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3.埋伏の毒婦

 やぁ、待たせて済まなかった。ここのところ余り体調が優れなくてね。ようやく動けるようになったので、話を再開しようと招いた次第だ。さて、前回はクロード達が北のハイラーンに旅立つところまでを語らせてもらった。今回は一方の主人公格であるイズファニール=スカーレットことイズの物語を進めよう。新王アデュークの命令により、ファザード港へ向かったイズは思わぬ友人との再会を果たす。・・・何、それはもう聞いた、だと?そいつは失礼した。では始めよう、冒険者達の物語を。


 クロード達がハイラーンを目指しラインフォートを旅立ったその日、イズはソニア=ローヴェと共にファザード港の酒場で東方の姫君の到着を待ち続けていた。東方への渡航は決して陸路より安全とは言えない。むしろ転覆の危険が無い陸路の方がまだ安全とされた時代、王国の姫君を送り込む彩の大王の心中を考えるイズに対し、ソニアは呑気にホットミルクを手にしながら問いかける。

「私、本物の東方の姫様を見るの初めてなんです。肖像画はお父様のコレクションで数回見た事はあるのですが、今から期待で胸の高鳴りを抑えきれません!」

「そのセリフ、オレと再会してから何度目だ?確かに、オレ達統一王国の人間にとって東方は異文化の世界だけど、西方領域の方が全く情報無かった分高揚感があったぜ?」

「オベリスクや巨大戦艦には驚きましたけど、私の思考がついていけなくて。でも、東方独特の装束にはとても奥ゆかしいロマンを感じるのです。」

「ああ、そういう事か。確かに冒険者だと機能性重視になって、基本的にオシャレに着飾る機会なんて無いものな。」

「はい。私もイズを護衛する任務を受けておりますから、不必要に高価な織物をまとう事はしません。」

「オレの?咲耶姫で無く?」

「そうですよ。『アデューク王はイズが生きている限り、王位を奪われる悪夢に苛まれ続ける。彼にとってイズの存在を消し去る事で初めて心の安寧を得る』ソルディック様はそう仰っていました。」

「要は、親父殿にとってはオレはまだ死んでもらっては困る、と言いたい訳か。」

「そんな棘のある言い方をしなくても。皆さん、血のつながった家族である事には違いないでしょうに。」

「血が繋がっているからこそ、だよ。統一王国は南王領以来、長子相続を原則とする国だ。例外は、オレの爺様、統一王国初代国王。この人は武力で反乱分子を黙らせ、後の治世をヴァネッサ女王に託した。だけどアデュークはまだ国民にアピール出来るような功績を立ててはいない。だからオレを東方へ放逐して、領土拡大の足掛かりにしたい。アイツの頭はそんなところだろう。」

「イズは寂しくないのですか?もうクロード達と冒険に出る事も無くなるのですよ。」

「母ちゃんがもう少し長生きすると思っていたからなぁ。けど、いずれ王族に戻る事は考えていたよ。欲を言えば、ちゃんとした形でクロードとは話したかったけどな。こればかりは”神の思し召し”ってヤツさ。」

「強いですね、イズは。」

ソニアは、寂しげな表情でイズの顔を見つめる。その感情を汲み取ってイズはソニアに提案する。

「別に今からでもローヴェ大公に会いに戻ってもいいんだぜ?」

「大丈夫ですよ、私は。既にお父様への祈りは済ませています。」

「分かった。その言葉、当てにしているぜ。」

イズのサムアップにソニアは笑顔で答えを返す。

「イズ様、ようやく”彩の国”の船が姿を見せましたぜ!」

時同じくして、船乗りの一人が大声でイズを呼ぶ。

「やっとご到着か。ではその姫様のお顔を拝見といきますかね。」

「楽しみですわね。」

二人は酒場を出ると、彩の国からの船団が入港する予定の船着き場へと足を進める。

「イズファニール王子、何処へ行かれるのです?!」

ひと際大きな声で酒場を出た二人を呼び止めたのは、四十代後半といった感じのふくよかな体格をした女性だった。

「い、いや。晩餐会の前に顔だけでも見ておこうと思ってさ。それよりもいい加減に王子は止めてくれない?」

イズは、やや引きつった笑顔で女性と話す。

「何を仰います。アデューク様が国王となった今、王位継承権第一位はイズファニール王子、貴方にある事をお忘れですか。ましてや、お相手は王子の妻となる東方の姫君。その様な薄汚れた姿でお会いになるおつもりですか!」

