表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1.政略結婚

 なるほど、今回の客人はお前さんか。そう、私がお目当ての≪アンノウン≫だ。

今回、私が君に語る物語は、“大剣のクロード”達が西方より帰還して四年後に起きた動乱が元となっている。この年を境に、統一王国であるスカーレット王朝は大きく揺らぎ、クロード達冒険者もまた、この動乱に巻き込まれる事となった。では始めるとしよう、冒険者達の物語を。


 その日の夜、一つの流星が統一王国の空を駆けた。それは王国の民へ大きな悲しみを伝える女神の涙であっただろうか。翌日には王国全土にその悲報が伝わる事となり、人々は深い悲しみに暮れる事となる。統一王国二代目国王、ヴァネッサ=スカーレット崩御、享年58歳。南北分裂時代を終結させた、彼女の父である統一王国初代国王は、それが定めであったかのように戦いに明け暮れる生涯だった。遺恨を残さぬよう、彼は遺言としてヴァネッサを女王に指名した。先の南王領における“内乱の10年”によって王族直系の子がヴァネッサ以外不在であった事も彼女にとって優位に働いた。ヴァネッサは女王として25年、

参謀であり内縁の夫であったソルディック=ブルーノーカー、“豊穣の女神”の大司祭ルフィア、超人的な身体能力を持つ処刑人『ハーベスター』を統べる総長クレミア、戦神の教えを統一し、同士ギーム=バルドランと共に旧北王領の治安に貢献したティム=ガロア牧師。そして、南と北の架け橋として、女王の依頼を忠実に守り続けた、“冒険者ギルド”マスター・ケインとシアナ夫妻。女王は彼らを信頼し、彼らもまた女王を・・・いやその裏で手綱を引く魔術師を信頼した。こうして彼女の治世では国民は重税に苦しむ事は無く、怪物や夜盗に怯えながら進む隊商も激減していった。国民の間では名君として讃えられた女王であったが、彼女にも欠点が無かった訳では無い。政務を優先させた余り、子供に向き合う時間を彼女は作ろうとしなかった。ヴァネッサはソルディックとの間に、3人の男子を儲けていた。

長男、イズファニール=スカーレット。当年25才。

次男、アデューク=スカーレット。当年24才。

三男、マグナス=ブルーノーカー。当年23才。

王国においては長子相続が原則の為、長男イズファニールは幼少期より帝王学が叩き込まれた。しかし彼はクロードとの出会いによって目覚めた、冒険者への道をいつか進むことを心に秘めていた。そして彼が15才になったその日、女王に対し王位継承権第一位の放棄を宣言、これによって次男のアデュークが継承権第一位に確定した。アデュークとイズとの仲は幼少期より最悪であった。アデュークは独占欲が強く、他人の所有物を奪い取る事に強い執着を持ち、これがイズとの衝突の原因となっていた。しかし成長するに連れ、感情を抑制する事を覚えたアデュークは次第に自身の地盤固めに集中する様になっていく。両親から権謀知略の血を色濃く受け継いだ彼は、継承権第一位となって以降、善政を敷く女王の政策に不満を持つ貴族や商人の囲い込みを始める。来るべき時の為に。三男のマグナスは、気質は兄弟の中で父親に最も近く、そして魔術師としての資質もまた父親に比肩する才覚を見せていた。12才の時に父親の姓を名乗る事を許され、統一王国貴族ブルーノーカー公の爵位を女王より賜る。以降、北方魔法学院へ留学し勉学に励む中時折、両親に顔を合わす程度の帰郷をしていた。次兄アデュークとは、つかず離れずの距離感を保つ関係を維持し、長兄イズとは比較的良好な関係を築いていた。顔立ちも父親似の優男であり、いずれは学院の教授として弁を振るうであろう、と周囲の期待を集める正に学院のスターとなっていた。そして今、女王が世を去った事で、統一王国第三代国王アデューク一世が即位する。波乱の幕開けと共に。

