承……(3-3)
それからすぐに対抗戦は始まった。校庭のあちこちから歓声が上がっている。
暇な生徒達が試合を観て盛り上がっているのだろう。
僕はというと、広い校庭の隅っこに佇む物置の裏に隠れていた。
いや、何も僕が悪いことをしたわけじゃない。ただ――
「静夜さーん、隠れてないで出てきて下さいよー」
紗智が僕を追い掛け回しているのだ。
一緒にいることは構わないのだが、紗智は僕の過去をしつこく訊いてくる。
だが軽々しく話せる話題じゃないし、話したくもない。
まあ……ブユーデンブユーデンの連呼に嫌気が差したとも言う。
「何の用よ、こんなところまで呼び出して……」
「?」
不意に歩の声が聞こえた。
経緯は不明だが、どうやら物置の角を曲がった先にいるらしい。
「あのさぁ、悪いんだけど。次の試合、負けてくんね?」
「頼むからさ!」
別の声が二つ続いた。
男子生徒のようだが、次の試合ってことは……。
気が付けば僕は角から顔を覗かせていた。
いかにも不良です、と主張する金髪茶髪の後ろ姿が一つずつ。
おそらくは対戦相手だろう。
その向こうには、気まずそうな表情を浮かべた歩。
どちらも僕に気付いた素振りはない。
「……すまないけど、わざと負けるなんて出来ないわよ」
本当に申し訳なさそうな表情で、歩は少し俯いた。
僕から見たら意味が分からない。
なぜそんな顔をするのか。
当然の返答をしただけだと思う。
いやむしろ告げ口をしないことが不思議なくらいだ。
「そこをどうにか……」
「無理よ、少なくともあたし一人で決めることじゃないでしょ」
そのままバツが悪そうに、歩は背を向けようとしたが――
「チッ、使えねえ」
「マジでうぜー」
二人組の態度が急変した。歩が向き直る。
「……どういうこと?」
「いやね。クラスの連中から聞いたら、対戦相手の一人がめちゃくちゃお人好しな馬鹿女だって聞いたんだよ。なら頼めば負けてくれるかなって」
「ははは、お節介ばかり焼いてるんだって?
やめてやれよ、皆迷惑してるんだからさ」
二人は耳障りな声を上げて笑っている。
歩は悔しそうに歯を食いしばり、拳を握っていた。
その様子だけで、分かってしまった。
コイツはきっと変わっていない。昔からそうだったな。
周りを助けることしか頭になくて、僕をいつも巻き込んでいた。
おそらく二人の言葉は事実だろう。だからこそ、こんなにも悔しそうなんだ。
でも――
「そう。分かったわよ」
「……あ?」
「心配しなくてもやめてあげる。
あんた達には二度とあたしがお人好しだなんて思えないようにしてやる」
やっぱり違うんだ。
僕の知る歩は悔し紛れに、こんな強がりを言わない。
「お前……!」
「へえ、やれんの?」
「もちろん! 覚悟しなさいよ。
ギッタンギッタンのけちょんけちょんにしてやるんだから……っ」
しかし、強がりが下手だな。地団駄踏んでるし。
それでも不良達は腹を立てたようで、歩へと身を乗り出した。
これはさすがにマズイのでは……止めに入るべきか?
頭の片隅でそんなことを思った。
「おい、何をやってるんだよ」
二人が動こうとした絶妙なタイミングで、第三者が入った。僕ではない。
向こうの角から出てきたのは、先ほど目が合った男子生徒だった。
……思った通り、対戦相手らしい。
二メートル近い体躯に黒い短髪。
吊り上がった目尻は身長差もあって、全員を見下ろしている。
何度見ても凶悪な顔つきだった。
客観的に見たならば、相手の班に歩が囲まれた格好だが、
「いや……ちょっと話を、な」
「お、おう。何でもねーよ」
短髪は一目置かれているようで、誤魔化すように金髪茶髪は目を逸らす。
それは同時に、短髪が二人と同じ目的を持っていないことも意味していた。
そのまま逃げるように、絡んでいた二人は去っていく。
少しだけ間を置いてから、歩はすれ違うように短髪の脇をすり抜ける。
「悪かったな」
よく響く低音が聞こえた。ある程度は状況が分かっていたらしい。
歩は鼻を鳴らすが、足は止めずに歓声の中へと戻っていった。
だからきっと続きは聞こえなかったろう。
「ハア、何やってるんだか」
疲れた溜息と共に短髪も行ったが、僕は少しだけ残っていた。
――こういう時、善人なら迷わず助けに入ったんだろうな。
そんなことを思いながら。