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2.王の帰還

 ああ、今日も足を運んでくれたか。さて、前回は”王”を名乗る男がローヴェ大公領ハイラーンに出現したところで話を終えた。ところで、何故この男の名にドワーフが反応したか分かるかね?まぁ、分からずとも私の語りに不都合は無いが、補足だけしておこう。ドルッガとはおよそ千年の昔、遥か北方よりドワーフ達と共に来襲し、古代エルフ族との戦いに勝利、旧王国初代北王として名を刻む英雄の名。しかし現代の旧正統派ドワーフ達は彼の存在を頑なに否定し、人間達が創り上げた架空の英雄だと罵った。今この北方の地に出現した彼は果たして英雄の再来か、それともただの狂人か。では始めよう、冒険者達の物語を。


 戦神の過激派武装集団が拠点、ハイラーン。元々ドワーフ達の卓越した技術によって造られた事もあり、今も街の機能は劣化する事無く健在であった。それもひとえに、実直に補修を怠らない彼らの性格のたまものであった。そんなドワーフ達の作業を見分しながらドルッガは案内人の後に続く。

「何だ、そんなにドワーフが珍しいか。」

案内人のドワーフが足を止める事無く、ドルッガに問いかける。

「いや、我の軍団にもドワーフ族は存在する。だが、ここまで勤勉に働く連中では無いからな。是非、奴らにも見せてやりたいところだ。」

「俺達は戦う為に備えてる。お前が南方の間者だったとしても些か不都合は無い。」

「貴様も先のヨゴフ同様、肝が座っていると見える。今からでも遅くない、我の軍門に下れ。」

「それを決めるのは、首領のルズリだ。ヤツは俺達と違って弁も立つ。俺達は、いや俺達がアイツを首領に担ぎあげた。だからヤツの決定に従う。」

「なるほど。さてどの様な男か、見極めさせてもらうとしよう。」

 ハイラーン城、謁見の間。かつて北王領が存在した時代、多くの冒険者が北王の前に参上し遺跡探索や怪物討伐といった王命を受け特に功績を者に対して北王自らが報奨を送った場所。しかし今は国も無く訪れる者も無い空虚な間と化していた。案内人はドルッガに対し、その場で待つよう告げる。

「応、承知した。」

ドルッガは、その場で『ドスン!』と胡坐をかいて座る。

やがて、戦装束に身をやつしたルズリが、複数の従者と共に姿を見せる。その姿は戦神の信徒らしく勇猛さがにじみ出る勇者の風格を醸し出していた。錫杖を手にしたルズリは、歴代の北王が座した玉座の前に立つとドルッガを睨みつける。

「それが仮にも王を名乗る者の態度か。」

「我は遊牧の民を統べる者。合議の際は、こうして同じ地に座り意見を述べる。」

「つまり、貴様は”蛮族の王”という事か。」

「”蛮族の王”か。我が滅ぼした国の王にそう呼ばれた事は多々ある。しかし誰一人、我の進撃を止める

者は現れなかった。何故か。それは我がドルッガ=ハーンであり、この地に帰還する事を戦神に宿命付けられた存在だからに他ならぬ!」

「狂人が。俺の名はルズリ。今ここで貴様の首を刎ね、その軍団も討ち滅ぼしてくれる!」

ルズリは錫杖を鳴らす。その音に合わせ、ドルッガの周囲をルズリ直下の近衛部隊が取り囲む。

「その男を捕縛せよ!」

襲い掛かる近衛兵達。しかしその刃はドルッガに届く事無く、立ちどころに氷の彫像と化していく。

「・・・これが聞いていた氷の魔法か。」

「そうよ。愛しの君に危害を加えるのなら、この街全てを氷漬けにしてあげるわ。」

ドルッガの背後から現れる、氷の肌を持ったエルフに似た若い女性。

「エルフ?いや、この気は明らかに精霊のもの・・・何奴。」

氷の美姫は艶やかに微笑むとルズリを指差し名乗りを上げる。

「私の名はシンミリア。かつて古代エルフ達の手で生み出された種族、アイスエルフの生き残り。そして私の望みは愛するドルッガ様の、王としての帰還を果たす事。ドルッガ様は寛大なお方、お前がその頭を垂れ服従を誓うのなら、私もこの手を下げましょう。」