 旧北王領と呼ばれた領域。現在はローヴェ大公領と名を変え、大商人から統一王国大公となったメイヤー=ローヴェがその統治を行っていた。彼もまた、統一王国を成立させた重臣として後の世に名を遺した一人であったが、後継者に恵まれたとは決して言えなかった。彼は正妻との間に子が無く、現在ローヴェ家の血を継ぐ者であるソニア、セラの二人の娘はそれぞれ母親の違う庶子であった。メイヤー自身はこの二人を愛した。ローヴェ家の者として認知し、十分な教育の機会を与えた。だがソニア10才の時、彼女は大病を患った。メイヤーは娘の為に各地を奔走したが、女神の癒しでさえも彼女の病を癒す事は叶わなかった。ここで彼は女王の参謀から運命の選択を迫られる。彼女に『ハーベスター』の施術を行い、王都修道院に預ける事で大病から救う。厄災龍戦後、死霊術師モルゲス=ヘイドラーが著した『ハーベスター解体文書』の発見により、『ハーベスター』は人間を大病から救う施術の一つとなっていた。だが、この施術には同時に大きな問題も抱えていた。一つは、施術費用としてまとまった資金が必要な事、もう一つは生殖能力を失う事だった。メイヤーは深く悩んだ末、娘を救う選択を取った。そして現在、正妻にも先立たれた老大公の座を継ぐ者はただ一人、セラ=ローヴェのみとなっていた。

ローヴェ大公領第一の都市ウォルフス。既に老衰による肺病を患っていたメイヤーは、女王の国葬にも新国王の戴冠式にも出席する事無く、ただ静かに死が訪れる刻を待つ日々を過ごしていた。

メイヤーの私室の扉をノックする音と共に、執事のセバステが主人に声を掛ける。

「メイヤー様、ソルディック様がお見えになられました。」

「・・・分かった、手を貸してくれ。」

扉が開き、女中達が手早くメイヤーの身支度を整える。そして彼女らの手を借り、メイヤーはギームより寄贈されたドワーフ式車椅子に乗せられ、大広間へと向かう。

 大広間には、かつて“黄金の葉”の件でこの邸宅に乗り込んできた冒険者の面々が、それぞれが立場を変えメイヤーを待っていた。

「お久しぶりです、ローヴェ大公。」

最初に口を開いたのはソルディックだった。

「王国の国事に立ち会う事が出来ず、どうか許されよ、ソルディック殿。」

「いいえ、大公には今一度、若き国王の支えとなっていただかねば。」

「私はもう長くは無い。その意味で、今回君達を私の元に招集させてもらった。」

「つまり、遺言を託す、と。」

「そうだ。実は、先日国王アデュークより、次期大公セラ=ローヴェとの婚姻の申し出があった。」

メイヤーの言葉に、ソルディック以外の一行は驚きの様子を見せる。

「・・・想定はしていました。アデュークがローヴェ家の資産を狙う事は。」

「セラの性格は、君達もよく知っているだろう。あの子は家の為に心を犠牲にする娘では無い。しかし、この婚姻を拒めば国王は大公の爵位を剥奪し、再び南北の内乱となりかねん。」

メイヤーの言葉に、ケインが語彙を強めつつ彼に問う。

「それで俺達に彼女を説得しろ、と?」

「そうでは無い、ギルドマスター・ケイン。私の願いは、彼女の望む形でこの問題の解決。これを最後の依頼として君達に託したい。」

憮然とした表情のケインに対し、シアナがなだめる様に言葉を挟む。

「最終的に、大公の反対を押し切ってまでセラのギルド入会を認めたのはケインだもの。ギルドマスターとしての責任は果たさないとね。」

「攻撃力に能力全振りした娘だって事を黙っていたのは、どこの誰だったかな?」

「アタシはマスター代行として、セラのギルド登録申請を受理しただけよ?精査しなかったのは管理責任者のケインの怠りよ。」

「全く、幾つになっても口の減らないエルフだ。」

「お主も大して変わっておらぬわ。」

ギームが透かさずケインに厳しい突っ込みを入れる。

「貴重なご意見をどうも。大公、今度はこちらから質問をさせて頂いても良いですか?」

「何かな?」

「旧北方領王都である都市、ハイラーン。かつての行政機関及び魔法学院はこのウォルフスに移転し、今はただの一地方都市となったこの街に、現在の王政と敵対する過激派が集結し決起を企んでいる、という情報を得ました。もし大公が何かご存じであれば、情報を共有させていただきたいのです。」

