恋の上書き
海が去勢手術を受けることは決まったので、後は受けられる月齢になった時に受けるということで動物病院の医師にも話した。
訓練士の馬場大和も「良かったです。お話した甲斐がありました。」と、大変喜んでくれた。
会社には新婚旅行から帰って来た友田悠が居た。
その笑顔に、幸せが透けて見えた。
⦅幸せそうだなぁ~。笑顔が眩しい………。⦆
自分一人が同じ場所に居続けているようで、その場所からどこかへ行きたいと願った。
次の恋が出来たら忘れられるかもしれないが、そんなに簡単にそういう人との出逢いは無い。
よく「女の恋は上書き」と言われるけれども、それは性別は無関係では無いかと思った。
男でも上書きすることで、前の恋を忘れられるはずだから……と思ったのだ。
前の恋を引きずっていた方が、新しい恋の人に悪いと思うのは恋愛経験が無いからだろうか?と思った。
「私は、上書きできるような出逢い自体が無いね。」と、呟いてしまった。
それを聞いていたのは、佐伯陽菜だった。
「沙希子、声に出てたよ。」
「えっ?」
「上書き……気を付けた方がいいよ。」
「ありがとう。気が付かなかった。」
「社内はヤバいって……。」
「だよね。ありがとう。気を付けるわ。」
そして、小さな声で私の耳元で囁くように言った。
「無理に忘れようと努力するのはマイナスかもしれないからね。
どうすればいいか分かんないけど、努力しても難しいと思うよ。
いつか、自然にそうなったほうがいい、ねっ。」
「うん。ありがとう。」
「なぁに同期二人でヒソヒソ内緒話してるんだ?
俺も入れてくれよ。」
声の主は、友田悠でした。
陽菜と二人で驚いてしまった。
「何? そんなに驚くの?」
「いや、ビックリした。ただ単にビックリしただけよ。」
「ふ~~ん。」
「それはそうと、顔に幸せって書いてあるね。」
「佐伯もだろ。新婚さんだよね。一緒!」
「私たち夫婦は、新婚からちょっとだけ日が過ぎてるわ。」
「ちょっとだけって……変な奴……。」
「奴、禁止令出てますよ。」
「あ……ごめん。変な人。」
「変な……も禁止ね。」
「参ったなぁ…。ハハハ……。
あ……そうだ。橋本、君、富田優一のこと覚えて無かったんだよね。」
「うん。」
「あいつ、覚えてて、移動でこっちに来てから会った時にね。
俺に橋本沙希子って転校していった子が居ること教えてくれたんだ。
それで、俺も思い出したんだよ。
小学校の同級生に子が付く名前の子が居たってことを……。
あいつ、この間の二次会で橋本を見てビックリしてた。」
「なんで?」
「綺麗になった……って……。
それで、俺、橋本には爽やか彼氏が居るから無理だぞ!って言っといたから。」
陽菜の心の声が少し漏れていた。
「馬鹿……余計なことするんじゃない。」
「何? 何か言った?」
「ううん。なぁんにも言ってないよ。」
「そう? 何か聞こえたけど……。」
「何も……言ってないからね。」
「そっか…、じゃあ、お先に!」
「もう、お帰りですか?」
「愛妻が待ってるからね!」
「ご馳走様でした。」
「じゃあな。」
「お疲れさまでした。」
まるでスキップしているように軽快に退社した友田悠の後姿を見ながら……
「私たちも帰ろうね。」
「うん。帰ろう。」
そう言って退社した。




