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攫われた悪役令嬢と魔王の王国征服 後編

 二人は気絶した兵士たちを改めて確認し、使えそうなものを回収した。


「剣は一本だけか……」


 令嬢はすでに持っている剣を見ながら、仕方なく短剣を腰に差す。魔王は無造作に槍を拾い上げたが、すぐに投げ捨てた。


「こんなもの、我には不要じゃ」

「まあ、貴女は素手の方が強いものね」


 令嬢は微笑み、鍵の束を手に取る。


「さて、この監獄の構造を把握しないと」

「こやつに聞くのはどうじゃ?」


 魔王が指差したのは、唯一意識を取り戻していた兵士だった。男は拘束され、恐怖に顔を歪めている。


「た、頼む……殺さないでくれ……!」

「ふふ、安心して。そんな簡単には殺さないわ」


 令嬢はゆっくりと彼の顎を持ち上げ、囁く。


「まずは、ここから王城へ出る最短の道を教えてもらおうかしら?」


 兵士は一瞬躊躇ったが、魔王が無言で拳を鳴らすと、すぐに口を開いた。


「ひ、左の通路をまっすぐ進めば、地上へ続く階段がある……でも、そこには親衛隊が……」

「ふむ、親衛隊か」


 魔王が興味深げに呟く。


「避けるべきか、倒すべきか……」

「どうせ王国を征服するつもりなら、先に王の目と耳を潰しておくのも悪くないわね」


 令嬢の言葉に、魔王は笑った。


「決まりじゃな! ならば、地上へ向かうとしよう!」


 二人は兵士を残し、静かに扉を開いた。


「親衛隊がいるなら、そいつらをどう片付けるかね」


 令嬢は剣を抜き、小声で魔王に尋ねる。二人は兵士から聞いた通り、左の通路を進んでいった。牢獄特有の湿った空気が鼻につくが、足取りは軽い。


「ふん、正面突破が一番じゃろう。貴様もその方が好みであろう?」


 魔王は不敵な笑みを浮かべた。


「そうね……でも、ここはまず様子を見るべきかしら」


 二人は足音を殺しながら階段の手前まで来た。そこには重厚な鉄扉があり、その前に二人の親衛隊員が立っていた。


「……ここが監獄への入り口か」


 令嬢は扉の前の親衛隊を観察する。通常の兵士とは明らかに違う、鍛え抜かれた体躯と鋭い眼光。


「さて、どうする?」


 魔王が腕を組みながら問いかける。


「できれば、静かに片付けたいわね」

「ふむ、では奇襲といこうか」


 魔王は小さく息を吸うと、瞬時に親衛隊の一人の背後へ回り込んだ。


「なっ――」


 気づいた時には遅い。魔王の手刀が首元を打ち抜き、親衛隊の一人が崩れ落ちる。


 もう一人が剣を抜こうとするが――


「させないわ」


 令嬢の剣が疾風のように走り、相手の手を貫いた。


「ぐあっ……!」


 苦痛に叫ぶ暇もなく、魔王の拳が腹を抉る。親衛隊は目を見開いたまま、その場に倒れ込んだ。


「ふむ、思ったよりも弱いな」

「油断しないことね。これはまだ入口よ」


 令嬢は鍵束の中からそれらしいものを選び、鉄扉の鍵穴に差し込んだ。


 ガチャリ


 重々しい音を立てて扉が開く。その向こうには、広々とした石造りの回廊が続いていた。


「さあ、王城へと参りましょう」


 二人は互いに笑みを交わしながら、ゆっくりと闇の中へと踏み込んでいくーー



 王城の地下牢を抜け、二人は長い回廊を進んでいた。壁にかけられた燭台の明かりが揺らめき、静寂の中に二人の足音だけが響く。


「なぁ、どこから攻める?」


 魔王が楽しげに聞いてくる。


「まずは情報収集が先ね。どんな戦も、準備なしに勝てるわけがないでしょう?」

「うむ、それも一理あるな」


 二人は慎重に進みながら、城の構造を探る。城の警備は思ったより手薄だった。王城の親衛隊を突破したという報告がまだ上に伝わっていないのか、それとも彼らはこのまま牢に閉じ込められて終わると思っていたのか。