「知ってどうするのかね。」

「ハイラーンに冒険者を派遣し、過激派と交渉します。」

二人の会話にティムが割って入る。

「我々も、この過激派が戦神の旧正統派を信奉するドワーフ達である事は掴んでいます。しかし大公が治めるこの北方の地で、再び内乱を起こす事を望んではいません。」

「君は、その過激派の頭目とかつての同胞だったな。」

「ええ。だからこそ大公に会いに来ました。」

「つまり、この私から過激派討伐の言質を取りたい、と。」

「私はあくまで『話し合い』に行くつもりです。彼らの活動を止めない限り、憎しみの連鎖が再び始まります。ですから彼らとの交渉が決裂した場合、私は戦います。大公には、その泥を被っていただきたいのです。」

「確かに、火種を遺したままセラに大公を継がせる訳にはいかぬか。分かった、冒険者ギルドマスター・ケインにハイラーン制圧の要請を依頼しよう。友人達よ、これが私の大公としての最後の仕事だ。ソニアとセラ、二人の娘たちをどうかよろしく頼む。」

メイヤーは、ティムが用意した書面に自らのサインを認める。その後、メイヤーはかつての冒険者一行との最後の晩餐を楽しむのであった。

 メイヤーが自室に戻った後、ケイン達一行は今後の方針についての話を交わす。

「ティム、お前が行ったところでハイラーンの連中がお前の言葉に耳を貸すと本気で思っているのか?」

ケインの言葉にティムは首を振る。

「難しいでしょうね。でも、私にはあの過激派の指導者を救う責務があります。」

「自分の立場を考えろ!お前に万が一の事があれば、統一王国側に彼らを討伐する口実を与える事になるんだぞ。先代の女王とは違い、即位したばかりのアデューク国王には大きな功績と呼べるものは無い。あの国王の不気味さはお前も知っているはずだ。だから、お前もこの仕事は冒険者ギルドに全て預けろ。」

ケインの言葉にギームが同調する。

「ギルドマスターの言う通りじゃ。ティム、お主とハイラーンの過激派指導者、ルズリとの関係はワシが一番良く知っておる。ワシが引き合わせた張本人じゃからな。互いに認め合った同胞だからこそ、ヤツを救いたいのもよく分かる。だが、あの男はお主の主張した戦神の教義を統合した新約説を拒絶した。あくまで旧正統派に固執し、結果として統一王国に不満を持つ連中の旗頭となり過激派の指導者になってしまった。その苦悩はワシも同じ、だからお主は戦神の牧師として、ウォルフスの民の不安を取り除く事に全力を注げ。この街において、大公の次に人望のある存在である事を忘れるでないぞ。」

