セミナー
海がいつもの笑顔で「いってらっしゃい。」と言ってくれる朝。
いつもと同じ朝なのに、父と母の愛を感じられたからなのか……
全てが愛おしく感じられて、今日からまた一週間頑張ろうと思えた。
その気持ちが朝の空気をいつもよりも清々しく感じたのかもしれない。
出社後もいつもと同じ仕事だけど、この仕事を先ずは頑張ってお給料を貰おうと思った。
それは当たり前のことなのだけれども、全く自信が無かった沙希子には目の前のことを頑張るだけでも、今はいいと思えられている。
それが伝わったのか、佐伯陽菜に言われた。
「いいじゃないの。なんだか今日の沙希子はハキハキしてる。」
「そう?」
「うん。いつもの『私は駄目』が今日は無いもん。」
「そうだったけ?」
「うん。自分は何も無いとか良く言ってたよ。」
「うん。何も無いもん。」
「思ってるのは同じなんだ。」
「そんなに急に変わらないよ。」
「だね。」
「でも、兎に角、頑張ろうと思ったの。先ずは仕事からね。」
「いい傾向よ。じゃあ、残りの仕事、頑張ろうね。」
「うん。」
退社してから、陽菜と別れて一人で駅のホームでスマホを見ていた。
「おひとり様」を検索した。
その中で「ひとりで暮らすために」というセミナーを見つけた。
早速、予約した。
将来に備えて今から学べるものがあればいいなぁ~!という軽い気持ちだった。
セミナーの開催場所が多くの企業の本社がある所だった。
「一部上場企業の本社で行われるんだ。凄いなぁ~。
一階にそういう貸出できる会議室みたいなのがあるんだ。」
沙希子の会社の本社も近かった。
「まさかね。いっぱい人が居るから、友田君に会う可能性はほぼゼロ。
そう、ゼロよ。」
そして、予約した当日、セミナー会場に向かった。
会場に着くまで、誰にも会わなかった。
ホッとした半面、会いたかった!という気持ちもあった。
セミナーが開始されて、一番前の席に課長に似た女性を見つけた。
「まさか……課長、既婚だったはず……。他人の空似かしら?」
セミナーの内容よりも、一番前の席に座った女性のことが気になってしまった。
意味がないセミナーになってしまった。
一番前の席の女性が立ち上がるよりも早く、沙希子は立ち上がり一番前の席に向かった。
その時に、振り向いた女性と視線が合った。
「橋本さん……。」
「課長……。」
「奇遇ね。こんなとこで会うなんて……。
橋本さん、この後、時間ある?」
「はい。あります。」
「お腹空いてない?」
「空いてます。」
「じゃあ、何か食べましょう。」
「はい。」
「ここの最上階にあるレストラン、私のお勧めなのよ。
行きましょう。」
「はい。」
レストランへ移動中、課長からは色々聞かれた。
「どうして受ける気になったの?」
「私、両親と済んでいるんですけれど、
いつか、必ず、両親と永遠の別れが待っています。
私は未婚なので、両親が亡くなったら、私、一人になってしまいます。
いつか来る将来のために、このセミナーを受けました。」
「結婚は? 結婚願望がないの?」
「結婚願望はあります。相手が居ないんです。」
「ごめんね。根掘り葉掘り聞いてしまって……。
若い人が来るセミナーじゃないように思って……。」
「それは、そうかもしれませんね。」
「橋本さんのプライバシーを聞いて、私自身のことを話さないのは公平じゃないわ
よね。」
「別に……そんなこと思いません。」
「たぶん、もうすぐ分かるから……。」
「…………………。」
「私ね、離婚したの。」
「へ?………すみません。」
「いいわよ。可愛い反応だったわ。
一緒に暮らして少しずつ掛け違えたボタンが、いつの間にか1つじゃ無くなって
た感じかしらね。
夫は子どもが欲しかったのね。
でも、その頃の私は今よりも仕事が大事で………。
そんな風にボタンの掛け違いがあって、それが幾つもの掛け違いになっちゃって
たんだと思うの。
私は夫を愛してたけど、夫も私を愛してくれてたけど……
お互いに話し合わなかったのがいけなかったと分かったのよ。
離婚の話が出て、ようやく向き合って話したの。」
「じゃあ、やり直すことが出来るんじゃ………。」
「それが、もう疲れちゃって……お互いに独りになりたかったのね。
そうして、独りになると孤独を感じたの。
だから、このセミナーを受けたのよ。」
「そうだったんですか……。」
「聞いてくれてありがとう。どういう噂になるか分からないから……
こうして聞いてくれたら、少なくとも橋本さんだけは噂しないでしょう。」
「はい。」
「だから、聞いてくれてありがとう。」
「すみません。なんて言ったらいいか分かりません。」
「貴女は本当に真面目ないい子ね。」
「あ……ありがとうございます。」
「貴女のいい所、見つけてくれた男性が現れるといいわね。
まだ、若いんだから、願望があるのなら、結婚出来ればいいわね。」
「はい。ありがとうございます。」
「離婚した私が言うのは変だけど、私、夫と結婚したこと後悔してないのよ。
寧ろ、良かったと思ってるの。私と結婚してくれた夫に感謝してるわ。
離婚したけどね。幸せだったから………。」
「はい。」
「もっと早く気付いていたら離婚しなくて済んだのよ。
こういう風に後悔をいっぱいして生きていくのも人生なのかもね。」
「はい。」
「お互いに頑張りましょう。仕事もプライベートも……。」
「はい。」
課長と別れて、直ぐに振り返って課長の後姿を見た。
颯爽と歩く後姿……。
あの後姿には憧れても近づけないと思った。
そして、「私は私の人生を歩むのだ。」と………。
駅のホームで電車を待っていた。
声がした。
「橋本――っ!」
驚いて声がする方を見た。
友田悠が走って近づいてくるのが見えた。