「ちょっと待てよ、ダニエラ。顔合わせは晩餐会の時で十分だろ?今から堅苦しい礼装に着替えるのはカンベンしてくれよ。」

「問答無用。お前達、イズ様を取り押さえなさい。」

ダニエラと呼ばれた女性が右手を水平に伸ばし、その指を鳴らす。するとどこに潜んでいたのか、物陰から数名のメイド姿の女性がイズ達を取り囲む。

「げっ、いつの間に?!」

「まぁ、これが統一王国にその名有りと謳われる”着付けコーディネーター”の方々なのですね。」

「喜んでる場合か、ソニア!このままだとお前もまとめて”着付け”させられるぞ。」

冷や汗を流すイズの言葉にソニアは不思議そうに首を傾げる。

「私は特に構いませんけど?」

「よし、ならソニアをお前達に差し出す。ダニエラ、これで手打ちにしてくれ。」

イズは爽やかな笑顔をダニエラに向ける。

バサッ、と大きな網がメイド達の手によって二人に掛けられる。

「きゃああっ!」

網に捕らわれ大声を上げるソニア。しかしイズの姿は網の中に見えない。

瞬間移動テレポーテーション・・・。魔法の鍛錬は欠かさず続けられておられましたか。確かにイズ様の言う通り、晩餐会までの時間はあります。仕方ありません、今回は見逃しておきましょう。」

「ダニエラ様、お久しぶりです。」

メイド達の手によって網から解放されたソニアがダニエラに頭を下げる。

「ヴァネッサ女王の国葬以来ね。思ったより元気そうで少し安心したわ。」

ダニエラ=コルネイル。故ヴァネッサ女王の側近の一人であり、イズ達三兄弟の乳母でもある初老の女性。彼女は実子を幼少期に病で亡くしており、政務で王都を離れる事の多い女王に代わって厳しい愛情で三人を養育した。特にやんちゃ坊主だったイズに対しては鉄拳制裁も辞さないほど厳しい教育指導を行った。また彼の格闘技術は大半は彼女から学んだという経緯もあり、結果としてイズの師匠とも言える存在になっていた。

「ローヴェ大公に挨拶は済んだのかい?」

ソニアを気遣う、ダニエラの優しい言葉にソニアは笑顔で返す。

「はい。私を見捨てず、生かしてくださったお礼は告げる事が出来ました。」

「そうかい、なら良かった。クレミアもお前の事は気にかけていたからね。」

「総長が?」

「ああ。ソニア、今はお前も『ハーベスター』を統括する”黒教会”の総長候補だという事を忘れてはいまいね?」

「そ、その話は以前お断り・・・!」

ソニアの背後にメイドが二人、息の合った動きでソニアの両腕を拘束する。

「あぅっ!」

「今日はお前も統一王国代表の一人だ。そんな薄汚れた修道服で東方の姫君に出したとあっては、アタシが国王陛下に合わせる顔が無いからね。」

「い、いえ私はこの服で十分間に合ってますので・・・。」

「問答無用。お前達、この娘を支度部屋へ連行しな!」

本気を出せばソニアの実力であれば、メイドを振り切っての脱出は容易であっただろう。しかしその場合、メイド達を無傷で済ませる保証は無い。ソニアの性格をよく知るダニエラのからめ手の前に、彼女は大人しく連行されるしか無かった。


「・・・何とか逃げ切れたようだな。ソニア、お前の尊い犠牲は忘れねぇぞ。」

イズは一度額の冷や汗を拭うと、胸で女神の印を切り彼女の為に祈りを捧げる。彼が逃げ場所に選んだのは、港の北西に位置する高台の丘だった。ほどよく草木も茂っており、木々に登る事は朝飯前の彼にとっては港全体を見渡す事の出来る絶好の場所であった。彼は早速、手ごろな木に登ると遠眼鏡を使いその目を港へ向ける。