その威力に近衛兵達も思わずたじろぐも、場数を踏んだ猛者達はひるむ事無く陣形は崩さずドルッガ達ににじり寄る。

「アイスエルフといえど、所詮は合成獣キメラよ。戦神の力の前にひれ伏せい、魔力粉砕ブレイク・エンチャントメント!」

ルズリが一段と強く錫杖を打ち鳴らす。すると神々しい輝きがシンミリアを包み込み、彼女はもがき苦しむ。

「ひぃぃっ!我が君よ、申し訳ありません・・・。」

そう言い残すと、シンミリアは姿を消してしまう。

「シンミリア!?やるな、ルズリとやら。」

「やれぃ!!畳み掛けろ!」

ルズリの号令に合わせ、近衛兵達がここぞ、とばかりにドルッガに襲い掛かる。

「刮目して見よ、これが戦神の化身ぞ!」

ドルッガの動きは神速と呼ぶに相応しい速さで近衛兵達をなぎ倒して行く。そして恐ろしい事に、徒手空拳で彼らの武器を粉砕していた。

「戦神よ・・・こんな怪物が存在していたとは。」

ルズリは錫杖を捨て、二刀の斧を抜く。

「ルズリよ。我は怪物などでは無い。お前が仕えるべき主君だ。」

「俺は、あの厄災龍戦から逃げた臆病者だ。だが今は嬉しいぜ。生き延びた事で貴様のようなバケモノと戦える機会を得た。全員下がれ、コイツはお前達が叶う相手では無い!」

ルズリの言葉に近衛兵達はドルッガまでの道を開ける。

「勝負だ。ドルッガ、貴様が勝てばこのハイラーンはお前の好きにするといい。」

「ルズリよ。我が勝利したならば我が配下となれ。その血のたぎりが本来のお前の姿、そうだろう?」

「ああ、そうさ!」

ルズリが振るう二刀の旋風がドルッガを襲う。そしてその速さを愉しむかの如くドルッガは躱す。近衛兵達は誰も身動きせず、ただの一瞬も見逃さぬ様目に焼き付けようとしていた。

「貴様、”鉄の表皮”(アイアン・スキン)の呪文を掛けているな。戦神の神力ではあるまい!」

「強化魔法は戦の基本。貴様も人の事は言えまい。」

「ならば、その力も打ち消してくれよう、魔法打破ディスペル・マジック!」

ルズリの右指先から白い閃光がドルッガを襲う。しかし、ルズリが呪文を発動させる為に必要な『一瞬の溜め』により足が止まった隙をドルッガは逃さなかった。

「頭身が低い相手との戦いには慣れておるのだ!」

ルズリの後頭部を狙ったドルッガの中段蹴りが見事に決まる。

「ぐおっ!!」

「シンミリア、あ奴の強化魔法を打ち消せ。」

「承知しました。汝、凍てつく氷の彫像となれ。”凍結の痛み”(フリージング・ペイン)!」

「貴様、あの時消えていなかったのか!」

驚きの表情を浮かべたまま、一時は完全に凍り付いてしまうルズリ。しかし、ルズリが自身に付与した強化魔法により氷はゆっくりと融けていった。

「我の勝ちだ、ルズリ。」

「その様だな。俺の旋風を完全に躱されたのは、アイツ以来か。」

「ほう、その様な猛者がまだ居るとはこれは愉しみな話だ。」

「いや、その男は既に戦いを捨てた。」

「ルズリよ、戦いはこれから始まるのだ。暖かい南方に住み、全てを奪い去った人間達が憎いのだろう?これより、お前達は皆、我をただ一人の王と崇める民となる。我とそのしもべ達がお前達の憎しみを救ってやろう。戦神は今ここに現れたのだ。喜べ、正統なる王の帰還ぞ!」

