嘘から出た実
「帰宅したら、親に心配を掛けたくない! だから、笑え!」と自分に言い聞かせながら、家に帰った。
玄関を開ける前に深呼吸していた。無意識だった。
「ただいまぁ~。」
「お帰り。」
「疲れたぁ~。」
「お疲れ様。」
「お父さんは?」
「まだよ。今日は残業みたい。」
「そうなんだ。」
「ご飯にするでしょう。」
「うん!」
『笑え! 笑顔が不自然じゃないように笑え!』
母との雑談を終えて、入浴している間、笑わなくて良い時間だった。
涙もシャワーで流せる。
「人並みに……恋が出来たね……。
良かったじゃん。」
そう呟いていた。
それからも笑顔で過ごした。
父が帰宅したのは12時を回っていて、どうやら大変なことがあったようだった。
疲れ切った父の顔を見ていると、笑顔で「お父さん、お疲れさまでした。ゆっくり休んでね。」と言えた。
父の体調を案じることが出来るのは、まだ大した痛みじゃなかったんだと思った。
そう思ったのだ。
翌日、出社すると「お見合いして断られた」という話題で職場は花盛りだった。
噂とは広がるのが早いのだと思った。
本人の耳に入る言葉、そして目に入る視線。
「痛いなぁ~。」というのが本音だった。
「やっぱりね。モテないから……無理よね。」
「可哀想だなぁ~。いじけないで欲しいな。」
「いい奴なのにな。」
「業務命令みたいなもんでしょう。可哀想に……。」
「なんか、聞いたんだけど……
イケメンで高学歴で高収入なんだって! それと、高身長!
そりゃあ、無理よね。
橋本さん、小さすぎるもん。似合わないわぁ~。」
⦅どうぞ、好き勝手に噂してください。
そう刈谷誠一郎さんは三つとも高いんです。私は見事に三つとも低いんです。
似合ってなどいませんよ。言われなくても分かってます。⦆
昨日、出社して間もなく帰宅したので心配した友田悠が声を掛けて来た。
「橋本、大丈夫か?」
「あ……ごめんね。昨日は迷惑かけちゃって……。」
「否、いいよ。
それよりも……なんだ……色々言う人が居るけど気にするなよな。」
「あぁ……気にしてないから。」
「そうなんだ。良かった……。
あ…… あのな。」
「うん。」
「前に俺が話したことだけどな。」
⦅聞きたくない! 止めて!⦆
「うん。」
「大丈夫になったんだ。元の鞘ってやつ……。橋本に心配かけたけど。」
「そう……良かったね。」
「うん。それで、結婚するんだ。」
「え?」
「うん。今度はOKしてくれたんだ。式場も予約したんだ。」
⦅聞きたくない! お願い! もう止めて………!⦆
「そう………おめでとう! 本当、良かったね!」
「ありがとう! 橋本はいい奴だよな。」
「止めてよ!」
「どうしたんだ? 大声出して!」
⦅しまった! 笑顔、笑顔!⦆
「あ…っと、止めてよね。……いい奴っての………。」
「なんで? いい奴じゃん。」
「止めてよ。いい奴って……これでも、一応、女なんですから。
奴、は止めて!」
「あ……悪い! 女子だよな。 いい……人!」
「OKです。」
⦅なんとか誤魔化せた?⦆
「悪かったよ。男って意味じゃないからな。橋本みたいに小さい男は居ないよ。」
⦅可愛い……って一生言われないんだろうな……。
一度だけでも友田君に言われたかったな。可愛いって………。⦆
「悪かったですね。驚異の低身長で!」
「いやぁ~悪い。」
「さぁ、仕事、仕事。」
友田悠から離れようとした時に……
「ねぇ、橋本。
君、小学校はどこ?」
「え? なんで?」
「君と同じ名前の子が居たんだよ。
小学3年生で転校して行っちまったんだ。
俺、名前を覚えてて。」
「なんで? 名前を憶えてたの?」
「だってさ、今時、子がつく名前の子いないぜ。」
「そうなんだ。」
「一人だけだったんだ。子がつく名前の子、だから覚えてて……
3年生で転校していった子の名前が、橋本沙希子って言うんだ。
だから、君かなぁ~って思ってて……。」
「転校したよ。小学3年生で……芦原小学校から……ね。
宮前小学校へ……。」
「芦原小学校! 俺も芦原小学校だったんだ。」
「え?」
⦅嘘っ! そんなこと……ある訳ない。⦆
「やっぱ、橋本だったんだ。転校していった子、君だった。
橋本沙希子だから……。」
「嘘っ!」
「本当、嘘みたいな話だよな。
いやぁ~ 世間って狭いんだ。」
⦅好きな男の子、いる? って聞かれて、
覚えてた名前出したの。……でも、違う。ともだ ゆういち!
そうよ。ゆういち よっ!⦆
「違うんじゃないの?」
「え? どうして?」
「だって、私が覚えてた名前の中にゆうって男の子は居なかったわ。」
「記憶が間違ってない?」
「記憶?」
「そう。俺って良く ゆういち と間違えて覚えてる人居るから……。」
「えっ? なんで?」
「覚えてるかな? 富田優一。同級生なんだけど……
そいつと俺を混同して覚えてる子居たんだ。
だから、この前も ゆういち君?って呼び止められたから……。」
「そう……。じゃあ、同級生だったのね。」
「おう、ってことで……これからも、よろしくな。同級生!」
「こちらこそ………!」
⦅ともだ ゆういち君は居なかった。
居たのは、友田悠君だったんだ。
嘘だったのに、好きな男の子じゃなかったのに………
……嘘だったのに、好きになるなんて思わなかった……。
苦しいよ。
結婚するの、ね。
もう、心の中で想うことも許されないんだ。⦆
「どうした? 顔色が悪いけど……。」
「大丈夫。気にしないで!」
「本当に?」
「本当に。じゃあ、仕事するから……。」
「あ……悪い。」
この日も、ミスなく仕事できたか分からないまま、会社での一日を終えた。
家に帰るまでの間だけが泣いてもいい時間だった。
いつの日か、泣かなくなる日が来るまで………。