「傲慢ね……」


 令嬢は冷たく微笑んだ。こういう油断こそが、王国を滅ぼす要因となる。


「まずは、国王がどこにいるのかを突き止めましょう。どうせ夜更けのこの時間、寝所にいるはずよ」

「うむ、ならば王の寝所へと向かうとしよう!」


 二人は音を立てないように慎重に歩きながら、城の上層へと続く階段を見つけた。


 しかし、そのとき――


「……待て」


 魔王が足を止めた。


「ん?」

「気配がする……」


 その言葉と同時に、突如天井から影が落ちてきた。


「見つけましたよ。魔王殿、そして公爵――」

「――先手必勝!」


 暗殺者の言葉が終わるよりも早く、魔王の拳が振り抜かれた。


 ドガッ!


 鈍い音とともに、暗殺者の身体が宙を舞い、そのまま壁に叩きつけられる。


「が……っ!?」


 反撃する間もなく、暗殺者の意識は闇に沈んだ。


「弱いな。誰じゃこいつ」


 魔王はつまらなそうに拳を振り払う。


「どうやら王国直属の暗殺者のようね」


 令嬢は倒れた暗殺者の装備を観察しながら答えた。黒ずくめの軽装、防音加工された靴、腰に仕込まれた小型の毒刃。間違いなく、王国の闇に生きる者だ。


「ふむ……ということは、すでに我らの脱獄が知れ渡っておるということか」

「ええ……少し面倒になってきたわね」


 二人は慎重に周囲を見渡しながら、再び前へ進む。


 だが、これで確信した。王は油断しているわけではなく、着実に手を打ってきている。


 ならば、それ以上の速度で動けばいいだけの話だ。


「予定変更ね。国王の寝所を探るのは後回し……まずは、王国の中枢を握る連中を排除しましょうか」

「ほう、それは面白いな!」


 魔王は笑い、拳を鳴らす。


「では、次は誰を潰す?」

「まずは軍司令官からかしら? 王はそのあとにゆっくり始末しましょう」

「ふふっ、最高じゃな!」


 二人は最高司令官を探しに歩き出した。



 ***



「貴様で最後か」


 魔王が無造作に拳を鳴らしながら、倒れた兵士たちを見下ろす。立っているのはもはやただ一人――王国軍の最高責任者である軍司令官だけだった。


「待て、話し合おうじゃないか!」


 彼は手を上げ、必死の表情で訴えかける。


「話し合い? 今さら?」


 令嬢は冷ややかに微笑んだ。


「我らを処刑しようとしたくせに、命乞いか?」


 魔王が肩をすくめる。


「ち、違う! 誤解だ!」


 軍司令官は必死に言葉を紡ぐ。


「処刑は……王の命令だった! 私は従うしかなかったのだ!」


「言い訳にしては、ずいぶんと見苦しいな」


 令嬢の目が冷たく光る。


「お前の部下たちを見てみろ。彼らは自分の意思で剣を抜き、我らを討とうとした。なのにお前は、いざとなったら『命令だから仕方なかった』と?」


「……ぐっ」


 軍司令官は何も言い返せなかった。


「くだらぬ」


 魔王が一歩前へ出る。


「今さら王のせいにしようが、結果は変わらん。貴様もここで果てるのみよ!」

「待っ――!」


 ドゴォン!!


