見つけると、アルフレッドは安堵した様子で自ら両サイドのスライドドアを開けて、すぐに乗り込めるように準備した。
それにしても、結構な人数を引き連れて歩いて来ているんだけど。
十人どころじゃない――あれ――ちょっと、いくら何でも――。
「お嬢。全員乗れるでしょうか?」
だよね? アルフレッドもそう思う?
「幼な子も含めると全部で三十二人います」
キース、何、その早技? それって特技なの?
おそらく、近付くに連れて、私やアルフレッドの顔色に気が付いたんだと思う。
ブレッツの顔から血の気が引いている。
「そ、その。シャーロッテ様。みんな三日も待てないって言うんで……そ、その……」
見りゃ分かるよ!
「お手柄よ、ブレッツ。よく集めてくれたわ」
「はっ、はいっ」
その一言で暗い目をしていた人たちが、ほっとした表情に変わった。
それにしても、本当に全員身一つで――大半は裸足だし、荷物の一つもなく……くぅっ。
どんだけ大変な目に遭ったんだよ!




