どうやら、禁術に手を出したらしい
【死に戻り】をする度に強くなることがわかってから私は色々と動き始めた。
まず最初にやったのはパーティーの皆に1週間ほど休もうと提案したこと。予定では2~3日だけだったが自由に動ける時間が欲しかったからである。
皆は少し不思議な顔をしていたがすんなり受け入れてくれた。もし、理由とか聞かれたらどうしようかと思ったが杞憂に終わってよかったと安堵のため息を吐いたのは記憶に新しい。
さて、1週間という自由な時間を手に入れた次の日、皆が各々好きなように過ごしている中、私は自室でこれからのことを考える。これまでの経験では死んだ場合、その日の朝に戻されていたので時間制限はない。だが、これからどんな形で死ぬか決めていない上、少し遠いダンジョンに行く可能性もあるので余裕を持っておいた方がいいだろう。
(まずは……耐性かな)
毒は闇市に行けば色々と買える。死んでしまえば購入費も使わなかったことになるのでリーズナブルだ。死ねなくても首を切って自殺すればいい。
他の状態異常はどうしようか。ダンジョンに行けばそこに出現する魔物によって麻痺や混乱、催眠などになれるだろう。単身で入るのは初めてだが、どうせ死ぬのだから関係ないだろう。
「……」
そこまで考えた私は自室のベッドに身を投げて天井を見上げる。そろそろ本題に入ろう。
【死に戻り】を手に入れてから1年が過ぎた。その間に何度も死に、何度も皆を助けられる方法を模索し、なんとかここまで来られた。
だが、アイリに対するこの気持ちは何も変わっていない。もちろん、彼女の関係も。魔王を倒す冒険に集中して先送りにしていたのだ。
――人を愛するってとっても素敵なことだと思います!
しかし、ふと思い出すのだ。1年以上前になかったことになってしまったミリーとのやり取り。彼女の言葉が頭から離れない。
「……はぁ」
【死に戻り】のおかげで強くなれることはわかった。でも、こればっかりは自分で何とかするしかない。
アイリにアプローチして駄目そうなら自殺してやり直す?
いいや、まずは魔王を倒して世界が平和になってから考えよう。
そもそも、ミリーは応援してくれたがアイリはどうなのだろう? 女の子が女の子を好きになることをどう思う?
そんな考えばかり浮かんでしまい、弱虫な自分は今の関係を壊すことを恐れて動けずにいた。
でも、本当にこれでいいのだろうか。このままでいいのだろうか。
――よくありません!
――よくないと思うぞ。
不意にミリーとコールの声が聞こえたような気がした。ただの幻聴。あれからコールはもちろん、ミリーにも私の気持ちは伝えていない。だから、私の気持ちを察していても表立って指摘してこない。
それでも、二人ならきっと私の背中を押してくれる。そんな気がしてならないのだ。
「……よし」
私は体を起こす。そして、自分のお小遣いが入ったお財布を持って部屋を出た。一つだけ試してみたいことができたのだ。
目指すのは王都の中でも女性ならあまり近づかない場所。
そう、娼館が集まっている娯楽街。目指すは女淫魔のいる娼館だ。
この世界には人間以外の種族がたくさん生きている。
例えば、コールのようなエルフ族。長い耳が特徴で、そのほとんどが感嘆の声を漏らしてしまうほど美しい容姿を持ち、魔法に精通している。なお、コールはエルフにしては珍しく魔法よりも弓矢の方が得意な武闘派だった。
他にも獣人、ドワーフ、人魚、妖精。両手では数えきれないほどの多種多様な種族がお互いに折り合いをつけて暮らしているのだが、その中に淫魔がいる。
淫魔――女淫魔と男淫魔というように性別によって種族名は変わるのだが、その性質は同じ。異性を誘惑して精気を搾り取る悪魔。それが淫魔の正体である。
もちろん、精気を搾り取ると言っても干からびるまでヤったら相手を殺してしまうため、よっぽどのことがない限り腹上死は起こらない。殺してしまったらその人からそれ以上の精気は搾り取れないし、普通に犯罪なので捕まる。
だからこそ、淫魔たちはほどほどの精気を貰って生きていることがほとんどだ。
また、特定の相手がいない淫魔は娼館で働いていることが多い。精気は貰えるしお金も稼げるので一石二鳥だからだ。私は利用したことないものの、淫魔相手だと色々とすごいらしいので淫魔を雇用している娼館は基本的に当たりだという噂を聞く。