「まだ東方の船は入港していないか。それにしても、もの凄い見物人の数だ。まずはこっちに来て正解だったな・・・。」

イズは浮遊レビテーションの呪文を唱えると、より高い木へと登っていく。そしてある木に向かって声を掛ける。

「そこのアンタも見物かい?潜入して早々この場所を見つけるとは中々にお目が高いじゃないか。」

イズの問い掛けが木々の間をすり抜けていく。

『なぁ、東方の間者さんよ。』

「!?」

イズの流暢な東方語に一瞬気配を漏らした相手に対し、間髪入れずイズは突撃を仕掛ける。

捉えたかと思われたイズの一撃だったが、間者はそれを見事に躱してみせる。

「うらあぁっ!!」

イズは逃がさないとばかりに蹴りを繰り出し間者の動きを封じていく。今のイズの格闘術に対等に渡り合える相手は王国といえど数えるほどいないであろう。しかしこの相手は間違いなくイズを本気にさせる技量を持っていた。

「引け、ならず者!これ以上邪魔立てするのならば、こちらも本気で始末する。これは警告だ!」

やや掠れた低い声で、間者がイズを威嚇する。

「いいぜ、かかってこいや!」

190㎝を越える巨体のイズに比べ、間者は160㎝前後と体格差では大きな差があった。しかしそのしなやかな蹴りは変幻自在の動きを見せイズに後一歩を踏み込ませない。

「この不安定な足場でイイ動きをする。密偵にしては戦い慣れしているな、ボウズ!」

その言葉に返答せず、間者はイズの攻撃をかいくぐると左の掌に右拳の側面を併せ抜刀の構えを見せる。

「東方の魔法か?ならこっちも!わが身を守れ『鉄の表皮アイアン・スキン』!」

イズの防御魔法にひるむ事無く、間者は左の掌から深紅の刀身を持つ短刀を引き出す。

「仕込み武器か?!」

「違う。」

一閃。間者の放った短刀の一撃は、イズのアイアン・スキンごといともたやすく貫いた。

「アイアン・スキンを貫通した・・・だと?」

「安心しろ、お前が”むくろの一族で無い限り死ぬことは無い。少しの間、眠ってもらうだけだ。」

次の瞬間、港の方から大きな歓声が湧き上がる。船から咲耶姫がその気品あふれる姿を現し、出迎える民衆に一礼していたところだった。

「おい、悪いが一旦休戦だ。どうやらお目当ての姫様がお着きになったんでな。」

みことの剣の一撃を受けて気絶しない?貴様、ただのならず者では無いな!」

「よそ様の国に忍び込んでおいて散々な言い様だねぇ。密偵ならウチの内情くらい知ってるだろう?」

イズは間者の問いを聞き流しつつ、遠眼鏡を使い港の様子を伺う。

「はぁ、あれが咲耶姫か。確かに統一王国には居ないタイプの美貌だわな。」

「おい、こっちの話を聞けぇ!」

最初は表情を崩していたイズだったが、次第に真顔へと変貌していく。

「・・・なぁ、あの姫様、本当に人間か?」

「何故、そう思う。」

「冒険者のカン、ってヤツかな。」

次の瞬間、イズは慌てて遠眼鏡を外す。

「どうした?」

「一瞬、目線が合った気がした。まさか、とは思うけどな。」

「ヤツの力なら特に驚く事でも無い。死にたく無ければ早々に荷物をまとめて港を離れる事だな。この国の者では骸の妖魔を討つ事は難しい。」

「・・・アンタ、本当にオレの事知らない?」

「確かに腕は立つようだが、私とて王国の冒険者全てを網羅している訳では無い。一つ勉強させてもらった。」

「いや、そういう意味じゃなくてね・・・。」

「他にどういう意味がある?」

イズは右親指で自分を指し、自己紹介をする。

「オレの名はイズファニール=スカーレット。統一王国継承順位第一位のれっきとした王族だ。そして、あの咲耶姫の婚約者。」

「・・・は?」

「何だよ、その『は?』ってのは。」

「私が見た人相書より遥かに悪人面だ。」

「悪人面ってよ・・・。第一、肖像画ってのは多少は色を付けるモンだろ?」

「それに婚約者なら何故こんな場所に居る?普通は港で咲耶姫を出迎える立場だろう。」

「まぁ、オレはああいう儀礼的な場所が苦手でよ。時間をもらって遠目で見学をさせてもらってた訳さ。でもそこには先客が居た。さぁ、次はアンタの番だ。彩の国の間者にしてはどうも統一王国を探る目的じゃなさそうだ。」

