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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

歴史もの短編集

悪女のぼやき

作者: 蔵瀬 喜平
掲載日:2024/11/08

え?


私があの子を殺したって?


おまけに、あの子の母親を罪人どもの慰み者にして、目を(えぐ)り取って耳朶(じだ)を切り取って、鼻を削ぎ取って毒薬を飲ませて聴覚と声を潰して、おまけに両手両足を切断して(かわや)に放り込んで、人彘(ひとぶた)と呼んで嘲笑したって!?


ふざけるんじゃないわよ!!何でそんなこと、しなくちゃならないのよ!!?


へ?その理由は、私の息子じゃなくってあの子がうちの宿六の跡を継ぐように、彼女が画策したからだって?


…あんたねぇ…それは、彼女に対する侮辱よ!彼女は本当に慎み深くて聡明で、そんなことは全然考えてなかったのよ!!


私の息子を追い落として、自分の子をあの宿六の後継(あとつぎ)にしようと考える人間が、「もしもあの子に才あれば、東宮殿下の股肱(ここう)としてお使い下さいまし。才なくんば、小間使いにお使い下さいまし」なんて言うと思う!?


え?口では何とでも言えるって?…あんた、どんだけ猜疑心の化け物なのよ!?


あんたの名前、言い当ててあげましょうか?朱○璋ってんでしょ!?


…何よその何故バレたって顔?その痘痕(あばた)塗れの、(ゆが)()じくれた性根丸出しの醜怪な顔見たら、一目瞭然よ!


大体、後世にバレないと思って、あんなイケメンな肖像画残すとか、せこいことやってるんじゃないわよ!ちゃぁんと、あんたの本来の醜悪な面相を描いた肖像画だって後世に残ってるんですからね!!


◇◆◇


…何ですって?あの宿六が皇帝になった途端に功臣功将たちの粛清に乗り出したのは、私の進言があったからだって?そんなことに関与する女だったら、自分の亭主の愛妾(あいしょう)を惨たらしく殺しても不思議はないって?


…それは…しょうがないじゃない…元々あの連中は、あの宿六の敵だったのよ…


そりゃ、あの連中のお蔭でうちの宿六が登極することが叶ったのは事実だけど、はっきり言ってあいつら全員裏切り者よ?…まぁ、あいつらが元々いた陣営のブラックさを考えたら裏切るのも無理はないことは分かってるんだけど、そんな連中を麾下(きか)に置いておいたらまた裏切られかねないじゃない…


…ってか、功臣功将たちの粛清についてあんたにぐぢゃぐぢゃ言われる筋合はどこにもないのよ!何よ、功臣功将たちをみぃんな専権の罪をでっち上げて処刑して、その家族や親族に至るまで連座させておいて!!


…はぁ、こんなこと言っていても話が進まないわね…


今更何を言っても誰も信じてくれないのは判るけど、私があの子を殺したわけでも彼女にそんな惨たらしいことこの上ないことをしたわけでもないのも本当なのよ?それだけは、信じて欲しいんだけど…


大体、私は彼女が言ってくれたように、あの子にうちの息子を支えて欲しいって、ずっと思っていたのよ。


ほら、うちの息子は優しい子だったけど、ちょっと頼りないところがあったじゃない?体もひ弱だったし、そのせいで私よりも早く死んじゃったしさ。


それに対して、あの子は逞しくて頭も良くって、おまけにイケメンで押し出しも効いたのよ。確かに、うちの息子よりもあの子の方があの宿六の後継に相応しいんじゃないかって、そんな声もあったことは事実よ?


でも、あの子の母親が真っ先にその声を否定してくれたの。


「長幼の序というものがございます。東宮殿下は陛下の嫡出のお子様で、しかも如意よりも年長でいらっしゃいます。その東宮殿下を差し置いて、如意が陛下の後を襲い(たてまつ)るは(いさか)いの元となります。何卒、陛下におかれましては東宮殿下を後継とお()めになり、如意に才あらば東宮殿下をお支えするの任にお付け下されたく、伏してお願い申し上げます」って、はっきりと言ってくれたのよ。


おまけに、彼女はあの子にもはっきりと言い聞かせてくれてたのよ。


「お前は、何れ登極なさる東宮殿下の股肱として、殿下をお支え申し上げる身です。常に慎みを忘れず、学問と武芸の鍛錬に励みなさい。(まか)り間違っても、お前のお父上様の後をお前が襲おうなとど、そのような考えを起こしてはなりません」って、私の前ではっきりと諭してくれたんだから。


◇◆◇


え?正妻たる私を差し置いて、(めかけ)である彼女にあの宿六が入れ上げていたことについて悋気(りんき)は起きなかったのかって?