「……」
そんな娼館の前に昼間から立つのは私。心臓はバクバクと鼓動し、手は震えているため、傍から見たら身売りされた少女が絶望しながらこれから自分が働くことになる娼館を見上げているように見えるかもしれない。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸一つ。覚悟は決まった。私はおそるおそる娼館の扉を開け、中を覗く。
(ひょ、ひょええええ……)
娼館の中は昼間なのに薄暗く、人もまばらだ。しかし、明らかに下着姿の女性たちが鼻の下を伸ばした男性と楽しそうに話している。多分、自分を買ってもらえるように交渉しているのだろう。
そんなディープな大人の世界に私は心の中で悲鳴を上げてしまう。本当に大丈夫なのだろうか? 一応、自殺用にまだ耐性のついていない毒は用意しているが今すぐにでも飲んで今日をやり直したほうがいいかもしれない。
「あら?」
その時、酒場のようなカウンターの奥にいた他の女性よりも着込んでいる――それでもおっぱいが今にも零れ落ちそうなほど頼りない服――店員さんが私に気づき、声を漏らした。そして、ニコニコと笑顔を浮かべながらこちらへと向かってくる。
「いらっしゃい、お嬢さん。このお店は大人のお店よ? 迷子?」
「あ、いえ……一応、17歳です」
「あら、これは失礼。でも、ここは男性用娼館だから間違って入ってきちゃったのかしら?」
成人は15歳からなので私が娯楽街にいてもおかしくないと判断したようだが、そもそもここは男性用。つまり、女性が娼婦として働いているお店だ。女である私は女性用の娼館を利用するのが普通である。
「あ、それともここで働きたいとか?」
「い、いえいえ! 実は色々ありまして……女淫魔さんとお話がしたいんです」
「女淫魔と? 個人的な知り合いは?」
「いません」
「なるほど……とりあえず、カウンターへどうぞ」
私の話を聞いた店員さんは少しだけ考えた後、カウンターへ誘ってくれた。入口で話していると他の人の迷惑になるのでペコリと頭を下げて素直にカウンターへと向かい、席に座る。
「訳ありって感じ?」
「そういうわけじゃないんですが……私にとっては大事なことです」
「ふーん……」
お水の入ったコップを差し出しながら質問してくる店員さんに対し、誤魔化すことなく答えると彼女はジッと私の目を見つめてきた。今、気づいたがこの人、女淫魔だ。暗くてよく見えなかったが近くで見れば虹彩が人間のそれと違うし、頭にも女淫魔らしい角が生えている。
「いい目、してるわね」
「え?」
「なんていうのかしら……恋する乙女が好きな人のために覚悟を決めたような、いい目。とっても私好みよ」
「あ、ありがとうございます……」
さすが女淫魔。一発で私に好きな人がいることに気づいた。いや、娼館で働いているから? どっちにしても大人な女性という感じで少し憧れてしまう。
「だからこそ、気になるのよ。どうして、意中の相手がいるのにどうしてここに来たのかって」
「それは……」
「……お金は持ってるの?」
「あ、はい! 一応、相場は知ってるのでその2倍ほど」
「うわ、随分気前がいいのね。その歳でそれだけ持ってるってことは……」
そこで言葉を区切った店員さんは私を観察し始める。なんだか気恥ずかしくて誤魔化すようにコップに入った水を飲んだ。
「服装からして貴族ではない……歩き方が綺麗だったから体幹を鍛えてる? 冒険者?」
「そ、そうです」
「はぁ……その歳で冒険者やっててそれだけ稼げるってことは相当強いパーティーに入ってるのね。あ、ごめんなさい! こういう仕事してるとつい人間観察に力が入っちゃって!」
『ごめんなさい』と謝りながら彼女はサービスとして少しアルコール度数の高いお酒をカウンターに置いた。お酒は嗜む程度には飲むし、これでもパーティーの中で一番強いので特に断ることなく、お酒の入ったコップを傾ける。うん、美味しい。
「お酒もいけるのね……うん、わかったわ。じゃあ、私でもよければ話し相手になるわ。ただ、あなたが私を指名するって形になるけどいい?」
「もちろんです! ありがとうございます!」
店員さんはこのお店で働いている。それに加え、女淫魔なら精気も欲しいはずだ。本来、男の相手をしてお金も精気も貰えるはずだった時間を私が奪うことになる。女である私では精気をあげられないがお金だけでもきちんと払うべきだ。