「・・・お前はさっき一目で咲耶の正体に疑いを持った。私としても戦力が欲しい。少なくとも私と同等の戦いが出来る戦力が。」

間者の声が掠れた音で無く、涼やかな乙女の声へと変わる。

「お前、女か!」

「私の名はニニギ。”みことの剣”を継承する一族の血を引く者。咲耶は妖魔を操り人心を魅了する力を持つ”むくろの一族”の者。我々は彩の国の影として代々大王に仕えて来た。」

「統一王国の『ハーベスター』みたいなモノか・・・。で、ニニギの役目は何だ?」

「現大王は西方の富を望んでおられる。その鏑矢として骸の一族でも指折りの能力を持つ咲耶を自らの娘として送り込んだ。彼女の目的はこの統一王国を混乱に陥れる事。」

「お、おい。それは冗談事じゃねぇぞ。」

「我が国にも、この有事を憂う大臣が居る。私はその大臣の命を受け、咲耶を討つ為に先に王国に潜入していた。」

「だがよ、それだと大王に逆らう事になるぞ。それでも構わないってのか。」

「咲耶は何時までも駒として大王に仕える従順な女では無い。大王の目が届かない今こそ彩の国の憂いを絶つ好機なのだ。」

沈痛な面持ちで語るニニギに対し、イズは続けて問いかける。

「なぁ、命の一族って今どれだけ残ってるんだ?もうほとんど残って居ないんじゃないのか?」

「・・・何故そう思う。」

「お前の悲壮感から何となく察して、な。相討ち覚悟で隙を狙うつもりだったんだろう?」

「ああ、そうだ。」

「よし、分かった。」

イズはニニギの手を取ると、そのまま木の枝から飛び降りる。

「え、ちょっと!」

「振り放すなよ、魔法のリンクが切れてそのまま落ちるからな!」

ふわり、と浮遊の魔力が二人を包みゆっくりと地上に降りていく。

「どうするつもりだ?」

ニニギは怪訝そうにイズを見やる。

「今から咲耶姫のところへ参上するのさ。オレの前じゃ奴さんもすぐにはニニギに手を出しはしないだろ?」

「おい、私の今までの話・・・!」

慌てるニニギを気にもせず、イズは彼女の手を取り港へと向かう。

「後、オレの事はイズって呼んでくれ。堅苦しい事は抜きで、な。」

「ヒトの話を聞けーっ!」


時間を少し巻き戻し、王国側の出迎え役をイズに丸投げされたソニアは王都から派遣された役人達共に東方からの船が入港する様子を眺めていた。

「うわぁ。東方にも立派な船があるんですねぇ。」

「そりゃそうさ。彩の国は周囲を海に囲まれた島国。その地の利を生かした海洋貿易で発展を遂げた国だからね、何なら海洋技術なら彩の国の方が上かも知れないよ。」

ソニアの傍らでダニエラが豪快に笑う。

「そうでしたね。このドレスも彩の国で採れた生糸で作られていると聞きました。」

「ああ。両国が親密な関係になる事は両国民にとって喜ばしいよ。アデューク王が何か企んでいなければ、の話だけど。」

「ちょ、ちょっとダニエラ様、今は王宮の方々も多数来ていますのでそのような軽口は・・・。」

慌てるソニアを他所に、ダニエラは彼女の心配を笑い飛ばす。

「さあ、そろそろ船の方もお着きになったようだ。お出迎え、しっかりとやりな!」

「は、はいっ!」

しばらくすると、数名の従者を引き連れた一人の女性が姿を見せる。煌びやかな着物をまとい静々と甲板を進む姿はその一挙手一投足が優雅であり、人々は思わずため息を漏らした。女性は王国の人々が注目する中、甲板から階段を降りるかのような自然さで空中を踏みしめ埠頭へと降り立つ。