ドルッガの覇気ある言葉にドワーフ達は一同に雄叫びを上げる。

「では聞かせてもらいます、王よ。貴方は戦力をどの程度持っておられるのです?」

「我は力を信ずる相手には力を示し、力を持たぬ相手には我が目指す楽土の民となる事を勧めた。シンミリアもまた、かつては古代エルフの呪術によって操られた兵士であった。我の臣下はその様な虐げられた境遇にあった者はかり。ルズリよ、大抵の戦は確かに数で勝敗で決まる。しかし大軍となると、軍を率いる将の器で勝敗が決まるもの。今、この統一王国に大軍を率いる将はどれだけ存在するのか。我はシンミリアと二人で、このハイラーンを手に入れて見せた。これを答えにしても良いが、時機に我の軍は到着する。期限までにハイラーンの城門が開かぬのなら、残りの者で対処せよ、と配下の者には通達済よ。」

「その言葉から察するに、以前から斥候を放っておられたのですか?」

「当然。この国は祖先伝来の地、そして我が新たな楽土を建設すると宿命付けられた地。民の血は少しでも流さずに手に入れる。」

「それはとても厳しい戦いになります。」

「その割には笑っておるぞ、ルズリ。」

「ええ、私の探していたものが見つかりました。私は、元は戦神の戦士、首領となったのも仲間たちを見捨てる事が出来ず彼らの暴走を止めるために名乗り出ただけです。これで私は”王の剣”として存分に戦う事が出来ます。」

「その言葉、二言は無いな?」

「はい、陛下。」

仁王立ちするドルッガの前にルズリは錫杖を立てると、その膝元にかしずき臣下の誓いを立てる。

(ティムよ、俺はこれで死に場所を得た。冒険者ギルドを敵に回す大義名分をドルッガ王は俺に与えてくれた。これで俺は、やっと自分を解放できる。かつての”戦場の旋風”の戦士として!)

 

 一方、こちらは自由都市ラインフォート。北方領の玄関口に位置し、肥沃な穀倉地帯を領域に持つこの都市は今では南方のマーハルに次ぐ統一王国第二の都市に成長していた。特にドワーフ達による農具の改良、冒険者ギルドによる治安の安定により人口が増加、それにより多くの職人に徒弟を雇う機会を与える事になった。それは逆に言えば、『ギルド、と言えば冒険者ギルドの事』では無くなった時代と言えた。それでも厄災龍戦で荒廃した旧ラインフォート領を立て直し統一王国とは一歩引いた形でここまで復興したのはギルドマスター・ケイン、シアナ夫妻の尽力の賜物であった。そして4年前、彼らの子クロードがもたらした西方領域の情報によってラインフォート全体の地価が高騰した。結界が解かれ西方領域との交易が実現したならば、ラインフォートはその一大拠点となる為であった。故に今のラインフォートは未曽有の好景気に包まれ、多くの人々は幸福に酔いしれていた。

その自由都市にある冒険者ギルド本部。以前は多くの冒険者が仕事の斡旋を受ける為ここを訪れていたが、今はどちらかと言えば閑散とした様子となっていた。そんな中、ギルドスペースの一角でシアナとシャルロッテが楽しげに談笑していた。

