夢の時間
男性と手を繋いだのは、幼稚園の頃? 否、小学校の頃?
随分前で、成人してから手を繋いだことは一度もなかった。
私の手を放さない友田悠。
その姿を盗み見て「信じられない!」と思った。
何故、私と手を繋いでいるのか不思議だった。
⦅きっと、これは夢なんだ。
現実であるはずがない。
朝、目覚めたら、何も無い日常が待ってるんだ。⦆
そう思っていると、声がした。
「どうした? 俺の話って面白くない?」
「ううん。」
「俺、今、ビビってるからね。」
「えっ?」
「めっちゃ嬉しいんだけど、ちょっと怖いかな?」
「…………。」
「ほら、沙希子、黙ってるから不安になる。
俺だけが燥いでて………すっごく不安だ。」
「ごめん。………………あの……教えて……。」
「何?」
「いつ? 私はただの同期でしょう?」
「違うよ。最初の頃、俺が麻美に振られた頃……。
お前だけが、ただ話を聞いてくれて優しい言葉を掛けてくれたんだ。
いい恋だ!って言ってくれた。
お前の言葉は少なくて、ほとんど俺が話してた。
いっぱい聞いて貰えて嬉しかったんだ。
だから、ただの同期じゃなくなった。
それから、仕事で外国へ行って……離れてから何度も思い出した。
麻美のことと………お前のこと………。
その時は、気にしてなかったんだ。
気にしないようにしてた……が正解かな?
でも、優一は気づいてたらしい。俺の心の移ろいを……。
はっきり分かったのは、優一に沙希子がマッチングアプリをしたって聞いた時
だったんだ。
苦しくなった。誰にも取られたくないって思った。
それからは、麻美に謝ったんだ。
それが俺のけじめだったから………。」
「………麻美さん………のこと……いいの?」
「分かって欲しいのは、一つだけ……麻美のことは一生忘れない。たぶん……。
でも、お前を好きな気持ちも諦められない。
麻美のことを忘れられない俺でも……いい?」
「いいに決まってる。」
「そう言うと思ってた。」
「………あのね。」
「うん?」
「駅のホームに来てくれたでしょ……。
どこで私を見たの?」
「あ……あれは………課長に教えて貰ったから……。」
「課長?」
「うん。退社して駅に向かって歩いてたら課長と会ったんだ。
立ち話をしてたら、課長からお前とセミナーを受けたって聞いたんだ。
それで、俺……課長にお前とどこで別れたか聞いたんだ。
その後は全力疾走だった。」
「そう……課長が……。」
「駅のホームにお前の姿を見つけた時、嬉しかった………。」
「………私も…………。」
電車を乗り継いで、家の近くの駅に着いた。
駅を出て家まで歩くその間、友田悠は沙希子の手を放さずに……。
沙希子は父に見られたら…と……。
「ねぇ……放して……。」
「なんで? 嫌?」
「ううん。………お父さんに見られたくないの……。」
「お父さん……そうだね。」
ゆっくり手を放して……
「駄目だ!」
「どうしたの?」
「いいや、気にしないで……。」
「そう?」
「連絡先……俺、知らないから……。プライベートの連絡先…。
教えてくれる?」
「うん。」
「ありがとう。これから電話架けたり、メッセージ送ったりするから。」
「うん。」
「沙希子も俺に……。」
「うん。」
「家はもう近い?」
「うん。あそこ……。」
「もう帰ってたのか……。」
「うん。」
「じゃあ、連絡するから……。」
「うん。待ってるね。」
「じゃあ……。」
「うん。」
なかなか立ち去れないまま、しばらく見つめ合っていた。
友田悠が再び「じゃあ……。」と言って、駅の方を向いて歩き出した。
沙希子はその後姿を呆然と眺めていた。
友田悠は思った。
⦅手を繋いだら、キスをしたくなる。
キスをしたら……もっと先に進みたくなる。
でも………
、女性は違うんだ。
沙希子のペースで進まなくっちゃ……。⦆
沙希子への想いを伝えて、受け入れて貰えた喜びの後のほんの少しの戸惑いだった。