 魔王の拳が軍司令官の顔面に炸裂した。吹き飛んだ彼の体は壁にめり込み、動かなくなる。


「……さて、これで軍のトップは消えたな」


 令嬢は軽く息を吐く。


「残るは王本人のみか。どうする?」

「決まっておろう。王を討ち、この国を我らのものとする!」


 二人は互いに微笑み、王の寝所へと向かう。



 玉座の間よりもさらに奥、城の最深部――そこに王は眠っているはずだった。


「さて、王はどんな顔をするかのぉ」


 魔王が薄く笑いながら、拳を握る。


「処刑しようとした相手がこうして乗り込んでくるんだもの。さぞ面白い顔を見せてくれるでしょうね」


 令嬢は優雅に剣を構えた。


 扉の前に立つ二人の近衛兵は、彼女たちの姿を見るなり狼狽する。


「な、なぜここに……!?」

「くそっ、侵入者――!」


 その叫びが終わるより早く、魔王の拳が兵士の胸を打ち砕いた。


 ドゴォンッ!


 男は声を上げる間もなく崩れ落ちる。


 もう一人が剣を抜くが、令嬢の刃が素早く閃いた。


「おやすみなさい」


 喉を一閃し、兵士は沈黙する。


 令嬢は無造作に扉へ手を伸ばした。


 ギィ……


 静かに、しかし確実に扉が開いていく。


 そこにあったのは、豪奢な天蓋付きの寝台。分厚いカーテンの向こうに、王の姿が微かに見える。


「……さて、王よ。我らが来たぞ」


 魔王が楽しげに言う。


「起こしてあげるべきかしら?」


 令嬢が微笑みながら剣を抜いた、その瞬間――


「待て!」


 寝台の奥から、王の震える声が響いた。


 令嬢と魔王は、冷ややかな視線で寝台を見つめる。豪奢なカーテンが揺れ、やがて王がゆっくりと姿を現した。


 寝巻きの上から黄金の刺繍が施されたガウンを羽織り、その顔は青ざめていた。


「こ、これは誤解だ……!」


 王は後ずさりながら、必死に弁解を試みる。


「貴様らを処刑しようとしたのは……仕方のないことだったのだ! そ、その……宰相が! 宰相が、余を説得したのだ!」


 彼の言葉を聞いて、令嬢は小さくため息をついた。


「また、同じ言い訳?」


 冷たい眼差しが王を射抜く。


「軍司令官もそう言っていたわ。『王の命令だった』とね。貴方が言うことと、何が違うのかしら?」


 王の顔色がさらに悪くなる。


「そ、それは……!」

「ふむ、つまりはこういうことかの?」


 魔王が腕を組みながら言った。


「宰相に言われるままに処刑を命じ、軍司令官に命じ、そして今、我らの前では言い訳を並べる――結局、貴様は何も決められぬ腑抜けということじゃ」


 魔王の言葉に、王はガタガタと震え始める。


「ち、違う……! 余は……余は王だ……! 余の命令は絶対なのだ……!」


「絶対、ね」


 令嬢は微笑んだ。しかし、それは氷のように冷たい笑みだった。


「ならば、これから私たちが決めることも絶対ね」


 王の喉がごくりと鳴る。


「我らは貴様を玉座から引きずり下ろし、この王国を奪う」


 魔王の言葉が、死刑宣告のように響いた。


「ひ……っ!」


 王はその場に崩れ落ち、後ずさりながら叫んだ。


「わ、分かった! すべてを譲ろう! だから、命だけは――」


 しかし、その哀れな言葉を最後まで聞く者はいなかった。


 ドゴォンッ!


 魔王の拳が王の顎を捉え、一撃で意識を刈り取った。


「――さて、これで王はいなくなったな」


 令嬢は倒れた王を見下ろしながら、静かに呟いた。


「では、次は即位の準備じゃな!」


 魔王は高らかに笑い、夜の静寂にその声が響いた――



 王の寝所に倒れ伏したまま、微動だにしない元・王。


 魔王は満足げに腕を組みながらその姿を見下ろし、令嬢は静かに髪を整えた。


「さて、これで王の座は空いたわね」

「うむ、では我が王として即位するか?」


 魔王が冗談めかして言うと、令嬢は小さく笑った。


「貴女は王より魔王のほうが似合っているでしょう?」

「ふむ、それもそうか。ならば、おぬしが女王となるのも面白かろう?」

「……まあ、それも悪くないわね」


 令嬢は倒れた王を見下ろしながら、王座に座る自分を想像した。この国を支配する者が変わるだけで、どれほどの混乱が生じるのか。だが、彼女にとってそれは何の問題でもなかった。むしろ、望むところだった。