「・・・分かりました。貴方に言われては引き下がるしかありません。どうかルズリをよろしくお願いします。」

「ああ、もちろんだとも。」

「逆にお荷物にならないといいけどね。で、ケイン、メンバーはどうするの?」

シアナの言葉にケインは顔をしかめる。

「それなんだよなぁ・・・。一番アテに出来るのがクロードなんだが。」

「前衛のクロード、斥候のミレイ、神官のギーム、か。後二人は欲しいわよねぇ。」

「一番の問題はセラと同格の力量の魔術師がなぁ・・・。ソルディック、お前どうだ?」

「お誘いは有難いのですが、今しばらく亡き女王の喪に服したいと考えていまして。」

「風の噂では、宰相の職も降りたそうだな。お前の息子を非難するつもりは無いが、アデュークに国を治める器があると本気で思っているのか?」

「それは神にしか、わかりませんよ。僕の代役、であればマグナスを推薦しますが。冒険者ギルドにも所属していますし、実力はギルドマスターもご存じでしょう。」

「あ、ああマグナスな。実は今、ちょいとばかし魔法学院側と揉めていてよ。」

「マグナスが何か不祥事でも?」

「オメーにも関係があるんだよ。学院の未来を担う金の卵を、再び冒険者ギルドに奪われてはならん、と学院側の強い意向で今はマグナスに関して指名禁止になっているんだ。」

「ああ、なるほど。」

「という訳で、推薦した以上魔法学院に行って理事会を説得して来てくれ。悪いが、俺は簡単にお前を隠遁させるつもりは無いからな。」

「・・・分かりました。そういう事であれば協力しましょう。」

「後一人、か。イズがまだ王都から戻っていない以上、冒険者ギルドメンバーから誰を選ぶか、だな・・・。」

思案に耽るケイン。その肩をつつき、満面の笑顔を見せるシアナ。

「ここに居るじゃない、厄災龍戦を戦い抜いたエルフの魔法剣士が。」

「はぁ?本気で言っているのか、お前。」

「ルズリには私も面識があるし、何より冒険者ギルドにおいて優秀な戦士として活躍してくれた。そんな彼が何故王国に反旗を翻したのか、ギルドマスター・ケインに代わり彼の言い分を聞く義務があると思う。それに彼はクロードにとってはギルド時代の先輩、さすがに荷が重すぎるわ。」

「確かに、彼が再びギルドに戻って来てくれるのなら万事解決だが・・・。」

「だが?」

ケインは、一つため息を付くと半ば諦めたかの様にシアナに告げる。

「俺には何か、飛んでもない燃料を投下する気がするんだよなぁ。」

ケインの言葉に、シアナは顔を真っ赤に染めて怒鳴りつける。

「アンタ、これまで連れ添って来てまだアタシの事信じられない訳?」

「連れ添って来たから、だよ。それにクロードの事にしても過小評価し過ぎだ。アイツの交渉術は他の冒険者と比較してもずば抜けた力を持っている。それでも相手が妥協しなければ剣を抜く。情と任務は割り切れる男だ。ただ、アイツが言う成功の要因は『仲間の力』があっての事。母親のお前がパーティーの不協和音にならないかが、俺の心配のタネさ。」

「じゃあ、マスターの承認を得た、と認識していい訳よね?」

「分かってるとは思うが、あくまでも目的は大将ルズリの説得だ。そしてギームには悪いが、旧正統派の信者は、今の統一王国にとって異端者。信仰を捨てなければ異端討滅を名目にアデュークが動く。俺もギルドマスターである以上、国王の命令があれば討伐隊を派遣しなければならない。」

「昔のお前なら、そんな大人の都合を振り回すヤツなどぶん殴っていただろうに。人は変わるモノじゃな。」

「皆と共に、死に物狂いで勝ち取った平和だ。せめて自分の人生を全うするまでは、全力で守り抜く。それだけだ。」

ケインは立ち上がると、会合の解散を宣言する。彼らはそれぞれの活躍の場に戻り、事態の収拾へ向けての活動を行う事となる。

 一方その頃。統一王国王都ファザートでは新王アデュークが戴冠式を終えた後もイズは王都を出立する事無く、宮殿に居続けていた。理由は国王となったアデュークより命じられた、東方にある島国“さいの国”の姫、咲耶さくやなる者との結婚によるものであった。彩の国は小国ながら金銀を豊富に産出した事から、古くから旧南王領との交易が盛んであった。しかし、南王領が内乱時代に入った事によって彩の国との国交も断絶する事となり、その回復にはヴァネッサ女王の誕生まで時を必要とした。以来、主に海賊討伐を軸に友好関係が続いていた両国であったが、より強固な同盟という形、姻戚関係を結ぶとなると協議は難航した。彩の国の大王が王位継承権第一位のアデュークと娘である咲耶姫との婚姻を望んだ為である。大王の目的が外戚となり統一王国への権力の介入する事であったのは明白であった。これを女王は答えを先送りにし続け、そして答えを出す事無く世を去った。アデュークは、この据え置きにされていた件を利用したのだった。彼に咲耶姫を国内に受け入れるつもりは毛頭無く、両国の友好という正当な理由で持ってイズを国外へ放逐する、ただそれだけで彼のねじ曲がった欲求は満足するのだ。かくして準備を整えた国王アデュークは佞臣らを率い、兄イズファニールを謁見の間に召喚する。

「やっとお呼びがかかったと思いや・・・随分と見知らぬ顔が増えたじゃねぇか。」

国王に従う重臣達を顔を見回し悪態を付くイズに対し、抑揚の無い冷徹な声音でアデュークが答える。

「余の新政を任せる忠実な臣下達だ。彼らの意見を加え、兄上にも統一王国の治世に協力をしていただきたい。」

「オレは継承権を放棄した代償として自由を得た。アデューク、例えお前が国王とはいえ、オレを束縛する権限は無いぜ。」

「だが兄上には王家であるスカーレット家の血が流れている。如何に権利を放棄したといえ、この事実を曲げる事は出来ない。それに、この話は兄上にとってもさほど悪い話では無いはず。」