…あのねぇ…あの宿六、脳味噌が海綿体と睾丸(キ〇〇マ)で出来てるんじゃないかってくらい女好きの屋里珍なこと、あんただってよく知ってるでしょ?一々あいつの女遊びに悋気を起こしてあいつが手を出した女を殺してたら、私は世界中の女を殺さなくちゃならなくなっちゃうわよ?


(えい)が私のお腹の中にいて、あいつの相手を出来なかった頃には本当(ほんと)もう、酷かったんだから。そこいら中の女に手を出そうとしては、袖にされてたわよ。


おまけにあいつは馬鹿みたいに絶倫で、一発二発じゃとても満足しなかったのよ。そりゃまぁ "経験豊富" で上手かったから、私も "女の悦び" を堪能させて貰えたのはありがたかったけどね…


それにしても限度があるのよ!もう、あいつとした時には最後の方は擦り切れて痛くなっちゃうくらいだったんだから!!


だから、彼女が私の代わりにあいつとの閨事(ねやごと)を引き受けてくれたってのは、本音を言えば私にとってもありがたかったのよ。あいつが彼女と知り合った頃には、私ももういい加減男の相手するのもしんどい歳になっちゃってたからね。


◇◆◇


だから、あの子と彼女が死んじゃったのは、本当に不幸な偶然なのよ。私は、彼女たちに対して、何にも手を出していないわ。


あの子は、剣術の鍛錬に精を出していたときにいきなり倒れちゃったのよ。私はその場にいなかったからよく判らないんだけど、急に苦しそうに胸を押さえて倒れて、しゃくり上げるような変な呼吸をして、そしてそのまま死んじゃったみたい。


それを聞いた時には、私も呆然としたわ。あんなに頼もしい、 盈の補佐を頼めるのはあの子を置いて他にいないとすら思っていた如意をあんなにあっさり召しちゃうなんて、神様も惨いことをなさるものね。


盈も私ももちろん悲しんだけど、一番悲しんだのはあの子の母親よ。当然よね、お腹を痛めて産んだ、それもあんなに出来のいい子に先立たれちゃったんだから。


それ以来、彼女は自室に篭って、食も水も絶ってそのまま死んじゃったのよ。


それから、 盈の様子がおかしくなっちゃったのよ。あの子に碌でもない嘘を吹き込んだバカがいたらしいのよね。『私が如意を殺した挙句、彼の母親に惨たらしい真似をして嬲り殺しにした』なんて、そんなことする筈がないじゃないの!!


それで、あの子はあの宿六でもそうしなかったような酒色への溺れ方をして、そのまま体調を崩して死んじゃったのよ。それも、後継を決めることなくね。


それで、あの子の葬送の儀にあって私が泣き悲しむことがなかったから、私が権勢欲の権化だ、みたいなこと言われたこともあったけど、泣いてる暇なんてどこを探したってあるわけがないじゃないの!


私は、この国の皇太后なのよ!皇帝が後継を決めずに死んじゃったから、後継も決めなくちゃいけないし、新しい皇帝を支えるための廷臣だって整えなくちゃいけないのよ!そんな私情で泣くような奴に、皇太后が務まるわけがないでしょうが!!


大体、全て一段落して落ち着いたら、ちゃんと涙を流して泣いたわよ!!


◇◆◇


それで、 盈は正妻との間に子を()さなかったから、あの子が女官との間に為した子を次の皇帝に据えたのよ。その時に、その女官に鴆酒(ちんしゅ)を勧めたのは…私だって残酷だと思ったけど、そうせざるを得なかったってことはあんたも判るでしょ?