「まずは王位継承の宣言が必要ね」

「ほう、どうする?」

「簡単よ。『王は自ら王位を放棄した』と告げればいい」

「なるほど。では、わかりやすく証拠を残しておくかの」


 魔王は無造作に寝台の横にあった王の机へと近づいた。そこには王家の紋章が刻まれた公式の文書が並んでいる。魔王はそのうちの一枚を手に取り、王の手を掴むと、無理やり震えた筆を持たせる。


「ふふっ、少しばかり字が乱れておるが……まあ問題あるまい」

「むしろいいわね。動揺の中で書かされた、と見せられるもの」


 令嬢は書き上げられた文書を確認すると、満足げに微笑んだ。


「これで形式は整ったわね。あとは王宮の者たちを掌握するだけ」

「軍司令官も消したし、残るは宰相かの?」

「ええ、宰相はこの国の行政を担う要。彼をどうするかが、次の問題ね」

「ふむ……ならば、会いに行くか」


 二人は静かに寝所を後にし、王城の奥深くへと足を向けた。


 ――王国征服は、いよいよ最終段階に入ろうとしていた。



 ***



 二人は王宮の奥深くへと進み、宰相の私室へとたどり着いた。


 王宮の中で最も権力を握る男――宰相が眠る部屋の前で、令嬢と魔王は足を止める。


「さて、どうやって叩き起こす?」


 魔王が不敵に笑いながら問う。


「そうね。せっかくだから、優雅に行きましょうか」


 令嬢は扉の前に立ち、拳で三回、コンコンコンとノックした。


 中から微かな物音がする。しばらくして、寝ぼけた声が扉越しに聞こえた。


「……こんな時間に、誰だ?」

「王からの急報です」


 令嬢は澄ました声で答える。


 すると、しばらく沈黙が続いた後、鍵が回る音が聞こえた。


 ガチャリ……


 扉が少しだけ開く。その隙間から、初老の男が顔を覗かせた。


「王の急報? こんな夜更けに一体――」


 男が言葉を続ける前に、魔王の拳が容赦なく彼の腹部を撃ち抜いた。


 ドゴォンッ!!


「がはっ……!?」


 宰相は声にならない悲鳴をあげ、膝から崩れ落ちた。


 魔王は無造作に彼の襟元を掴み、引きずるようにして部屋の中へ入る。


「さて、おぬしに話があって来たのじゃ。じっくりと聞いてもらうぞ」


 部屋の奥にあった椅子に放り込まれた宰相は、ようやく事態を理解し、青ざめた表情で震えだした。


「き、貴様ら……な、なぜここに……!?」


「簡単なことよ」


 令嬢はゆっくりと部屋の中央へ歩み寄る。


「王は失脚した。そして、これから私たちがこの国を治めるの」

「なっ……!?」


 宰相の顔が凍りつく。


「お前は有能な男だろう?」


 魔王が顎をさすりながら言う。


「この国を動かしていたのは王ではなく、おぬしじゃ。ならば、今後も変わらず働いてもらうかのぉ?」


「……ま、まさか……」

「選択肢は二つよ」


 令嬢は優雅に微笑む。


「私たちに仕え、この国を支えるか――それとも、ここで死ぬか」


 宰相の額に汗が浮かぶ。


 沈黙が数秒続いた後、彼はゆっくりと俯き、震える声で呟いた。


「……かしこまりました」


 魔王と令嬢は満足げに微笑んだ。


 こうして王国の支配権は完全に二人の手に渡ったのだった。

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