「はぁ?」

「東方の島国、“彩の国”の存在は兄上も知っておられよう。その国の大王の娘、咲耶姫と結婚していただきたい。かの国と姻戚関係を結ぶ事は先代からの懸案であった。」

「確か大王って結構な歳だったよな。・・・咲耶姫って幾つだよ。」

「26、と聞いておる。」

「ならお前が引き取ればいいじゃねぇか。」

「大王はこの咲耶姫を使い、外戚として我が統一王国を乗っ取る策略を立てておる。故に、入り婿としてこちらから兄上を嫁がせる、というカードが有効なのだ。それに余の第一夫人は王の座に就いた時点で既に決まっている。」

「お前は、どうしてもオレをこの国から追い出したいようだな。」

イズの挑発めいた口調に敢えて乗る形で、アデュークは語彙を強めて答える。

「当然だ。この私が玉座に就いた事は即ち神による必然であった、と自らの手で証明する。その為にはまず、貴様の存在が邪魔なのだ。」

「ようやく本音が出たな。ああ、引き受けてやるぜ。オレは女の子の味方なんでな。だから、お前もセラを悲しませる真似をするようなら、オレと仲間が黙っちゃいない事を忘れるな。まぁ、そもそもアイツが簡単にお前に従うとは思わないけど。」

「政略結婚に情は不要。ならば兄上、その言質は取ったと見なすがよろしいか?」

「どの道、今のオレに逃げ場は無いんだろ。好きに取ればいいさ。」

「結構。7日以内にファザード港に咲耶姫を乗せた船団が入港する手筈となっている。身支度を整え、出迎えに行くと良い。幸い、姫は語学が堪能で我が国の言葉も流暢に扱うそうだ。くれぐれも粗相の無い様に。」

「へっ、余計なお世話だ。じゃあさっさと港へ向かう準備を始めるわ。じゃあな。」

臣下の礼もほどほどに、イズは手を振ると謁見の間を去っていく。

「これでよろしかったのですか、陛下。」

臣下の一人がアデュークに問う。

「案ずるな、ハジル。余の覇業は今始まったばかり、その手始めとして東方の財を王国の手中に収める。その為にこれまで海賊達を食わせてきたのだろう?」

「その通りでございます。暗殺者の手筈も既に。」

「結婚の儀は“彩の国”で執り行う。式が済み次第、速やかにイズファニールを暗殺せよ。事が済み次第、彩の国との同盟を破棄し海賊共に攻撃を命じる。」

「陛下、不躾ながら諫言を述べさせていただきます。」

アデュークの前に進み出たのは、先代より軍事を担ってきた幕僚の一人であった。

「・・・許す。意見を述べよ。」

「ありがとうございます。彩の国の大王は名君と誉れ高きお方。戦となれば彼らの必死の抵抗が予想されます。私としましては、ここは穏やかにイズファニール様の結婚を実弟として祝福される事が上策と思われます。どうかご再考を。」