「ありがと。じゃあ、部屋の準備をしてくるからこれを持って待っててね。番号で呼ぶから同じ番号の部屋に入ってきて」
そう言って彼女は私に木札を渡した。その木札には『8』と書かれている。名前で呼ばれたくない人もいるからこうやって番号でやり取りをしているのだろう。
それから周囲の視線を気にしながらお酒とお水を交互に飲みながら待っていると別の店員さんが『8番さーん、どうぞー』と声をかけてくれた。急いで席を立ち、私は8番の部屋に入る。
「お待たせ。まずはこっちに来てちょうだい」
「は、はい……」
8番の部屋で待っていたのはとてもセクシーな衣装に身を包んださっきの店員さんだった。話をするだけだが、お店の決まりで衣装を変えなければならなかったのだろう。多分、お化粧も直している。
店員さんの指示通り、彼女が座っているソファに腰掛けるとその柔らかさに驚いた。このソファ一つでどれほどするのだろうか。
ソファに座ったら嫌でもドンと鎮座する大きなベッドが目に入る。あそこで娼婦と男性が色々といたすのだろう。でも、部屋は臭くない。むしろ、甘い香りがしてリラックスできる。このお店を選んだのは建物の見た目と他のお店よりも人の出入りが多かったからだったが私は大当たりを引いたのだろう。
「時間は一番短いものにしてるわ。料金はこれくらい。大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。本当だったら色々とルールを説明するんだけど……今回は関係ないから省くわね」
店員さんの提示した料金は想像しているよりも安かった。多分、おまけしてくれている。一応、このお店を出たら自殺する予定なのでお金の消費もなかったことになるのだが、その気遣いはとても嬉しかった。
「それで? わざわざ女淫魔に話を聞くってどんなこと? 意中の相手の落とし方?」
「あー……その……」
おそらく店員さんは私が恋愛相談しに来たのだと思っている。事情が事情なだけにいたたまれなくなって言葉が出てこない。
「大丈夫。自分の気持ちを他の人に晒すのは恥ずかしいことだと思うけど……私しか聞いてないし、絶対に馬鹿にしないって約束するわ」
「……好きな人が、女の人なんです」
「わーお。予想以上に複雑だったわ」
彼女の言葉で背中を押された私は想いを伝えると彼女は少しおどけたように微笑む。馬鹿にしているわけではない。『女の子が好き』だと思い悩んでいる私が少しでも話しやすいように空気を軽くしてくれたのだ。
「それはなかなか言い出しづらいわね……ん? でも、余計に不思議だわ。女淫魔に話を聞かなきゃならない理由にはならないわよね?」
「そう、ですね……実は前にとある噂を耳にしまして……」
「噂?」
キョトンを首を傾げる店員さん。さぁ、ここからが正念場だ。もし、少しでも変なことになったら自殺しよう。そして、なかったことにしようと心に決め、私は勇気を振り絞って本題に入った。
「女淫魔の使う淫魔法に……ナニを生やす魔法があるって聞いて。それを私に使ってくれませんか?」
「……」
あんなに新味になって私に寄り添ってくれた店員さんは愕然とした様子で私を見る。ああ、やっちゃった。いや、でも、私にとってこれは絶対に知っておくべきこと。譲れないことだったから仕方ない。
だって、もし仮にアイリと結ばれたら絶対に子供が欲しかったから。きゃっ♡
「……よく、知ってたわね」
「パーティーの中に元奴隷の子がいまして」
「あー、なるほど……なるほど、ねぇ」
やはり、あまり世間では知られていない魔法らしい。奴隷のような特殊な環境で育った子しか知りえないことだったので店員さんも驚いたようだ。
「……結論から言えば可能よ」
「……でも、あっぱらぱーになるんですよね?」
「そこまで知ってるのね。ええ、あの魔法は女淫魔でも禁術とされてるわ」
「っ……」
先ほどまでの雰囲気と違い、真剣な眼差しで私を見つめる彼女に生唾を飲む。アレを生やす魔法はとんでもないものだったようだ。
「一応、私は使える。むしろ、女淫魔なら誰でも使えるわ。処刑のために、ね」
「しょ、処刑!?」
ナニを生やす魔法が処刑に使用されるほどのものだとは思わず声を荒げてしまった。思った以上にやばい魔法なのか?
