増田翔平
仕事を終えて上司が「今日、付き合えるか?」と全員に聞いた。
「行きます!」という声が幾つか聞こえて、「じゃあ、行ける子、付いておいで!」という上司の声。
上司の後を付いて行く部下たち。
その中に私も居た。
「奢りですか?」
「奢りだとラーメンだな。」
「ラーメン! 好きっす。」
「居酒屋とラーメン、どっちがいい?」
「じゃあ、居酒屋!」
私の隣で歩いていた新入女子社員・足立花梨が小さな声で「大きな声の人、得ですよね。」と言うので、小さな声で「そうね。」と答えた。
居酒屋で少ししてから、お手洗いに行くと、その前で男子トイレから出て来た見覚えのある顔。
「君! 俺のこと……覚えてる?
会えて良かったよ。君、退会しただろう?」
「ちょっと、静かにしてください。」
「あ……そうだね。今、誰と来てるの?」
「会社の人達です。」
「じゃあ、解散したら話せる?」
「どうしてですか?」
「お詫びと弁解!」
「もう、いいです。」
「いや、俺は話して知って欲しいんだ。頼むよ。」
「何? 橋本先輩、この方は?」
「あ……知り合いなの。」
「そうそう、俺達知り合いなんだ。」
「世間って狭いんですね。」
「そうね。」
「じゃあ、そっちが解散したら、ね。」
「えっ?」
「待ってるよ。」
「うわぁ~~っ! 橋本さん、今から帰っちゃえば?」
「そんな訳には……。」
「私から言っておきますから……。」
「いいや、それは良くないわ。」
「そうだよな。自分で言わないとな。今から言えば?」
「そうですよね。行きましょう。先輩。」
「ちょっと、待って……。」
足立花梨が大きな声で言った。
「橋本先輩、お知り合いが居てぇ……もう帰るそうです!」
「ちょっと……。」
「おう、そうか。気を付けて帰れよ。」
「あ……課長……。」
「気を付けてな。」
「係長……。」
「お疲れ~!」
「……お疲れさまでした。お先に失礼します。」
帰らざるを得なかった。
店を出ると、そこにアプリの彼が居た。
『名前、なんだっけ? 覚えて無いわ。』
「帰られたね。」
「ええ。」
「じゃあ、話だけ聞いて欲しい。」
「分かりました。」
可愛い店の前で「ここの紅茶、美味しいんだ。」と言って入って行った。
その後に続いて入った。
店の中も可愛い。
「ここ、デートで使うお店?」
「一回だけ入ったんだ。座ろうか。」
「はい。」
「先ず、ごめん。」
「もう、それはいいです。」
「良くないから……。
俺ね。女性を信じられなかった。簡単に捨てられたから……。」
「………………。」
「すっごく好きだったんだ。大好きだった。
でも、俺は寂しいから付き合っただけの、それだけの男だったんだ。
浮気されたんじゃなくて、浮気相手だった。
彼に知られたと分かって直ぐに、全て切られたんだ。
全てブロックされたんだ。
切るのも簡単だよ。LINEメッセージだけだった。」
「嘘……そんな……。」
「本当のことさ。
たった一つのメッセージで終わったんだ。」
「…………。」
「それから、暫くは酒を飲むしかなくて……。
なんとなくマッチングアプリを見たんだ。
その彼女ともマッチングアプリで知り合ったから……
居るかもしれないとか思った。でも、居なかったよ。
何人かと会ったけど、中に身体を求める女性が居たり、身体と引き換えに金って
いう女性が居たり………なんか女性を信じられなくなった。
君と会った時、君もそんな子だと思ったんだ。
ごめん。全ての女性がそんな子じゃないと分かってるのに、アプリでもそうだっ
たのに………。感情が無理だった。
でも、君に出逢えて良かったんだ。
君には悪いことをしたけど、俺は変われると思うんだ。
ありがとう! 心から言うよ。ありがとう!」
「……辛かったんですね。」
「うん。忘れられなかったんだ……。」
「忘れられない人……私にも居ますから分かります。」
「そうなの?」
「ええ、私の場合は片思いなんですけど……今も忘れられなくて困ってます。」
「そうだったんだ。猶更……ごめん。俺なんかと会って……。」
「いいえ、気にしないでください。
ただ……。」
「ただ?」
「私、恥ずかしいことに彼氏いない歴=年齢なんですよね。
デートとか死ぬまでに一回したいなぁ~なんて思ったんです。
漠然と……。
若いうちでないと、そんな経験できないでしょう。
直ぐに年取るだろうから……。
だから、私も気にして貰えるような本気ではなかったんです。」
「デート、しようか?」
「えっ?」
「初デート、好きな人じゃなくて申し訳ないけれど、俺でも良ければ……。
どこかに異性と行くだけのデートで良ければ……行こうよ。
死ぬまでに一回の一回だけだけど、ね。」
「どうしよう……。嬉しい……。」
「じゃあ、デートしようよ。」
「ええ。」
「今度の土曜日、休み?」
「はい。」
「じゃあ、土曜日の午前10時に、ここで待ち合せよう!」
「はい。」
「あのさ、デートだから敬語はなしに、ね!」
「は……うん。」
「そうそう、その調子! 俺の名前、覚えてる?」
「ううん。」
「そうだよね。俺の名前は……増田翔平、翔ちゃんって呼んで!」
「はい。」
「はい?」
「あ……うん。翔ちゃん。」
「君の名前は、橋本沙希子だろ。」
「ええ、覚えてたの?」
「うん、お詫びのメッセージを送ろうとしたから……。
みんなから、どう呼ばれてるの?」
「沙希ちゃん。」
「沙希ちゃん! じゃあ、土曜日に、ねっ! 沙希ちゃん。」
「うん。土曜日に。翔ちゃん。」
「じゃあ、今日はバイバイだ。」
「うん。バイバイ。」
何故か、増田翔平と生まれて初めてのデートをすることになった。