「・・・衛兵、この者を捕縛せよ。」

国王の命令に応じ、幕僚に駆け寄る衛兵達。

「触るな、私の言葉は先代女王の意志である!」

老兵の一喝に対し、衛兵達は思わず動きを止める。

「残念です、陛下。貴方がこのように野心をむき出しにされなければ、最期の時までお仕えする気でおりました。」

「何をしておる、早く捕らえよ!」

「お別れです。私は女王に殉じ天界へ昇りまする。」

衛兵が取り押さえた時には遅く、男は口から血を吐くと直ぐに物言わぬ骸となった。

「老害め、自らに毒を仕込んで私に諫言か。他にこの男に賛同する者はおるか。」

アデュークの言葉に、佞臣達は一同に臣下の礼を取る。

「ならば始めよ、余の覇業を!」

一方、ここはウォルフスにあるヘイドラー魔法学院。かつて旧北王領にあった知識の宝庫は、行政機関の移転に伴い名を改め新しく建築される事となった。冒険者ギルドの活躍もあり治安の安定が継続された結果、今や富裕層の親たちにとってこの魔法学院に入学させる事は一つのステータスとなっていた。必然として魔法学は富を持つ者だけに許された知識に変容して行き、多くの学生が高騰する学費に対して資金繰りが立たず退学を余儀なくされる事となった。そんな彼らの行く先はそう、冒険者ギルドであった。旧北王領には依然として古代エルフの遺跡が数多く眠っており、亡霊や怪物達が潜む温床となっていた。また魔法学院としても、古代エルフの使用した未解明の術式究明の為、多額の資金を冒険者ギルドに託しており、仕事の依頼は潤沢にあった。多くの若人が魔法学院の学生から死と隣り合わせの冒険者への道を選択する中、資産家の貴族の子でありながら魔法学院を中退して冒険者の道を選択し、その後再び魔法学院へ復学した女性がいた。名をセラ=ローヴェ。彼女が冒険者を辞めた理由は彼女の口から語られてはいない。元々親しい友人が少ない彼女は4年前の帰国以来、以前にも増して人を遠ざける様になり専門である攻撃破壊魔法の研究に専念する日々を送っていた。そんな彼女の実験室に足を運ぶ一人の男性。男は実験室の扉に立つ守衛に涼やかな笑顔で声を掛ける。

「やぁ、いつもご苦労様。彼女はまだここに居るかい?」

「これはマグナス様。はい、誰も室内に入れるな、と固く命じられております。」

「君も仕事とはいえ大変だね。じゃあ、入らせてもらうとするよ。」

マグナスが部屋に入ろうとするも、守衛はその手を取り制止する。

「マグナス様とはいえ、それは流石に困ります。」

「君の仕事を奪うつもりは無いさ。もし失業したら、兄上に一筆描くからそれを持って王都に行くといい。今よりよい暮らしが出来ると思うよ。」

「しかしですね・・・。」

「逆に言えば、僕の一言で君は仕事を失う事になる。」

マグナスのその笑顔とは裏腹な冷徹な声音に、守衛は観念し道を譲る。

「分かりました。どうぞお通りください。」

「ありがとう。」

マグナスはそう言うと、実験室の扉に向かい呪文を放つ。

「魔の罠よ、我の理に従い消え失せよ、解呪ディスペル・マジック!」

一瞬、扉が紫色に怪しく輝くが、すぐに何事も無かったかのようにその輝きは消え去っていく。

「今のは、一体?」

驚く守衛にマグナスは笑みを崩すことなく解説する。

「彼女は何も、親の威光だけでこの学院に籍を置いている訳じゃ無い。僕と同じ様に魔法体系に関する論文を数多く発表している生粋の魔術師。まぁ、内容はいささか偏ってはいるけどね。さて、おじゃまさせてもらうよ。」

その部屋には体系別に理路整然と配置された数々の魔術書の書棚、机に並べられた古代エルフの遺跡から発掘された様々な遺物、そして魔法陣を宙に描き呪文を唱えるセラの姿があった。

「入室許可を出した覚えは無い。集中の邪魔だ、立ち去れ。」

その声は氷の様に冷たく、感情を持たぬ人形の声に聞こえた。

「許可を求めても君は入室を認める気は無いだろう?だからこうしてここに来た。」

セラの指先がマグナスに向く。その指先からほとばしる火炎の魔法が優男を包み込む。しかし炎は優男を燃やす事は無く、静かに立ち消えていった。

「君に合う為に何の警戒もしていないとでも?それにしても多少の加減はしてくれても良いだろうに。」

「・・・古代エルフの魔術は奥が深い。私の魔術もまだまだ未熟という事か。」

「セラ、話聞いてる?」

「まだ居たのか。」

「もちろん、目的があって君に会いに来たのだからね。君の御父上の容体が芳しくないのは君も知っているはず。何故、会いに行かないのだい?」

「お前に答える義務は無い。」

「君に義務は無くとも、僕には知る必要がある。メイヤー公が亡くなれば君が新たなローヴェ大公となる。新王アデュークは南北融和という名目の元、君との結婚を迫るだろう。」

