009一方サキュバスたちは……
――トルエノが、ノンナにファムのことを報告していた頃。
強欲の迷宮の最奥にあるサキュバスの居城の会議室。そこにはクイーンサキュバス、バトラーサキュバス、ヒーローサキュバス、アイドルサキュバス、キーパーサキュバスといったサキュバスの中でも戦闘能力が高い者。そして戦闘能力では劣るものの様々な役職を与えられた上位のサキュバスが集まっていた。
今回は月に一度行われる定例会。それほど難しいことを話し合う場ではないのだが、会議室には重苦しい空気が漂っていた。
それはこの場の中心人物であるクイーンサキュバスのメイリダが、ずっと机に突っ伏しているからだ。しかも全身から負のオーラが溢れていて話しかけにくい雰囲気だった。
そんな中で集まった者たちを代表して、バトラーサキュバスがメイリダに声を掛ける。
「魔王様……そろそろ会議を始めませんか?」
「ううう……ファム……寂しいよぉ……」
ファムが強欲の迷宮から出て行ってからまだ一日も経っていないが、ファムシックに陥っていた。
ファムのことになると普段凛としている彼女はダメダメだ。サキュバスの誰もがファムのことを可愛がっているが、メイリダは特に彼を溺愛していた。それが分かっているのでこの場にいるサキュバスは、しばらくメイリダが使い物にならなくても仕方ないと諦めがあった。
ただ、一部のサキュバスは厳しい口調でメイリダを責める。
「何言ってんすか! ファムをダンジョンの外に行かせたのは魔王様じゃないっすか!」
「そうよ! ワタシは反対したじゃない!」
そう言ったのはヒーローサキュバスとアイドルサキュバスの二人だった。
ちなみに名前はクイーンサキュバスのメイリダしか持っていない。本来魔物という存在は名前がなく、お互いを種族名や愛称で呼び合うものだ。名前を持っているのは魔物の中でも変わり者、あるいは人間に紛れて活動する場合がある魔物くらいしか持たない。ただ後者の場合は基本的に特定の名前は持たず、その時によって名前を変えている。名前というものにあまり頓着しないのだ。
「お前たち……気持ちは分かるが魔王様にそのような口の利き方は……」
「……だが、二人の気持ちも分かる……我もファムを外に行かせるのは反対していた」
バトラーは嗜めるが、二人に対して同意する声もあった。
小さな声だが、はっきりと聞こえる低い声で発言したのはキーパーサキュバス。この強欲の迷宮の守りの要ともいえる存在だ。
「キーパー……もう決まったことですよ」
「そうだ……決まったことだ。だからこそ魔王様のそのような態度を見せられたら、反対していた者はあまりよく思わないぞ」
その言葉に小さく頷く者が何人かいた。この場にいる三分の一がファムを外に行かせることを反対していたのだ。
「そうねぇ、人間の世界の情報収集、そしてダンジョンの攻略は確かに大事だけどぉ……サキュバスの中にはぁ、かなり高度な擬態できる子もいるしねぇ」
そう発言したのはマザーサキュバス。サキュバスの中でもトップクラスの胸と母性を持ち合わせた彼女。戦闘能力は低いものの、その身に宿している生命力は膨大だ。
そして彼女もまたファムを外に行かせることを反対していた。猛反対していたと言っても過言ではない。彼女はファムをまるで自分の娘……息子のように可愛がっていたからだ。
「…………ごめんなさい。言い出したのは私よ、だけど私だって行かせなくなかったわ」
「? どういうことっすか?」
ぽつりと零した弱々しいメイリダの言葉にこの場にいる全員が耳を傾ける。
「私のスキル……叡智を使って黄金の魂について調べたの」
叡智。それはクイーンサキュバスに進化した時に得たスキル。ありとあらゆる知識を得ることができるというものであるが、知識によっては得るまでに時間が掛かる。
「叡智を手にしてから真っ先に黄金の魂について調べたの。ただ、その知識を得るまでに三年も要したわ」
「三年……それじゃあ、つい最近知ることができたのねぇ。それで、どうだったの? 今回ファムを外に行かせたことに関係してるんでしょ?」
