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プロローグ『沈黙の統一』



 世界は統一された。

 言語も、宗教も、文化も、そして――心も。


 


 この戦争を人々は「統一戦争(The Unification War)」と呼ぶ。

 きっかけは、環境破壊を放置したベリティア共和国。

 終わらせたのは、正義と秩序を掲げたアルカ・セレスタ連邦だった。


 


 だが、それは救済ではなかった。

 敗戦国民は民族や家族を引き裂かれ、互いに言葉の通じぬまま混成され、

 世界各地の“収容区”へと分配された。


 


 一つになった世界には、誰の声も響かなくなった。


 


 それでも、記録者リソグラファーは旅をする。

 言葉をなくした人々の“想い”を拾い、翻訳し、綴るために。


 


 レクス・ヴァレリア。十五歳。

 感情を失った少年。

 今はただ、無言のまま、依頼人の感情を記録して歩く記録者だ。


 


 彼には、かつて「英雄」という名が与えられた。

 戦場で心を読む少年兵として恐れられた存在──

 亡霊通信士(Ghost Coder)。


 

 戦時中、アルカ連邦軍が極秘裏に進めていたのが、

「感情諜報兵計画(Project ECHO)」。


 それは、敵の言語や行動だけでなく、視線・声色・表情・沈黙といった微細な兆候から、

 攻撃の意図、動揺、そして精神崩壊の兆しを読み取るための“新兵器”の育成だった。


 訓練対象は、戦災で孤児となった子どもたち。

 薬物による感情遮断処置、記憶の再編集、そして身体反応の強制制御が施され、

 感情を持たず、ただ観察し翻訳する機械のような存在が求められた。



 成功率は、極めて低かった。

 多くの子ども兵は暴走し、精神崩壊し、あるいは命令系統から逸脱した。


「処分対象」として、無言で消えていった仲間たち。


 その中で、唯一生き残ったのが、レクス・ヴァレリア。


 彼は誰よりも感情に鈍く、誰よりも正確に他人の心を読むことができた。

 感情を持たなかったからこそ、心の揺れを“純粋なデータ”として処理できたのだ。


 皮肉なことに、最も人間らしくなかった者だけが、生き残った。

  

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ◆ 軍機密資料抜粋:「少年兵育成マニュアル・抜粋」

 第6項:感情抑制訓練

 ・泣く行為は即座に制止。感情反応のない者を高評価とする


 第11項:言語分離訓練

 ・自己認識と発話を断絶させることで、任務中の自我干渉を抑制


 第17項:対象殺傷の際の「表情記録禁止令」

 ・敵兵に同情・恐怖・迷いを示した場合、再教育対象とする


 備考:氏名の記録は許可。ただし、感情付随記憶との結合は阻止せよ

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 レクスには、生まれたときに与えられた名前がある。

 それは唯一、母との記憶につながる、大切なもの。

 しかし軍は、それ以外すべてを“削除”した。


 


 記憶。感情。そして、涙。


 


 12歳のとき、作戦「オルフェウスの檻」に投入されたレクスは、敵兵リアム・アシュレイを射殺した。

 その青年は、少年であるレクスに銃を向けながらも撃てなかった。

 だがレクスは、迷いなく、引き金を引いた。


 そのとき、彼の中に“心”はなかった。

 それが、軍の望んだ成果だった。


 


 それでも今、レクスは旅をしている。

 かつて奪い、失った“声”を探しながら――。


 


 そして、その隣には、もう一人の旅人がいる。


 イリス(IRIS)――感情豊かなアンドロイド。

 少女の姿をした、唯一無二の“対話者”。


 


 彼女はよく笑い、すぐ怒り、時に泣く。

 感情を取り戻せないレクスに、感情ばかりでぶつかってくる。


 


「レクス、今の依頼人、ぜったい怒ってたでしょ。顔に書いてあったもん!」

「……顔に書く感情は、よく誤訳される。あの人はーー」

 


 彼女は“護衛”という名目でレクスに同行しているが、

 その正体は、レクスを常時監視するAI機密体。

 戦争で育ちすぎた少年の、**“異常な成長”と“人間性の変異”**を記録・制御する存在でもある。


 


 だがレクスは、たとえそれを知っていたとしても、彼女を否定しないだろう。

 なぜなら彼にとって、イリスは──

“言葉の届く、ただひとりの存在”なのだから。


 


 これは、記録者レクスが綴る「君の声」の物語である。

 最初に彼が出会った“声”は、少女の震える指が綴ったものだった。

 記録001──「言葉を失くした手紙」



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