「私は結婚などしない。爵位も新王に返す。」

「そう簡単に行かないのが政治の世界さ。新王は自分の息がかかった人間しか信用しない。

特に王都より遠く離れて自治を続けてきた北方の既得権益者は彼にとって目ざわりでしかない。君が爵位を返上する事も彼の中では計算の内。攻める口実を得た新王は北へ軍を進めるだろうね。」

「!?」

「そうなれば、再び内乱の始まりだ。そして冒険者ギルドはその矢面に立たされる。」

「私はその様な事は望んでいない。」

「では、何故この実験室に閉じこもっているんだい。」

「私は・・・。」

沈痛な面持ちをするセラに対し、マグナスは涼やかな笑顔で右人差し指を自らの顔の前に立て語りかける。

「当てて見せようか。クロードだろう?」

「っつ!」

珍しく赤面するセラから目線を外さず、畳みかけるようにマグナスは語る。

「僕も彼とは何度か同じパーティーを組んだ冒険者仲間だ。知らない間柄じゃ無い。4年前、西方から帰国した君達は一人の女性を同伴していた。僕達の見知らぬ世界のお姫様、彼女の持つ知識には僕も興味があったけど、クロードの強い意向で結局冒険者ギルド預かりになった。そしてセラ、君は帰国後次第に居場所をこの魔法学院に戻し始めた。実に分かりやすい反応だ。」

「何が言いたい。」

「まだ意地を張るのかい?」

「シャルロッテにはクロードが必要だ。私には魔法という武器がある。」

「実はここ最近クロードがこの学院を訪ねに来る事が増えてね。学院側からの魔術師推薦が減って困っているそうだ。」

「え?」

「彼は残念な事にこれほど分かりやすい君の心情を知らない。単純に、彼が鈍いというのもあるのだろうけど。セラ=ローヴェ、君に残された時間は少ない。大公として新王アデュークと結婚し民の安寧に尽くすか、又は一介の魔術師として生き南北動乱を見届けるか。もしくは・・・。」

マグナスは再び右人差し指を自らの顔の前に立て、セラに告白する。

「僕を愛せ。ローヴェの姓を捨て、ブルーノーカーの姓を名乗れ。そうなれば、僕は全力で君を守る。」

「下らぬ冗談を。私は、お前の様な得体の知れない魔術師の下僕になるつもりは毛頭無い。」

セラに間髪入れず拒絶されたマグナスは、一瞬少し寂しげな表情を浮かべるも再びいつもの笑顔に戻り笑いながら言う。

「君の答えは聞いた。なら、僕は次の相手を狙おう。」

「次の相手?」

「”大剣のクロード”」

「はい?」

「僕はバイセクシャルなのさ(笑)君が彼に告白しないのであれば、僕がいただく。」

「い、いや、それとこれとは話が・・・。」

「と言う訳で、君の希望通りここを去るよ。今から学院の理事会に僕を冒険者に戻すよう説得しないといけないのでね。」

「人の話を聞けー!!」

セラの絶叫も虚しく、マグナスは部屋を去る。両手を顔に当て自身の火照った顔の温度を感じながら彼女は呟く。

「マグナスの言う通り、私に残された時間は無い。分かってた、研究に籠っているだけでは何も解決しない事は。でもマグナス、あの言葉は本当にお前の真意だったのか?・・・ならば、私はお前の底知れない混沌を止めなければならない。」