「だって、女の子にナニが生えるってことは女淫魔にも生やせるの。もし、女淫魔にナニが生えたらどうなると思う?」
「……っ! そっか、自分で精気を出しちゃうことになっちゃう!」
「そう、だからこその処刑用。罪を犯した女淫魔に使って精気を搾り取り、殺す魔法なの」
てっきり、マンネリ化を防ぐためのプレイ用魔法だと思ったのにそんな事情があるとは思わなかった。異種族のことは自分から調べようとしない限り、あまり情報が入ってこないのだが今度調べてみてもいいかもしれない。何気ない行動がとんでもない事件を引き起こしてしまいそうだ。
「ナニを生やす魔法は言ってしまえば脅し。罪を犯せば誰でもお前を殺せるぞってブレーキをかけさせるための予防線」
「な、なるほど……」
「だから……これを使えばあなたもただでは済まない。きっと、ナニが生えた瞬間、私を襲って死ぬまで腰を振り続けるわ」
淫魔法には色々あるが、女淫魔を殺すための魔法なだけあって頭があっぱらぱーになってしまうのだろう。淫魔法に精通している女淫魔ですら耐えられないのだ、ただの人間である私が耐えられるはずもない。
「それでも……お願いしますッ!」
「死んじゃうのよ!? なんで、そこまで――」
「――どうしてもッ……私には必要だからです」
彼女の言葉を遮るように答える。アイリとの関係はまだ変わっていない。変える勇気はない。
でも、それでも私にできることは全部やりたいのだ。それが一方的な想いだったとしても、無駄に終わってしまうことになっても、『やっておけばよかった』だけは嫌だ。【死に戻り】でやり直せるからこそ、そんな後悔だけはしたくなかった。
「お願いします! 魔法を使った後、私が干からびるまで精気を搾り取っても構いません! 魔法を使ってください!」
「あなた……」
今の私なら一回、魔法を使ってくれたら覚えられる。そうすれば今後は好きなタイミングで魔法を使える。だから、この一回でいい。この一回でモノにしてみせる!
「……わかったわ。覚悟はいいわね」
「はい!」
店員さんは私の決意に応え、立ち上がって目を閉じる。そして、私に右の手のひらを向けて深呼吸。おそらく、使えるといっても一度も使ったことがないのだろう。当たり前だ、この魔法は同族を殺すための恐ろしい魔法なのだから。
「『女淫魔処刑魔法』!」
「……あれ?」
彼女が魔法を使った瞬間、私の体が仄かに輝く。魔法を使われた感触はあった。だから、成功したはずなのだが特に変化はない。
「もしかして、魔法耐性のせい……おッ♡」
しかし、それはほんの少しの猶予。股間がムズムズしたと思った途端、頭が爆発した。
熱い。熱い。熱い。熱い!
死ぬ時は決まって凍え死にそうなほどの冷たさを覚える。だが、今はそれとは反対に沸騰しそうなほど頭が熱くなっている。今すぐにでもこの熱さをどうにかしなければ溶けてなくなってしまいそうだ。
意識が混濁していく。目の前がぐにゃりと歪み、座っているはずなのにバランスを崩しそうになる。
あぁ、これは駄目だ。もしかしたら耐えられるかも、と思っていたが禁術に指定されるだけあってやばい。
「あ、へぇ♡」
誰の声? 自分の声? あれ、自分って何? ナニ? なんだろう。なんだっけ?
「――――――」
声が聞こえる。聞こえた? わからない。とにかく、この熱いナニかをどうにかしたい。どうにかしなければ死んじゃう。
「あっ♡」
いい匂い。甘い匂い。柔らかい? 柔らかい。温かい。気持ちいい。
もう、駄目だ。気持ちいいはずなのに熱さは消えない。ナニをやってもなくなってくれない。このままでは全てが溶けちゃう。熱さに負けて何もかもが溶けて、死んじゃ――。
「……死にたい」
本当に死ぬまでヤったらしく、【死に戻り】が発動して私が目を覚ましたのは宿の自室のベッドの上。記憶はほとんど残っていないが恥ずかしすぎてなかったことになったはずなのにすぐに死にたくなった。とりあえず、闇市に行って強力な毒を買って死のう。