「ただいま、母さん。」

ギルドホールの扉を開け、クロードが姿を見せる。4年前はやや幼さが見えた彼であったが今ではより精悍な顔立ちとなり、街中でも多くの若い女性を振り向かせていた。

「あら、早かったのね。」

「お帰りなさい、クロード。」

シャルロッテが手にする本を目にしたクロードは、真顔でシアナの方に詰め寄っていく。

「母さん、ちょっと。」

シャルロッテからシアナを引き離すと、ホールの壁にシアナを追い詰め壁に手を当てる。

「ダ、ダメよ、クロード、いくらアタシが可愛くても、アタシ達は親子なのよ・・・。」

いじらしく赤面するシアナに対し、引きつった笑顔でクロードは問い詰める。

「色ボケで誤魔化そう、ったってダメです。何度も言いましたよね?シャルに魔法は教えるな、と。」

「最近、酒場を開けるまでヒマなのよ。彼女、ゼッタイ腕の立つ魔術師になるわよ。」

「それも伝えたはずです。シャルにはアニマだった時の残滓が残っている。そして何より、エリストリールの開発に携わっている。その技術は統一王国にとって垂涎のモノ。ボクは彼女にこの先の平穏を約束してこの国に戻りました。それを破る事は誰であっても許さない!」

「クロード、お母様を責めないで。私を思っての事なのですもの。」

激高するクロードに対し、シャルロッテが優しく声を掛ける。

「この人はこのくらい言った方が薬になるんだよ。そして大して効いていない。」

クロードは、ため息交じりにシャルロッテに言葉を返す。

「うう・・・ゴメンナサイ。」

「何やってるかと思えば・・・。やっぱり考え直した方がいいか。」

厨房の奥から食材を抱えたケインが姿を現す。

「マスター、依頼の件、完了しました。」

「お疲れ、と言いたいところだが、早速次の仕事が入った。」

「自分の子だからって、扱いが厳し過ぎません?」

「ハイラーンの件だ。暴動が起きる前に指導者ルズリを説得したい。」

「ルズリさん?」

「ああ、”戦場の疾風”のルズリだ。ギルドを抜けた後、カルト化した正統派連中と徒党を組んでハイラーンに籠っている。で、今は社会から滑り落ちた連中の受け皿になっている状態だ。」

「・・・行きます。」

「詳しい話は店を閉めた後にする。今は十分休んでおけ。」

「分かりました。そういえばイズからは何か連絡ありましたか?」

「それも併せて説明する。お前はそこで落ち込んでる母親を慰めておいてくれ。」

ケインが首で指し示した方向には、しゃがんでうずくまるシアナを必死に慰めるシャルロッテの姿があった。

「必要無いですよ。」

「女性には寛容なお前にしては、いつも母親には冷たいな。」

「隙を見せれば付け上がります。心配しなくても、ちゃんと必要な時にはフォロー入れますよ。」

「分かった。荷物を片付けたら休んでていいぞ。」

「手伝いますよ。この街の仲間と顔を合わすのも久しぶりですし。」

「ならお願いしよう。今日は忙しくなりそうだ。」

ケインの言葉通り、今日の酒場は”大剣のクロード”の帰還を聞きつけた人々が押し寄せ大盛況となった。

特に若い女性がこの美男のハーフエルフを一目見ようとそれぞれが着飾って酒場を訪れた事で相乗効果を呼び、当日の在庫が無くなる自体となった事でこの日は早々に店が閉まる結果となった。

その日の夜。ギルドホールの一角に集まったのは、ギルドマスター・ケイン、シアナ、クロード、シャルロッテ、ギム、ティム、ソルディック、マグナス、ミレイ、フィリス。かつて厄災龍戦を戦った同士と次世代を担う若者達。メイヤー=ローヴェ大公に託された未来を紡ぐ為、ケインは改めて仲間たちに頭を下げる。

「今回の依頼については大半の方は話を聞いていると思うが、フィリスが持ち返った情報を交え改めて説明させてもらう。事態は思ったより深刻な状況になっている。」

「と言いますと?」

ソルディックの問いにケインは渋い表情で答える。

「以前から国境線を徘徊していた北方の蛮族が本格的に南下し、ハイラーンの過激派と何らかの接触を持った。これでハイラーンの過激派は統一王国に対して大義名分を得た事になる。」

