008期待の新人
冒険者組合アルヒ支部の奥にある一室。その部屋の扉をトルエノはノックする。
「支部長、少々よろしいでしょうか?」
「むっ、トルエノかい? 入っていいよ」
許可を得て部屋の中に入るトルエノ。室内には多くの書類と格闘している老婆がいた。
冒険者組合アルヒ支部の支部長のノンナ。数十年前までは1級冒険者として活躍していた猛者だ。現役引退後はこうしてこのアルヒ支部を任されている。
「どうしたんだい……何か急ぎの仕事かい? まったく老人はもっと労わるもんだよ」
「何を言ってるんですか。まだ支部長はお元気でしょう? この前なんて悪さをした現役の冒険者をしばいてたじゃないですか」
「はんっ、あいつらが弱かっただけだよ。で? 要件はなんだい?」
ノンナは書類から目を離して、トルエノに視線を向けた。それに応えて彼女は要件を伝える。
「その……先程、冒険者登録をした人についてのご報告を……」
「新人? いちいちそんな報告しなくていいよ! と言いたいところだけど、あんたがわざわざ来たってことは、大物かい?」
「はい、大物です……こちらを」
ノンナにファムについて書かれた資料を手渡す。資料といってもそこまでの情報量はなく、紙一枚だ。
「ファム……山奥に住んでいたが、最近一緒に住んでいた両親が病で死んで街に出てきたと…………ん? ハイゴブリンの討伐? それに魔人だって? おいおい、これは何の冗談だい?」
「冗談ではありません。ハイゴブリンの魔石を複数……その内の一つは確かに魔人のものでした。10級冒険者のセヴァちゃんもその現場を見ています。それから6級冒険者のバットさんを倒しました」
ファムは何もしていないと伝えたが、トルエノの目にはそうは見えなかった。バットがあれほどの酔いで意識を失うのを彼女は見たことがなかったからだ。
「セヴァが嘘を吐くことはないね。それとバットっていうと素行不良だが、確か怪力のスキルを持っていてそれなりに強い冒険者だったね。それを倒すとは……報告書にはスキルの記載はないが、隠しているのかい?」
スキル。魔人や魔王は複数持つ特殊な力。ちなみに淫紋強化やエナジードレインもスキルだ。ただ、人間もごく稀にスキルを持っている。
そして怪力は数倍にもその者の筋力を向上させるもので、とても常人の力では敵わない。
「そのようです。何かスキルを持っていると思われます」
「スキル持ちは優遇することは伝えたのかい?」
「もちろん伝えました。もしスキルを持っていれば、8級からスタートできるとは言ったのですが、スキルは何も持っていないと言われてしまいました……」
冒険者は10級から1級と階級がある。8級ともなれば立派な冒険者といえ、それなりの依頼を受けることができる。通常8級になるには一年は冒険者として活動をしなければならない。
「スキルを隠す理由……まあ、自分の手の内を隠したいのは、別に不思議なことではないね」
「……それから一つ気付いたことが。支部長は三年前に強欲の迷宮で消息不明となったパーティーを覚えていますか? 炎の蛮族という……」
「あー……そんな連中もいたね。あいつらも不良冒険者だったから憶えてるよ。で? そいつらとファムと何か関係があるんだい?」
「炎の蛮族は、消息を絶つ少し前から一人少年の奴隷を連れていたんです」
「少年の奴隷……もしかしてその奴隷が、このファムだと? ……記憶違いじゃないのかい? 三年も前のことだろう?」
「いいえ、間違いありません! 三年前……あの子のことは鮮明に覚えています! あの子は当時ボロボロでまともな扱いを受けていなかったようですが、磨けば輝く宝石の原石でした! あの時、私は彼らから購入することも考えました! ですがダンジョンから戻ってこなかった……あの時どれだけ後悔したことか……しかし! 彼は戻ってきました! 宝石、いえ! あれは天使です! 天使のように可愛らしい美少年として! 女の子かと思ってしまうほどの愛くるしい、あの姿……ああっ、思い出しただけで興奮して……はぁはぁ……」
「相変わらずのショタコンっぷりだね、あんたは……」
興奮するトルエノに対して呆れた表情を浮かべるノンナ。
そう、トルエノは美少年が三度の飯よりも大好きだ。だからこそ三年も前のことも憶えていた。当時のファムは奴隷としても下の下の扱いであり、正直可愛らしい女の子の格好をしている今とは全然違う。だが、彼女には分かってしまう。それほどの美少年愛好家だ。
「あんたの趣味についてはどうでもいいけどね。ただ、あんたの話が事実だとすると……ええっと……」
机の引き出しを漁って一枚の紙を取り出す。それは炎の蛮族が消息を絶った際の記録だ。
「奴隷がいたならうちで引き取るなりしてるはずだけど……特にそれについての記載はないね。奴隷がいなかった……つまり既に所有してなかったか、あるいは強欲の迷宮に連れて行ったか」
「……おそらく強欲の迷宮に同行させていたと思います」
「炎の蛮族が消息不明となったことに関して何か知っているかもしれないね。……だけど冒険者組合としては、そんな昔のことを蒸し返すのも面倒だ。まさか子供の奴隷がパーティーを全滅させたわけでもないと思うしね。まあ、一応注意はしておこうか」
「はい! 承知しました!」
「魔人に、6級の冒険者を倒す、か……いずれは2級、いや1級にも届くかもしれんな」
ノンナは再び書類に目を落としながら、そんな将来を思うのだった。
「それでは私はこれで……あっ! 申し訳ございません、もう一つお伝えすることがありました。先日冒険者組合の本部から通達のあった回収、破棄をするように言われていたポーションの件なのですが、調べたところこの街にも数本入ってきているようで――」
トルエノが言うポーションとは、先日冒険者組合本部から通達のあった副作用の大きい治癒ポーションのことだ。
「そうかい……全て回収できそうかい?」
「それが……あと二本回収できていないんですよ。酒場で賭けをした時に、お金が足りずポーションを誰かに渡してしまったようなのですが、泥酔していて誰に渡したかは分からないみたいで……」
「それじゃあその渡した相手を見つけて、金を払うからと言って回収しな。話がこじれそうなら私が直接話をつけるよ。あと――」
ノンナは今後の対応についてトルエノに指示を出すのだった。
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