「王国の民よ、かの様な出迎え嬉しく思う。妾こそ彩の国大王が娘、咲耶じゃ。」

その声音は、男達の耳をとても甘美な心地でくすぐった。

「お待ちしておりました、咲耶様。長旅でお疲れでしょう。どうぞ、宿までご案内いたします。」

「その方、何者じゃ。」

「これは失礼しました。私は咲耶様を王都まで護衛させていただく、豊穣の女神に仕える神官ソニア=ローヴェと申します。」

ソニアは恭しく咲耶に一礼する。

「妾の護衛、とな。じゃが生憎と護衛は間に合っておる。気遣いは無用じゃ。」

「ですが、私も国王直々に命令を受けた身ですので。」

咲耶とソニアの間に一種異様な雰囲気が漂う。

「おぅ、姉ちゃん。なら、その腕前を拝見させてもらおうじゃねぇか。」

咲耶より遅れて船から降り立った付き人と思われる禿げ頭の大男が二人の間に割って入る。

「実力で示せ、と仰るのですか?」

「面白い。余興じゃ、この我矛郎がむろを打ち負かすことが出来たなら、お前の実力を認めてやろうぞ。」

「勝負・・・ですか?」

「試合はこうだ。お前に好きに俺様を殴らせてやろう。俺様が倒れたらお前の勝ちだ。」

「なるほど!それは簡単ですね。」

「ソニア!ちょっと待ちな。」

野次馬達をかき分けて、ダニエラが仲介に入る。

「すみませんねぇ、この子ったら東方の姫様に失礼な言葉を・・・。」

「妾は気にしてはおらぬ。ただ彼らの名誉を傷つけた以上、相応の対価は払ってもらわぬとな。」

「その対価は国王に請求してくださいな。それにこのままでは野次馬で宿までご案内出来なくなってしまいますので、今回のところはどうかお引きになっていただけると。」

「何だ、バァさん!これは俺様のコケンに関わるんだ、小娘一人に舐められて黙って引けるかってんだよ!」

我矛郎がダニエラの顔面目掛けて右拳の一撃を放つ。しかしダニエラは我矛郎の懐に潜り込む様に躱すとそのまま右腕を抱え込む。

「なっ!?」

「そおいっ!」

次の瞬間、我矛郎の身体は綺麗に一回転しダニエラは豪快に大男を石畳に叩きつけてみせた。

「げふぅ!」

「やれやれ、年寄りを労わるのは万国共通だろ?さ、姫様、宿までご案内させていただきますよ。」

「面白い余興であった。そなたも中々に豪の者よのぅ。」

ダニエラのエスコートに咲耶は笑いながら追随する。それに合わせる様に野次馬達も散開していった。

「すみません、ダニエラ様。」

ダニエラはしょんぼりするソニアの頭を優しく撫でると小声で彼女を慰める。

「あのままにしていたらあの大男の腕一本じゃ済まなかっただろうからね。ちょっと出しゃばっただけさ。それにイズ様を取り逃がしたアタシにも責任はあるからね。気にしなさんな。」

「はい、ありがとうございます。」

ダニエラの言葉にソニアはただ小さく頷いた。

「飛んだ醜態を晒してしまって申し訳ありません、姫様。」

一方の我矛郎も先ほどまでの威勢は消え去り、子犬の様に咲耶の後ろに付いていた。

「お前にしては見事な曲芸であったぞ。」

「いえ、あのダニエラって女、相当の腕前でさぁ。あれだけ派手に投げ飛ばされたのに痛みがほとんど無ぇ・・・。」

「・・・つまり逆も然り、と。」

「へぇ。ですのでまずは当面の目的を果たす方を・・・。」

「その事じゃが、先ほど港に降り立つ直前に何者かの視線を戌亥いぬいの方から感じた。」

みことの者ですかい?」

「それは分からぬ。じゃが妾を追ってこの地に潜んでおるのは間違いなかろう。」

「なら、他の警備の者にも伝えておきます。」

「よろしく頼むぞ。妾の使う”骸の妖術”は命の一族には余り効かぬ。特に直系のニニギには全く効かぬ。しかしあの者にも弱点がある。寝食を必要とする人間、という弱点が。」