「思った以上に動きが早かったですね。なれば、我々の動向もある程度は把握されている可能性は高い。」

「ルズリは簡単に筋を曲げる男ではありません。やはり私も同行させて・・・。」

ティムの懇願に対し、ケインはきっぱりと言い放つ。

「それはダメだ。ティム、お前には王都に向かいルフィアと協力してもらう役目がある。」

「役目、ですか。」

「アデュークを止めろ。この件はローヴェ大公に全権委任された冒険者ギルドが処理する。お前達二人の連名があれば、奴も簡単に強行には出まい。」

「それはどうでしょうかねぇ。」

虚空を見上げながら楽し気な笑みを称えつつ、マグナスが口を挟む。

「今は状況の説明をしているところだ。反論は後で聞こう。」

「ギルドマスター・ケインは兄を過小評価されているところがあります。確かに幼少期を知る方ですから当時の性格を思い浮かべるのは当然。しかし、人は成長します。良くも悪くも。」

「・・・わかった、マグナス。お前の意見を聞こう。」

「女王が崩御し父ソルディックが宰相の座を退いた時点で、ルフィア大司教の政治力は残念ながら一気に弱体化しています。統一王国が好景気な事もあり、貴族や豪商達が発言力を強めている事が主な原因です。彼らは闘争を否定しませんから。国王アデュークはその彼らを巧みに取り込み、今やこの冒険者ギルドに匹敵する兵力を手中に収めています。ギルドメンバーの極端な現象はマスター自身がよくご存じのはず。しかし、そんな国王にも手が出せない”聖域”があります。」

その言葉に反応したケインは机を強く叩き、マグナスの発言を止める。

「お前は自らの兄を排除する事を望むのか。」

「意見を述べろ、との言葉に答えたまでです。少なくとも大人の恫喝で反省する子供の時は過ぎたのですよ、ケインおじさん。」

「言葉を慎みなさい、マグナス。」

ソルディックの言葉にマグナスは白い目で返す。

「なら、それこそ父上自らの手で兄を諫めるべきでしょう。文字通り、『自ら蒔いた種』なのですから。付け加えるなら、僕は物事を力でねじ伏せて解決する事を好むドワーフ族に好感を持ってはいません。そして戦は貴重な先人の記録を文字通り灰にします。それを防ぐ為にも、マスター・ケインは今回の交渉の参謀役として僕を指名されたのでしょう?」

「もういいだろう、マグナス。君は御父上の前だといつも言葉が荒くなる。いい加減態度を改めるべきだ。」

見かねたクロードがマグナスに口を挟む。その言葉にマグナスは態度を軟化させクロードに非礼を詫びる。

「少し熱くなりましたかね。君の前でこの様な醜態を見せるのは僕の本意では無い。僕がこの交渉に参加するのは君が参加するからであって、統一王国の為、無辜の民を救う為、等という題目は僕に無い事はお忘れなく。」

「今回のボクらの役目は、ドワーフ族に燻る戦の芽を摘む事だ。だから彼らの胸元深くに最初から飛び込まなくちゃならない。そして君の役目は指導者ルズリが手を組んだ相手の正体をマスター・ケインに報告する事。それがたった一人となっても、ね。」

「そんな事を僕が納得するとでも?例え戻ったとしてもセラに何と説明すれば良いのです。」

「セラ?」

「まさか本気で気付いていない、と。」

呆れて髪をかき上げるマグナスにシアナがススッ、と忍び寄る。

「そーなのよ、マグナス。あの子、自分の色恋沙汰には本当に疎くて。」

「なるほど。僕はてっきり例のシャルロッテ嬢と恋仲なのかと。」

「あの子に対しては、どちらかというと過保護というか人を近づけさせないようにしている感じよね。以前、アタシの実家で住まわせようか、って提案した時もクロードにしては強く反対してきたし。」