盈の次の皇帝は、盈の正妻との間に出来た嫡男ってことにして、その正当性を担保したかったのよ。そうした際に彼の『本当の母親』が生きていたら、碌な事にならないってことはあんたならよく判るでしょ?


その女官は判ってくれて、『良き皇帝になるように、とあの子にお伝え下さい』って言って、従容と鴆酒を呷ってくれたわ。


このことは、絶対に表に出ないように、特に皇帝にはバレないように注意していたのに、本当に人の口を塞ぐのは大海嘯を食い止めるよりも難しいわね。


皇帝の、私を見る視線がどんどん険悪になってきて、とうとうぼそり、と呟く声を聞いてしまったのよ。『朕の本当の母上を殺しやがって』ってね。


それを聞いた時に、私は『あぁ、この子には皇帝は務まらないわ』って思ったわ。だって、そうやって自分の感情をうかうかと表に出してしまうような奴が、皇帝として民草を導いていくことができるわけないじゃない?


ちゃんと成人して、皇帝としての大権を掌握してから私に復讐するのであれば、私も甘んじて受けたわよ。鴆酒だって呷ったし、何なら腰斬にだって甘んじたわ。


それを、ほいほいと感情を露にしちゃったものだから、私も彼を廃立した上で『病死』させざるを得なくなっちゃったのよ。だって、そんな浅はかな奴が皇帝だったら、塗炭の苦しみを味わうのは民草でしょう?


…決して自衛のためだけにそうしたわけじゃないってことは、判って頂戴ね。


◇◆◇


それから、各地の諸侯王に封じたあの宿六の息子たち、ね。彼らから、不穏な気配が(かも)し出されてくるのが判ったのよ。どうやら、皇帝を『病死』させた噂がそこいらに流れて、次は自分たちが害される番だ、って危機感を覚えて、ならば()られる前に()れ、って考えたんでしょうね。


まぁそれはしょうがないけど、それを隠し切れないところがダメなのよ。大体、国家の大権は皇太后たる私が握っているのに、その私に見えるように逆らおうとしたらどうなるか、簡単に想像がつくでしょうに。


やっぱり、そんな浅慮な連中に各地の諸侯王を任せておくわけにはいかないから根切りにしたんだけど。それで、その根切りにした連中が、あいつが私以外の女に産ませた子供で、しかもその後釜に据えたのが私の一族の者ばかりだったから、また妙な噂が立っちゃって。


『私は、あいつの一族から天下を簒奪するためにそんなことをしたんだ』なんて言われてるのよ?…バッカみたい!


諸侯王たる素質のない者に、そんな地位を与えておくわけにいかないじゃないの!それで、あの宿六の息子たちがいなくなったら、諸侯王の地位に就くに相応しい血統を持つのは皇太后たる私の一族しかいないじゃないの!


もちろん、諸侯王として各地を治めるに相応しい能力の持ち主ばかりをそれぞれの地域の諸侯王に封じたわよ?


◇◆◇


それから、世の中がだんだんと乱れ始めているような気がするのよ。


あの宿六を支えてくれた連中も病気とか言って屋敷に籠るようになったし、日食は起きるし、この間なんか蒼色の犬に(わき)の下を引っ張られるような夢まで見たのよ?


何だか嫌な予感がしたから卜筮(ぼくぜい)師に占わせたら、前皇帝の祟りだって。


それで、最近はその引っ張られた部分が随分と痛むようになってきて、薬石も祈祷も全然効かなくって。こうなってしまったら、流石に私でも判るわよ。もう、長くないってことくらいはね。


それでも、私が死んだ後で私の一族が滅ぼされるのは嫌だから、うちの一族の連中に国家の大権を掌握するような要職を委ねたのよ。


これで私の一族が滅んでしまったら、まぁそれでもしょうがないわね。彼らには、私の悪女の悪名に引き摺られてゲビを引かせるハメになってしまって、本当に申し訳ないとは思うけど。


やっぱり、後世には私の悪女としての悪名が残るんでしょうね。


それでもまぁしょうがないけど、私だって悪女になりたくって悪女になった、そういうわけじゃないことだけは、皆理解してくれるとありがたいわね。


…え?あんたは、理解してくれるの?


ありがとう。あんたって、顔に似合わず優しいのね。

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