「その為の俺達です。どうか存分にお使いくだせぇ。」

我矛郎の言葉に咲耶はクスリ、と笑みを浮かべる。

かくして咲耶達は歓待を受けるべく、ファザード港の街中を進んでいくのだった。


 一方、ここは統一王国魔法学院。当面の研究課題を終え久しぶりに学院独特の長い回廊を歩く一人の院生、セラの姿があった。マグナスが冒険者ギルドのメンバーとして学院を欠席する事になった影響で、彼が参加していた研究の一部に実力者である彼女も参加する

よう学長自ら通達を出す運びとなった。当初は難色を示したセラであったが、自らの魔術の研究にはこの学院の施設を利用する以外に当てが無い事もあり止む無く了承したのであった。

「いったい幾つ掛け持ちしていたの、あの男。」

セラは悪態を付きつつも、ようやく自分の研究室に戻れる安堵からか少しだけ表情を緩める。

「せ~んぱいっ!」

「!?」

突然の愛らしい声に、完全に不意を突かれセラはつい手にしていた書物を床に落としてしまう。

「ク、クレミア?」

セラが振り向いた先には、愛らしい笑顔を振りまく金髪の少女。耳はエルフの様に長く伸びてはいるものの、エルフほどの長さは無い。人間との混血種であるハーフエルフの特徴だ。彼女はクレミア。年齢は14。冒険者ギルドマスターの父とエルフの母を両親に持つ”大剣のクロード”の妹である。幼い頃はエルフの里で引き取る話もあったが、彼女自身は人間界の魔法学院で学ぶことを望み、現在に至る。

「珍しく微笑んでいましたけど、何かあったのですか?」

セラの落とした本を拾いつつクレミアが尋ねる。

「ようやく自分の時間に戻れてほっとしただけよ。」

「先輩、最近ギルドのお手伝いに行かなくなりましたよね?」

「研究が忙しいのよ。」

「うそっ!」

クレミアは語彙を強めセラを睨みつける。

「嘘をついても私は得をしない。」

「お兄ちゃんの事を隠しても、ですか?」

「貴女もマグナスと同じ事を・・・。いい?私は近いうちにこの北方ローヴェ大公を継ぐ身。だから今やりたい事をやっている、それだけなの。」

「今回の旅にシャルロッテさんは同行していません。冒険では無く交渉だから、とお兄ちゃんは言っていました。だから非常時に冷静さを失わないセラさんの力を借りたい、と。

「その言葉、貴女の考えでは無いでしょう?誰の指金?大方、貴女の母君あたりかしら。」

「これはアタシの思いです。アタシは先輩に正面からぶつかって欲しいんです。研究なんていつだって出来ます。大公様の代役だって出来る人はどこかに居ます。でも先輩の想いを告げる代役は立てられません!そんな事で振り向くお兄ちゃんじゃないのは先輩も知ってるじゃないですか!」

クレミアは目に涙を浮かべながら懇願するかの様にセラに書物を手渡す。

「想いは、直接渡せば・・・絶対届きます。」

「・・・ありがとう。」

セラはクレミアに感謝の言葉を述べると、再び自らの研究室へと足を進める。

その場でうずくまるクレミアに近づく一つの影。

「ありがとう、無理を言ってすまなかったね。」

「これで良かったのですか、ソルディック様。」

「ええ。ローヴェ大公の代行は僕でも可能でしょうが、マグナスのくさび役は彼女にしか出来ません。さ、これで涙を拭いて。」

ソルディックから渡されたハンカチを使いクレミアは涙を拭く。

「私もいつかあんなに想える人に出会えるかなぁ。」

「貴女なら大丈夫ですよ。その為にも勉学に励みましょう。」

ソルディックの激励に、クレミアは満面の笑みで答える。

「はい、です!」


そして現在。クロード一行はローヴェ大公領の北方を守護するハイラーン領に足を踏み入れようとしていた。彼らは交渉役として先行したフィリスの帰還を待つべくキャンプを張っていた。

