去勢手術
海の去勢手術の話を両親にすると、父が反対したので、訓練士の馬場大和から話して貰うことにした。
今日はその日だ。
海は馬場大和に会えて嬉しそうである。
話し始めた馬場大和と視線を合わせようとしない父に母と二人で唖然とした。
「先ず、手術について少しお話しますね。
手術する一番のメリットは望まぬ妊娠を防ぐことが出来る、これに尽きます。
海君もそういう経緯で生まれて来たと聞いています。」
「そうですが、ちゃんと貰ってきて僕は育てています。」
「そうですね。本当に海君はラッキーでした。
でも、生まれてきた子全てが飼って貰えるわけじゃないんですよ。」
「えっ? そんなことないでしょう。」
「お父さんは見られたこと無いのでしょうか?
保健所に居る子犬。」
「保健所に子犬が?」
「そうなんです。貰って貰うことが出来ない子を保健所へ持ってくる人が居るんで
す。置いて行く時に、殺処分もOK!と仰ることもあるそうです。」
「殺処分……。」
「例えば、売るために産ませた場合も全ての子が売れるとは言えないのです。」
「売るために……産ませる。」
「それを目論んで今売れている犬種を買って、オスを探して産ませるんです。
オスの飼い主さんにはお金を支払うんですね。
それで、産ませたら売る。でも、売れ残りが出る。残った子を保健所へ。
ある話なんです。
血統書がある犬でも売れない場合があるんです。
ですから、雑種になると貰ってくれる人を探すのが大変なんですよ。」
「そんな……こと……。」
「海君の母犬は外で飼ってたんですよね。」
「そうです。」
「外だと、いつオスがやって来て交尾したのか分かりませんよね。」
「そうですね。」
「そのオスも飼われている犬かもしれないんですよね。」
「野良じゃなくて?」
「ええ、オスは一年中メスの匂いに敏感です。
いつでも交尾できますから、敏感になるのです。
避妊していないメスの匂い、妊娠可能な期間の匂いにはとても敏感です。
そして、交尾するためなら網戸くらいは平気で破って出て行きますし、入って来
ますよ。
メスの匂いに敏感だということは、大変ですよね。オス自身も……。
街を飼い主さんとお散歩に行っていると、メス全てが……
人間で言うと、裸で街を女性が歩いていて、その中で自制するのです。
そんな感じだと、僕は思っていて……
去勢手術、それからメスには避妊手術を勧めています。」
「した方が良いんですか?」
「はい。是非にとお願いしているんです。
海君のためにもいいんですよ。オス特有の病気になりませんから……。」
「オス特有の病気……。」
「前立腺の病気とかです。」
「前立腺がんですか?」
「はい。それも含まれます。」
「防げるんですか?」
「はい。防げます。
お父さん、人間と大きく違うのは、去勢手術を受けて自己を否定されるとか思わ
ないです。犬は……逆に交尾したいのに出来ないと言ったストレスから解放され
ます。」
「ストレスになるんですね。」
「はい。ですので、どうかお考え頂きたいんです。お願いします。」
「……分かりました。考えます。」
「よろしくお願いします。」
話し終えて馬場大和は帰って行った。
話し終えた父は「海に去勢手術、受けさせるぞ。」と言い、「それにしても……『お父さん』って呼ばれる関係じゃないのに、なんで『お父さん』なんだ!」と憤慨していた。
その父を見て、母は「沙希子を取られたくないのよね。なんだかんだ言ってても……。」と言った。




