ヤクザになるまで
この話は雷がヤクザになるまでの話です。
雷視点になりますのでお気をつけください。
寒い……。
冬はこれだから嫌だ。
暖房はみしみし音を立てて、ちっとも役に立たない。
私は、ふと窓の方へ目をやる。
昼だというのに、カーテンの隙間からは光が漏れていない。
おそらく、曇っているのだろう。
「めっちゃ寒いんだろうなぁ」
私は重い体を布団から持ち上げ、玄関へ向かう。
久しぶりに履く靴は思いのほか軽く思えて、外は案の定の寒さだった。
昼を過ぎたばかりだと思っていたのだが、部屋に引きこもっているうち、いつのまにか夜が近くなっていたらしい。
街灯がチカチカ点滅し始める。
「曇っていたからわからなかったな……」
いい加減寒さに限界が来そうだった頃、通い慣れた公園が目に入った。
唯一、昔から遊んでいた公園だ。
昼間は騒がしかったここも、人一人といない。
そこで私はで足を止め、中に入る。
「うぅ……さっむ」
固まった体を温めるため、中にあった自動販売機でコーンスープを買い、ベンチに座る。
冷たい……。
気がつくと、あたりでは雪が降っており、より寒さが増してきた。
どのくらいその雪を眺めていただろうか。
公園の地面はすでに雪に埋まっていて、雪は強くなるばかりだ。
雪一つ一つの結晶も大きくなっている。
「雪なんていつぶりかなぁ」
私はただボーッとそれを眺め……?
「なんだあれ……」
目の前には降り頻る雪しかない。
違う、その奥だ。
奥にガタイの良い人影が見えが見えた。
ここからでも私の二倍くらいあると分かるほどの。
そしてその人影はだんだんとこちらへ近づいてくる。
私は何を察したのか、本能的に、逃げるようにそこを去ろうとした。
私の足音が早くなるにつれ、後ろから聞こえる雪を踏む音も早くなっていく。
それと比例するように、私の中の恐怖が膨らむばかりだ。
ほんの数十秒で肩に手を当てられ、私は半分涙目でそいつと睨み合った。
……。
そうしていると、男の方から口を開く。
「もしかして、楠木雷ちゃん?」
「え? は……はい。そうですけど……」
いろいろ驚いた。
こんな顔……というか見るからにヤクザのような感じなのに、子供相手に「ちゃん」付かよ。
いや……それよりも。
「なんで私の名前を?」
するとまた男を喋り出した。
そして次の言葉に私の頭は困惑へと陥る。
「僕は、君のお父さんの組の一員なんだよ」
「え……?」
「だから、君のお父さんの舎弟なんだよ!」
こんな顔で僕呼びということに突っ込むのはもうやめよう。
それより……、私のお父さん?
舎弟?
ヤクザ?
何を言ってるかわからない。
それなのに、男の顔は真面目そのものだった。
そもそも、私はお父さんについて考えたことがほとんどない。
昔、お母さんに「お空にいっちゃたんだよ」と言われ、だんだんその意味を理解していくとともに、記憶から薄れていった。
自分の身内がヤクザであるということは、理解し難いが、とりあえず話を聞くことにした私は、その男に聞く。
「え……えっと、私のお父さんの組の人ってことですよね……」
「そうだよ、分かってくれたかい?」
納得はしないが理解はした。
時が経つにつれて、雲は晴れていき、星が見え始める。
「とりあえず、ちゃんと話したいから、本家まで来ない?」
「ほ……ほんけ?」
「あっ、事務所みたいなところ。寒くなってきたしさ、おいでよ」
ついて行ってはいけない。
そんなこと、当たり前のことだ。
だが……。
知らないおじさんに肩掴まれて話している時点で危ないことだと分かっているはずなのに、この人はどこか愛嬌のある人だったのだ。
ついていっても、変なことはされそうな気がする。
話に夢中で気づかなかったが、すでに私の足は雪に埋もれており、それを理解するといきなり、寒さが全身を覆った。
そう考えると、ついていってもいい気がしてきた。
私はコクリとうなずく。
「うん。ついてきて」
男は少し笑みを浮かべると、私に背を向け歩き出した。
