失意
お見合いの後、月曜日に出社すると上司から声を掛けられた。
「悪かったね。」
「いいえ、会社に影響はありますか?」
「そんなことないよ。それは気にしないで欲しい。
そういう方じゃないし、第一、こっちは断られた方だから……。
刈谷部長が大変、君のことを気になさっててね。
ご子息よりも良い男性を必ず見つけるからと、仰ってくださった。」
「そうなんですね。
あの……次の方を探して頂かなくても良いとお伝えください。」
「そうか……橋本さんにも、そういう人が居たんだね。」
「居ないです。」
「え?」
「でも、刈谷部長のお手を煩わせなくても、父が居ますから……
父も探したいようですので……。」
「そうか……お父上が………。」
⦅お父上? 似合わない!⦆
「分かった。そうお伝えしよう。」
「ありがとうございます。」
上司との会話を終えて、給湯室へ向かった。
途中の喫煙室から声が聞こえて来た。
「友田、お前の彼女、相変わらず可愛いな。」
⦅えっ?⦆
動けなくなってしまった。
「見たんだ。昨日。前から来る二人が友田と彼女だったんだ。」
「会いましたね。」
「可愛いよなぁ~♡ 前に見せて貰った写真より可愛かった♡」
「はい。可愛いです♡」
「そんなに可愛いんですか?」
「おう、めっちゃ可愛い♡」
「俺も見たかったなぁ~。」
「見世物じゃないんで、見せませんよっ。」
「独占欲、強い男は嫌われるぞ。」
「大丈夫です。俺達は……。」
その後の言葉を聞きたくなくて走り出した。
着いたところはトイレだった。
トイレの個室に入って、泣いた。
涙が出てきて、止まらなかったのだ。
どのくらい居たのか分からない。
ただ、涙が止まるまで出られなかった。
「ねぇ、橋本さん、居ないよね。」
「うん。どうしたんだろう?」
「お見合い、断られてショックだったんじゃないの?
あの人、モテなさそうだもん。」
「そうよね。やっと貰ったお話だったのに……可哀想だわね。」
少し、クスクスと笑っているような声がした。
出られないまま、彼女たちが出て行くのを待った。
話し声と足音とドアが閉まる音がした。
話し声は小さくなって聞こえなくなった。
足音も小さくなって聞こえなくなった。
遠ざかった音たち。
ゆっくりドアを開けて見ると、お手洗いには誰も居なかった。
お手洗いの鏡で顔を見た。
泣いた後がはっきり分かった。
スマホを取り出した。
「先輩? 私です。橋本沙希子です。
急に体調が悪くなったので、すみません。
帰りたいんです。」
〘いいわよ。伝えておくわね。大丈夫? 一人で帰られる?〙
「はい。大丈夫です。
すみません。よろしくお願いします。」
〘OK! 気を付けて帰ってね。〙
「はい。失礼します。」
大急ぎで、そして、なるべく誰にも会わないように更衣室に入って、帰宅の準備をした。
ずっと下を向いたまま退社して駅のホームに着いた。
電車を待っている間も涙が出て困った。
このまま家には帰られない。
時間を潰すために、飛び乗った電車で行ったことが無い駅に下りた。
見知らぬ駅、見知らぬ街、ゆっくりと歩いていくと、公園が見えた。
公園のベンチに座ってぼんやり何を見るとはなしに見ていた。
見えているはずの景色は目に入っているはずなのに見えなかった。
景色が無い、色が無いまま、時間が経っていくのを待っていた。
泣き止むのに必要な時間の経過を待っていた。