 一方、旧北方領王都ハイラーン。統治するのは、統一王国に不満を持つ旧正統派残党が集結した武装集団。彼らの大半はドワーフ族であった事もあり、武器と兵士には困る事は無かった。しかし流れ着く悪党が増えれば治安は悪化する。そのような秩序を乱す者を裁き、彼らを戦神の名の元に戦う精鋭集団に育てたドワーフがいた。名をルズリといった。父の名はブロウニー、かつて厄災龍戦で北方領側の戦士として散った鍛冶職人であり、ティムの養父でもあった。ルズリとティムを引き合わせたのはルズリの後見人であったギームであり、以来二人は唯一無二の親友として冒険者ギルドを盛り立てていった。だがその二人に転機が訪れる。それはハイラーンからウォルフスへの行政機関移転であった。これはドワーフ族にとって先祖伝来の地を放棄する事に等しかった。だが現実的には、北方特有の低温気候、農耕に適さない痩せた土地は人間にとって価値の低い場所であった。時のローヴェ大公はドワーフ氏族の有力者を集め何度も説得を行ったが一部の氏族はこれに反発、ハイラーンに残留する事を決定する。以降、ハイラーンは統一王国から距離を置き独自色を強めて行く。その最中、彼らは強いカリスマを求めていた。そしてその候補にルズリが挙げられたのだった。元来、ルズリは熱心な戦神の信徒では無く、戦場で己が命を燃やすか如く戦う生粋の戦士であった。それが何故、ハイラーンの民を率いる過激派武装集団の首領になったのか。ティムは語る。『自分が戦神の御教えに目覚め、無辜の民を救う”戦い”に身を投じると決めた時、ルズリを説得出来なかった。彼にとっては、冒険者ギルドも自身の暴力を爆発させる為の踏み台でしかなかったのかも知れない。』と。果たしてそうであったのだろうか。今、その彼の拠点に一人の訪問者が現れる。北方の戦士に相応しい、鍛え抜かれた肉体を持つ青年の人間の男。彼は拠点の門番に対し怒気を込めた声で告げる。

「貴様らの主に伝えよ、王の帰還である!」

その言葉に門番の男は薄ら笑いを浮かべ、男に返答する。

「この最近の寒さで頭がイカれたか?ハイラーンに王様は居ねぇよ、とっとと帰りな!」

「ならば、我と一戦交えるか?」

「その身体に実戦、ってのを教えてやらぁ!」

門番は剣を抜くと男に斬りかかる。しかし男は軽く身を躱し、門番は自分の勢いで転倒してしまう。その騒動を聞きつけ、ハイラーンの武装集団が手際よく男を取り囲む。

「おいグロッグ、何だこの人間の男は!」

「自称王様の気狂いだ。だが腕は立ちそうだぞ。」

「ほう、なら俺がこのケンカを買ってもいいかな?」

戦斧を背負ったドワーフの男が話に割り込む。

「俺はハイラーン突撃隊第三部隊所属、ヨゴフ=ゾルケン。戦士よ、名を聞こうか。」

ドワーフは戦斧を大地に突き立て、戦神を称える決闘の構えを男に見せる。

「なるほど、戦神の作法は廃れてはいなかったか。それでこそ我が軍に入る資格があるというもの。」

「俺は名を聞いている。」

闘いの前に感覚を集中させながら、ヨゴフは男に再度問いかける。

「我の名はドルッガ。ドルッガ=ハーンなり。」

「ドルッガ、だと?」

「我はかつてこの地に戦神を崇める王国を築いた王、ドルッガ=ハーンの末裔。故に我は王としてこの地に君臨する権利を有する。」

「よく分かった、確かに貴様は気狂いだ!」

戦斧を抜いたヨゴフは、その低い重心を生かしドルッガの足元を薙ぎ払う。だがドルッガは反応良く飛び上がりヨゴフの顔面に向けて蹴りをぶち当てる。

「むおっ!」

「あの一撃で倒れぬとはな。面白い、少しは我を楽しませてくれるか。」

「この程度、力自慢の怪物に比べたら子供騙しも同じ。次は躱せるか、気狂い男!」

ヨゴフは戦斧を握り直すと、自在に振り回しドルッガに突進する。

「その意気や良し。だがお前の力量では、これ以上我を楽しませる事は出来ぬ。」

ドルッガは、ヨゴフの起こす暴風に自ら飛び込む形で駆け抜けていく。その瞬間に抜いた彼の一刀を見たものは居なかった。次の瞬間、武装集団が見たモノは何らかの力で氷の彫像と化したヨゴフの姿だった。

「さぁ、我をお前達の首領の元へ案内せよ。我の力はこの程度のモノでは無いぞ!」

ドルッガの一喝にドワーフ達は剣を引き、ドルッガをルズリの元へ案内する事を決める。

ドルッガ=ハーン。遥か北方の民族出身である、英雄の才を持つ男。彼は、この物語の主人公の新たな一人である。そしてこれが、クロード達冒険者が立ち向かうべき”未知の侵略者”の出現でもあった。


さて、今日はここまでにしようか。次回、また会える日がある事を。

私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