「確かに、異界の知識を持つ彼女の存在は彼ら賢人会にとっても好奇の対象でしょうから、クロードの判断は間違ってはいなかったと思います。彼は魔法学院所属の僕にも当初会わせようとしませんでしたから。」

「アナタに関しては魔法学院は関係なかったわよ。お父様に似てアナタの浮世話はギルドでも持ち切りだもの。」

「僕は美しい方には自分の心を隠さずにはいられない性分ですのね。今回、長命の美を誇るエルフ族たるシアナさんと共に肩を並べて任務に就ける事は僕にとってこの上無い喜びであります。」

「あら、しばらく合わない内にお世辞も上手になったのね。」

「今の僕は大人の恋を知る歳。それに魔法体系の講釈であればいつでもお相手出来ます。」

「ああ、それは興味深いわね。直観で詠唱するエルフ族の魔法とルーンに刻んだ文字の力を引き出す人間独自の魔法については幾多の人間が探求していたけど、大体寿命で探求そのものが終わっちゃうし。

じゃあ、道中で色々聞かせてもらおうかしら。」

「ええ、よろこんで。」

二人は、お互い笑顔で約束を交わす。その風景を苦々しげに見つめつつケインが苦言を呈する。

「仲が良いのはいい事だが。そろそろ会合に話を戻していいか?」

こうして、フィリスの斥候部隊が持ち帰った情報を元に、今後の作戦についての説明が執り行われた。

「今回フィリスが接触した部隊は、北方領よりも北に定住する少数部族の混成と見られます。彼らの持つ文明は我々より未成熟であり、元来部族間同士の反目が強い彼らが何故”共闘”を選択したか、という事実に目を向けるべきでしょう。」

ソルディックは静かに語り、クロードを見据える。

「クロード君。これは僕の推測ですが、今回の蛮族南下は確固たる自信の元決行されている、と感じます。例えば、強力なカリスマを持つ英雄の出現、とか。ルズリ君はモチベーターとしての素質はありましたが、大きな決断が強いられるリーダーとしての才能は無い事は自覚していたでしょう。となれば、彼の望みは統一王国代表である君が剣を抜く事。そして君の為すべき事は、剣を抜かずに蛮族達を北方へ引き戻す事。できますか?」

「やるしかないでしょう。『ボクは』剣を抜きません。その代わり、ボクからソルディックさんにお願いがあります。」

「イズの事だね。彼の事はソニアに依頼した。唯一、アデュークの権威が通じない組織の一員だからね。クレミア総長の了解も取ってある。」

「ソニアが了解したのですか?マイヤー殿との過ごせる時間は残り僅かだというのに。」

「彼女に言われたよ。『私はこの命が今もある事で、父の愛を十分受け取りました。』と。」

「ありがとうございます!彼女がイズに力を貸してくれるなら、ボクも心配なくハイラーンに向かう事が出来ます。」

「ハイラーンまでの水先案内はフィリスにお願いする。後、こういった過激派には買収が効く。路銀も多めに渡しておこう。君の選択は統一王国の未来を決める選択になる。後悔の無い決断をしたまえ。」

「ソルディックさんも後方支援の方、よろしくお願いします。」

「勿論さ。本当は未来の事は君達に任せて隠遁するつもりだったけど、絶対に逃がさない、とギルドマスター・ケインに首根っこを掴まれてね。彼をギルドマスターに仕立てた事を今は後悔しているよ。」

「その割には嬉しそうに話されますね。」

「やはり君には腹芸は通じないか(笑)。正直な話、北方蛮族の王については割と興味があってね。

できれば無傷でこちらの仲間に招きたい。」

「ボクは反対です。彼らとは文化も価値観も違います。過酷な環境の北方に住む彼らにとって、強き者に従うのは今日を生き抜く為。環境に恵まれた土地に住み、富を謳歌する王国の人々を知れば彼らとの戦いは避けられません。」