「あー寒っ!まさかこんなに早く寒波が来ているのは想定外だったよ。」

震えながらミレイが天幕の中に入ってくる。

「この中は精霊たちが暖めてくれているので安心してください、ミレイさん。それでフィリスさんからの連絡はありましたか?」

クロードが温めたスープを持ってミレイに問いかける。

「あ、ありがとう。いや、まだ応答は無い。」

「やはりフィリスの部隊のみで行かせたのはまずかったかの。」

ギームがその蓄えた髭を撫でながら、旧友の安否を心配げに呟く。

「ウチの師匠はそんなヤワじゃありません。」

ミレイは不機嫌そうにギームを見やる。

「ああ、これは失言じゃったな。彼女の技量を疑っておる訳じゃない。ワシらが気にしておるのはこの季節外れの寒波じゃ。」

「寒波がどうしましたか?」

「我らドワーフ族は元来寒さに強い。逆にエルフ族は温暖な気候の方がより精霊力を発揮する。人間も同じじゃ。」

「言葉の意味が呑み込めませんが・・・。」

「今、この寒波の出所をシアナが精霊に尋ねているところじゃ。この寒波が偶発的なものか、それとも人為的なものか。」

「何者かが意図的に寒波を生み出している・・・と。」

「だから今それを調べておるんじゃよ、ほれ。」

ギームの指した先には胸の辺りに水晶球を浮かべ、精霊と交信するシアナの姿があった。

「・・・終わったわ。フィリスの部隊はもうすぐこっちと合流出来そうよ。」

気力を使い果たし崩れ落ちるところのシアナをマグナスがすかさず抱きかかえて見せる。

「お疲れ様でした。エルフの魔力、感嘆するばかりです。」

「まだ何も話せていないわ。とりあえず、ありがと。」

マグナスの手を払い除けるとシアナはメンバーの顔を見渡す。

「結論から言えば、この寒波はある種族の力によって召喚されているわ。アイス・エルフ・・・古代エルフの魔術師達の実験によって生み出された合成獣キメラ。古代エルフが厄災龍に滅ぼされた際、同じ道を辿ったものだと聞いていたけどこの地の精霊たちは存在を覚えていたみたいね。」

「自然の力を利用したバリケードですか。これは前進するのも容易ではありませんね。さて、どうします?リーダー。」

マグナスの言葉に全員がクロードを見やる。クロードは笑みを浮かべ答えを返す。

「もちろん、フィリスさんと合流次第ハイラーン城に潜入します。たとえ地上が駄目でもハイラーン城周辺には地下道があります。」

「となれば、ワシの出番じゃな。」

ギームが嬉しそうに笑ってクロードの背中を叩く。

「でも地下道なんて追い詰められたらそれこそ逃げ道は無いわよ、クロード。」

「その辺りは魔法探知能力勝負でいきます。」

「デコイを使う、って事?」

「はい、ボクと母さん、マグナスで魔力の込めたビンを作りこれをバラ巻きます。その後、最短ルートでハイラーン城下までギームさん先頭に突っ切ります。」

「むしろ、ハイラーン城に潜入してからが本番じゃ。」

「そうですね。手を抜ける相手ではありませんから。」

クロードもこの時ばかりは絞り出す様な声でギームに同意する。

「・・・!来たみたいよ。」

シアナを先頭に全員が天幕を出る。寒空に舞う砂嵐の中、フィリスを先頭に斥候部隊が無事帰還を果たす。

「増援ありがとうな。彼女の助けが無かったら全員無事では戻れなかった。」

「・・・ボクは増援の指示出していませんけど。」

「あれ?どういうコトだ?」

首を傾げるフィリスの前に立つ、防寒用の外套をまとった人物。

「冒険者ギルド所属の者だ。どうか貴殿の作戦に参加をさせていただきたい。」


その声にクロードは苦笑いを浮かべつつ、返答する。

「まずはその外套を取ってもらえるかな。そして登録ナンバーと氏名を。」

外套の人物は静かにそのフードを取ると名乗り上げる。

「登録ナンバー4441、名はセラ=ローヴェ、魔術師だ。」

傍らで、シアナが水晶球を使い本人確認を行う。

「照合確認。でどうするの、リーダーさん。」

「元はこちらからお願いしていた話さ。来てくれて嬉しいよ、セラ。」

「私も、久しぶりにアナタと言葉が交わせて・・・嬉しい。」

かくしてクロード一行に頼もしき戦友が加わった。目指すは北方の守りの要ハイラーン城。

しかし彼らはまだドルッガの存在を知らない。


 さて、今日はここまでとしよう。また会える日を楽しみにしておるよ。

私の名は≪アンノウン≫誰も知らない物語を語る、語り部だ。

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