マザーが尋ねると、疲れたような溜息をメイリダは吐いて語る。
「ええ……だいたい私が知っていた情報に誤りはなかったわ。だけど知らなかったことがあった。黄金の魂は本来普通の魂であって、黄金の魂に至るまでの過程があるの。何度も何度も輪廻転生を繰り返し、その中で七つの大罪の試練を乗り越えたことで黄金の魂となる」
「七つの大罪の試練……それは聞いたことがあります。傲慢、嫉妬、憤怒、悲嘆、強欲、暴食、色欲の試練を乗り越えた英雄が邪神を討ったという話でしたね」
「七つの大罪に関する話は色々あるわねぇ。試練を乗り越えて不老不死になった……巨万の富を手に入れた……王になった。あれって本来は黄金の魂に関するものだったのねぇ」
バトラーとマザーが話した内容は魔物の間だけで知られている物語というわけではない。人間の世界でも広く知られているものだ。魔物でも知っている有名な物語ということである。
「……一般的に知られている七つの大罪の試練より、実際は相当むごいわよ。生涯を通して試練が行われるんだもの」
そこからメイリダは黄金の魂に至るまでの過程を説明した。
七つの大罪の試練は何度も輪廻転生を繰り返して行われる。現世に生を受ければ、その生涯は必ず試練に苛まれ、そして命を落とす。魂は苛烈極まる試練によって摩耗し、七つの大罪全ての試練を終える前に魂は消滅してしまうことがほとんど。そして黄金の魂になれば七つの大罪の試練が終わるわけではない。魂が現世で生を受け続ける限り、その試練は永遠と続く。
つまり七つの大罪の試練は黄金の魂に至るまでの過程ではなく、七つの大罪の試練という呪いによって結果的に黄金の魂になるというものだ。
「ちょっと! 七つの大罪の試練がまだ続くっていうなら尚更外に出さない方が良かったじゃん!」
「そうっす! 今すぐ連れ戻すべきっす!」
アイドルとヒーローはそう言って机を叩きながら立ち上がる。そのままファムを連れ戻しに行きそうだったが、それをマザーが制す。
「二人とも落ち着いてぇ。ここにいるよりぃ、外に行かせた方がいいと思った理由があるのよねぇ? まあ、大方予想はつくわぁ……私たちがファムを苦しめるんじゃないかって思ったんじゃないのぉ?」
「私たちって……私たちっすか!? そんな馬鹿なっ!」
「ええ、ありえないわぁ……でも、七つの大罪の試練を題材にした物語には、有名なもので魔王に関するものもあったでしょう?」
大罪の名を語る魔王の話は有名で数多く存在する。物語によってそれぞれの大罪の名を持つ魔王は異なるが、色欲の大罪はサキュバスである物語が多い。
「そうよ……物語だって分かってる。だけど可能性はあるでしょう? 私たちがファムのことを大切に思っていても、他の魔王に操られて傷付ける可能性だってある…………可能性を挙げたらきりがないけど……でも、絶対に私たちの手で彼を傷付けるようなことは避けたい」
「だから遠ざけたのねぇ……気持ちは分からなくもないけどぉ、事前に説明して欲しかったわぁ」
「ファムに知られたくなかったのよ……逃れられない、辛い運命を背負っていることを。口が軽い子もいるし、うっかり話しちゃうかもしれないでしょ」
メイリダはそう言いながら、アイドルとヒーローに目を向ける。するとバツが悪そうに二人は目をそらす。彼女たちはうっかりをやらかす代表格とも言える。
「それと、いずれくるかもしれない試練に立ち向かえるように強くなってもらいたいと思ったの。この場所でファムの力はこれ以上伸ばせそうにないしね」
メイリダの説明に全員が心の底から納得できたわけではない。だが、ファムのことを想ってのことであるということは全員に伝わって、一定の理解を得ることはできた。
そして、もし試練がファムを害そうとするなら、この身を投げ出してでも助けに行こうとサキュバスたちは誓うのだった。
読んでくださりありがとうございます。
もっと他の話も読みたい、面白かったなど思っていただけたら、☆で評価・ブックマーク・いいねをしていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。