名前呼び
海の去勢手術は生後6ヶ月になったらすることになった。
馬場大和の訓練は去勢手術が終わるまでは続けることになった。
「海くんの手術が決まってホッとした。
訓練はそれまで続けられるんですよね。」
「はい。手術が終わった後も、暫くの間はお願いします。」
「分かりました。
海君、もうちょっとよろしくね。」
この時間が沙希子にとって楽しい時間。
もうすぐ終わるのかと思うと寂しくなった。
急に馬場大和から聞かれた。
「橋本さんって、僕より年上ですよね。」
「ええ、そうですよ。」
「年上なのですから、敬語は止めて貰ってもいいです。」
「いいえ、そんなことは、こちらは教えて頂いているんですから……。」
「そうですか? 確かに訓練方法を飼い主さんに覚えて頂いていますけど、
相手は僕ですからね。何と言っても経験が少ない訓練士ですから……。」
「いいえ、先生です。
先生には敬語って決まってます。」
「決まってるって……、アハハハ……。」
「?」
「面白いですね。沙希子さん。」
「? 沙希子さん?」
「あ……ごめんなさい。お父さんもお母さんも海君の前で『お姉ちゃん』って呼ば
れてますけど、僕が『お姉ちゃん』では可笑しいですから、名前で呼ばせて頂きます。」
「あ……そうですか……。」
「嫌です?」
「いいえ、そんなことありません。」
「じゃあ、これからは『沙希子さん』でっ!」
「はい。」
何だか名前で呼ばれると、距離が縮まったように感じてしまうのは変なのだろうか?
この日から、馬場大和から「沙希子さん」と呼ばれるようになった。




