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小さな嘘
沙希子は部屋に入って、自分の唇をそっと触れた。
初めての口づけだった。
今も震えている。
どうして泣いてしまったのか分からない。
ただ、キスされるとは思わなかった。
驚いたのだ。
その余韻が去ってから、一つ嘘をついたことを思い出していた。
結婚式をしたくない理由、その理由は悠に話さなかった。
咄嗟に思いついたことを話した。嘘だ。
友田悠は、再婚だから式は必要ないんじゃないかと思った。それが理由だ。
もう美しい花嫁姿は見ている。
二度目の結婚式が悠にとって必要だとは思えなかった。
⦅結納も無し。
結婚式も何も要らないわ。
指輪も要らない。
何も要らないの……。
ずっと傍に居させて貰えたら……それだけでいいの……。
私、充分……幸せだから……。⦆
振り向いてもらうことなど考えたことも無く、悠の運転する車に乗せて貰えるなど有り得ないのだ。
ましてや悠と結婚するなど、沙希にとっては夢でも有り得ないことだった。
夢のような日で、夢のような出来事が続いている。
醒めてしまうのが怖い。
嬉しくて涙が出る。
そして、辛くて涙が出ることもある。
それを自覚するのは、もう少し後だった。




