3 追放だそうです
父親の執務室への立ち入りは禁止されている。
なので、今日初めて部屋に入った。
「お呼びと伺いました」
「シャーロッテか。その顔つき――やはり反省していなかったか」
ひどい言われよう。
いやー。生まれつきというか、甘やかされた年月がこの仕上がりなだけで、反省はしているんですけどね。
最近は父娘の交流がほとんどなかったから、娘の機微にも疎くなるんだね。
ちょっとだけシャーロッテが可哀想かも。
目の前の父親の顔もひどいものだ。血の繋がった娘に向ける眼差しじゃない。
これ、簡単には和解できそうにないなー。
「お父様。私の顔がどのように見えるのか分かりませんが、王女殿下への不敬に関しましては本当に申し訳なく、お詫びしたいと思っております。おそらくそのような機会は得られないのでしょうが。また私の愚かな行動が、このフィッツジェラルド公爵家の評判を貶めるものであったと自覚しております。偉大な家名に泥を塗ってしまい、お父様にはこの通りお詫びいたします」
ここで出来る限り神妙な顔つきで頭を下げた。
あら? 物心ついて初めて人に頭を下げたんじゃない?
頭を上げると目の前の父親が目を見開いて固まっていた。
「お、おまっ、お前――いったい――い、いや」
父親は取り乱したことを誤魔化すように、「こほん」と咳払いをしてから、厳しい面持ちで処分を告げた。
「お前は元ベンベルク領へ行くことが決まった」
「……」
どこだって? 知らんな。本に出てきてたのかな? 読んでないからね。
「今は王家預かりとなっている領地だが、我がフィッツジェラルド公爵家に立て直すよう命が下った。お前がそこの領主となって立て直しに着手するのだ。なお、我が家からの助力は禁じられている」
何それ?
王家預かりだったっていうことは、もうどうにもならないから領地ごと爵位を返上しますって、前任者が逃げ出したっていうことじゃん。
かなりヤバいところなんじゃ……?
つまり、無理だと分かっているから、そこへ私を追放して、最終的に責任を取らせる形で王命で処分してもらう計画?!
ってか、そんな過酷な環境で公爵家の支援もなしに、八歳のひ弱な貴族の幼女が生きていけるの?
成人するまでに死亡してもそれまでって打ち捨てるってこと?
なんて非情な……もう親としての情が無いんだね。
……あ。そもそも王様が激怒してるのか。やっべー。
あれ? でもこの年で追放ってどういうこと? そんな苦労話の裏設定なんてあったの?
どうやって王都に戻って学園に入学するの? 入学前には呼び戻されるの?
悪役令嬢として学園に君臨するんじゃなかった?
シャーロッテのふんぞりかえるような尊大さは、子どもの頃から王都で威張り散らしていたからじゃないの?
大勢にかしずかれて蝶よ花よと苦労知らずで我が儘放題に育つものだとばかり思っていたのに。
田舎なんかで暮らしたら丸くなるんじゃない?
シャーロッテの良さが消えちゃうじゃん。
「お前にも貴族の矜持があるなら、まあ頑張ることだ」
すげえな、おい。
絶対に、『貴族の矜持』の意味が分かんないだろうと思って言ってるよね?
「出発まで猶予は二週間とのことだ。二週間経ってもお前がこの屋敷にいた場合、我が家は王命に背いたとして反逆罪を問われる――」
はいはい。「駄々をこねて部屋に籠城したとしても家のために力づくで追い出してやるからな」って言いたいんだね。
「確認ですが、私はフィッツジェラルド公爵家の一女としてそこへ赴任するのですね?」
「ああ。そうだ。忌々しいことにな。だが私はもうお前を娘とは思わん。この屋敷を出たが最後、二度と戻ることは許さん」
えーっと。つまり表向き籍は残すけど、絶縁したぞ宣言?
私が生きて王都に帰ることはないと思ってるんだな。
そっちがその気なら。
「では公にはしないものの、お父様は私の親権を放棄されるのですね。公的には私を扶養していると見せかけて、その実、養育を放棄すると? 財産分与までは望みませんが、私がお父様の面目を保つための話に合わせるためにも、私が成人するまでの養育費をください」
当然でしょ?
「はん! お前にやる金などないわ!」
だーかーらー。
「ならば恥を忍んで他家の皆様のお情けを乞うしかありませんね。一体何通の手紙を書くことになるのやら」
「くっ」
当たり前でしょ?
ほら。体面が大事なんでしょ?
「仕方がない。お前の一年分の予算をやろう」
ばっかじゃない?
「一年? 仮にも領主となる私に子どもの予算一年? それとは別に、フィッツジェラルド公爵家として開拓するための予算をふんだんにくださるのですか?」
「そんな予算などないわ。助力は禁止されていると言っただろう」
「では、やはり他家の皆様に――」
「くっ。三年分やろう」
「開拓の費用もないのですよ? 成人するまでの分を、そうですね、せめて十年はいただかないと」
「五年だ」
「七年」
「くっ。よかろう」
まあ、七年分あれば猶予は十分だろう。
「ああそれと、二週間でできる最低限の支度はしてもよろしいですね?」
「ああ構わん」
「あ、二週間じゃメイドと騎士は探せないので、適当に数人連れて行ってもよろしいですか?」
「ふん。本人が望めばな」
おっしゃー! 言質を取ったぞ!
「話は以上だ。もう顔を見せるな」
「では失礼いたします」
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