005外の世界へ
メイリダに『人間の世界を見てきてくれない?』とお願いをされてから数日後。
ファムは三年ぶりに強欲の迷宮の外へと出た。
「空が青い……ダンジョンと空気が違う……外って、こんな感じだったんだ……」
三年前までは強欲の迷宮の外で生きてきたはずなのに、ファムには外の世界が新鮮だった。
というのもファムには外の世界で過ごした記憶はほとんどなかった。奴隷の時に負った心の傷の影響か、奴隷から解放される前の記憶がほとんどないのだ。サキュバスたちは記憶を取り戻せるように尽力してくれようとしたが、ファムはそれを望まなかった。
ファムにとってサキュバスたちと出会ってからが、人生が始まったと言っても過言ではないからだ。
もはやそれより前の記憶は必要としなかった。
「さてと、メイリダ様はまず冒険者になるように言ってたよね。街に行かないと」
冒険者は誰でもなることができて、冒険者証明書という身分を示すカードが手に入る。人間の世界で活動しやすくなる。そして強欲の迷宮以外のダンジョンに潜るために冒険者になるのだ。
『人間の世界を見てきてくれない?』そうメイリダが言ったのには当然理由がある。
サキュバスには現在大きく二つの敵勢力がある。
一つは他の魔王の勢力。
魔王は力を求める存在。力を得る手段は幾つかあるが、主な手段は生物を殺すこと。生物を殺すことで対象の魂の一部を取り込み、力を増す。その生物の力が強いほど得られる力も大きい。だから魔王の中には他の魔王を殺そうとする者が多く、魔王同士の争いが絶えない。
もう一つは人間だ。
魔物と人間は敵対関係にある。それは何千年も前から不変的なものだ。ただ魔物にとって人間は非力で敵ではない……だが、数は多い。魔物の数千倍もの人口だ。そしてそれだけ多くの人間がいれば、中には魔王と同等の力を持つ存在もいる。また、魔物にはない高い技術を持っている。油断ならない相手であり、その情報収集のために人間の世界を見てきてほしいとメイリダはファムに頼んだのである。
街には魔物が入れないように結界が張られている。結界を破壊することはできるが、それをしたら街に入ったこともばれてしまう。だから人間であるファムに白羽の矢が立ったのだ。
「街はあっちか……よし、行こう」
メイリダが用意してくれた地図を確認しながら、強欲の迷宮から最も近い街アルヒへと向かう。
まだ太陽が真上にある時間帯。徒歩でアルヒに向かっても日が暮れる前に到着するだろう。だが、それは何事もなければの話だ。アルヒと強欲の迷宮の間には、魔物が多く目撃されていて、道中魔物と遭遇する可能性は大いにある。
三年ぶりのダンジョンの外。それも一人ということもあり、ファムは五感を研ぎ澄ませて周囲を警戒しながら、街へと向かう。
すると聴覚がある音を拾った。
「ん? 何か聞こえたような……」
「――――助けてっ」
「っ!」
微かに聞こえた『助けてっ』という声を聞こえたファムは駆け出した。そして音がする方へと向かうと、一人の少女が頭に小さな角を生やした人型の魔物に囲まれているのが見えた。
「あれってゴブリン? いや、ちょっと違う……確かハイゴブリン!」
ゴブリンは小鬼の魔物。全身が緑色で人間の子供ほどの大きさの人型の魔物である。ただ少女を囲んでいるのは赤い肌の小鬼だった。それはハイゴブリンと呼ばれるゴブリンよりも遥かに高い身体能力を持っている。
少女はハイゴブリンたちが持っているナイフで切られたのか、腕から血を流していた。深く斬りつけられたらしく出血の量が多い。
「グギャッ!」
「きゃあっ! やめてぇ!」
少女も抵抗しようとナイフを構えていたが、ハイゴブリンにあっけなく組み伏せられる。そしてゴブリンは彼女の服を引き裂き、柔肌を露出させていく。肉を食らうのに邪魔な衣服を剝いだわけではないのは、情欲に燃えた濁った目、そして隆起する股間を見れば分かる。
ゴブリン、オークなどの一部の魔物は他の生物の雌を犯し、繁殖する。このままでは少女はゴブリンに犯されるだろう。彼女もそれを理解しているのか、喉が裂けるのではないかと思えるほど必死に声を上げて助けを求める。
「だ、誰かっ、助けてええぇぇぇぇっ!!」
「いいよ、助けてあげる」
ファムは距離を一瞬で詰め、少女を組み伏せていたハイゴブリンの顔面を蹴り上げた。
蹴り上げたハイゴブリンは地面を転がる。他のハイゴブリンは呆気にとられるが、すぐにファムを敵と認識して身構える。
「ググ……ナニ、モノ?」
「あれ? 喋れるの? 普通の魔物は喋れないと聞いてたけど……ハイゴブリンだから?」
サキュバスたちから教えられた知識では、魔物は普通喋れないはずだった。喋られる魔物となると――。
「そ、そんな……まさか魔人?」
少女は声を震わせて呟いた。
魔物は大きく三つに分類される。魔物、魔人、魔王。保有する魔力の多さによって分類されるが、魔物と呼ばれる個体は、魔力の量はあまり多くない。そして魔人や魔王と呼ばれる個体は保有する魔力の量は膨大であり、強大な存在。そして多くは知性を備えていて、人語を理解する者がほとんどだ。
「に、にににっ、逃げてくださいっ! 殺されちゃいます!」
少女は叫ぶ。助けを求めていたが、相手が魔人ともなれば敵うはずがない。自分のために誰かが犠牲になるようなことはしたくないという、そんな思いが伝わってくる。
ファムもそれを感じ取ったのだろう。そんな少女に優しく微笑んでみせるのだった。
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