「そうだね。この件は君に託された事案だ。君の決断を優先したまえ、クロード君。」

「話は済んだか?なら、前祝いに乾杯としようぜ。今夜のギルドホールはここのメンバーだけの貸し切りだ。好きなだけ騒いで英気を養ってくれ!」

ギルドマスター・ケインの景気の良い言葉に、一同は歓声を上げる。彼らはこの時ばかりは、と言わんばかりに酒を酌み交わし、その迷いを忘れるのだった。


「ちょっといいかな?」

マグナスはワイングラスを手にクロードの横に座る。

「ああマグナス、もちろんだとも。旧友に乾杯。」

二人はグラスを重ね、思い出話に華を咲かせる。

「しかし、君がギルドに協力してくれてボク個人としても嬉しい限りだよ。」

「僕は冒険者ギルドに協力するつもりはありませんよ。会合でも言った通り、あくまで知恵者として君の参謀役を買って出ただけです。」

「それでも十分さ。君の力量は誰もが認めるモノ。そして君は無辜の犠牲を嫌うボクの性格を知り抜いている。計画の立案者としてこれほど頼もしい存在は居ないよ。」

「僕はクロードに嫌われたくありませんからね。そしてセラにも。」

「セラ?」

「彼女の気持ちに本気で気付いていない、とは言わせませんよ。4年前の西方領域からの帰還から彼女は変わった。明らかに君を意識して避けるようになり、やがて魔法学院に復学する事になった。」

「セラから何か聞いたのかい?」

「簡単に心情を吐露する娘じゃないのはクロードが一番知っているでしょう。でも表情や行動を誤魔化す事は難しい。」

「君は探偵か何かかな?」

「経験の差、とだけ言っておきますよ。セラは君に告白するには打破しなければならない大きな障害があると感じています。聞かせてくださいクロード、君にとってシャルロッテ=エリクシルとは一体どのような意味を持つ存在なのですか。」

いつになく真面目な表情でクロードを見据えるマグナスに対し、クロードは苦笑いを浮かべつつその問いに答える。

「君がこのチームに参加した本意はそれか。よく考えたら君には断片的にしか彼女の事を話していなかったね。」

クロードはギルドホールでシアナやギーム達と戯れるシャルロッテを見やり、独り言のように呟く。

「彼女は、冷凍睡眠というボク達にとって未知の技術によって永い時間眠っていた。それは彼女の父親にとっても賭けに等しい肉体の保存だった。結果、賭けには成功したかに思えるけど今度は”肉体の寿命”の問題があった。見た目は若くとも、実際の年齢となると1000年は超えている彼女の”肉体の寿命”がいつ尽きるのか全く分からないんだ。だからボクは彼女が心穏やかに、この世界を去るまで彼女を見守ると決めた。」

「その事をセラには?」

「彼女には戦艦”グロリアーナ”の艦長としての知識がインストールされている。その際、この事も知ったそうだよ。」

「学院の魔法では対処法は無いのかい?」

「・・・存在するよ。肉体を持たない霊魂としてこの世界に縛られる術、死霊術が。」

「それで魔法学院への入学を拒んだのか。」

「誰だって死は怖い。そしてシャルロッテには間違いなく高い魔法の素養がある。ボクはその意味でも彼女に魔法を習熟させたくなかった。」

「ではシャルロッテを見送った後、セラの想いが今と変わっていなかったら?」

「そんな未来の事は分からないよ(笑)」

「分かりました。今はそういう事にしておきましょう。」

かくして宴の夜は更け、翌日にはクロードを筆頭にシアナ、ギーム、ミレイ、マグナスの5名とフィリスを加えた計6名が一路ハイラーンへその足を向けるのだった。


 さて、今日はここまでとしよう。また会える日を楽しみにしておるよ。

私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部だ。

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