私はそれについていく。
その途中、おじさんはいきなり語り出した。
「実はね、僕たちはヤクザと言ってもそんな本格的なものではないんだよ。うちの組はみんな、昔いた組と絶縁させられたんだ」
おじさんたちが言うに、おじさんはヤクザ柄ではなかったらしい。
お父さん? が、いた頃は大麻とか金を奪ったりしていたらしいが、それはほぼお父さんの仕事だったという。
部下の五十人くらいはいわゆる落ちこぼれだった。
ヤクザというものを理解できなかったり、乱暴なことする勇気がなかったり。
それでもヤクザに憧れた人たちの集団らしい。
そんな人たちをわざわざお父さんが拾い上げたのは、お父さんもまた、落ちこぼれだったからである。
昔いたヤクザ組に殺されそうになり、なんとか逃げて、この集団を作り始めた。
「部下の人たちは何をやっていたんですか?」
「んんー、スーパーの店員とかかな」
「ヤクザって、そういうのもするんですか?」
「大きいところが裏についていることが多いかな。この近くにもあるよ」
「え!? そうなんですか!?」
私が初めて大きな声をあげ、おじさんは目を開き驚いていたが、すぐに返事を返す。
「たとえば、僕が昔いたのはあそこの……」
おじさんは店名を並べたが、一年近く引きこもっていた小学生の私にとって、聞いたことのある店なんてなかった。
それでも、なぜか私は、その話を止めることもなく、ただ淡々と聞き歩くのだった。
しばらくすると、ある一軒の小さな家についた。
もうすっかり夜で、街灯の照明が眩しい。
「ここが僕たちの事務所……といっても君のお父さんの家なんだけどね」
「ここが……お父さんの家ですか?」
おじさんは私を入り口の方へ誘う。
中は意外にも綺麗で、微かにタバコの匂いがする程度だった。
入ってすぐ前に階段。
奥へ進む廊下の右側の壁に一つ扉がある。
私はその部屋へと入れられた。
そしておじさんは胡座をかいてマットの上に座り……深々と頭を下げる。
「雷ちゃん! お願いだ! うちの組の組長になってほしいんだ!」
「………………?」
何を言われたのか分からなかった。
聞こえなかったのではない。
聞こえても分からなかったのだ。
おじさんは話を続ける。
「実は、君のお父さんが殺されてからしのぎが一切ないんだよ……。こちらも生活が厳しくて……。もう元組長の娘である君しか頼れないんだ」
ここに来る途中に聞いた話だ。
お父さんは一年前、元いた組の奴らに殺されたらしい。
その日、偶然その店に来ていたお父さんは、あいも変わらず溺愛している娘、雷のことを話していた。
だが、そろそろ店を閉めるという時に、事件は起こる。
店が燃えた。
放火だ。
部下の人たちは幸い逃げれたものの、お父さんだけはなぜか逃げれずに……。
もちろんスーパーも燃えた、お父さんもいない人たちに稼ぐ余地などない。
そして、小六である私を頼ってきたのである。
「無理ですよ! 私小六ですよ!?」
本日二度目の大声。
「わかってる! わかってるけど、もう誰も頼れないんだ! ここに入ればお父さんの敵討だってできるよ!?」
「敵討……?」
「それに……!」
しばらく話していた。
おじさんが。
一方的に。
その話の一つ一つに説得力があり、私は途中、本当にヤクザに入ってしまいそうになった。
運悪く、この人は言葉遣いが上手いのだ。
これが説得というものなのだなぁ、と少々感心してしまうほどだ。
「なぁ、どうかなぁ。入る気にならないかい?」
本当に入る気なんてない。
ただ、私の考えを変えた。
おじさんが、敵討ちという単語を出したから。
「じゃあ……」
「本当かい!?」
おじさんは満面の笑みで叫んだ。
改めて考えると、おかしい。
小学生で組長って……。
どうやら、私の理性は、引きこもり中になくなっていたらしい。
「敵討ちかぁ……」
話を終えると、私は帰る支度を始める。
「じゃあ、明日からよろしくね。いや、よろしくおねがいします。組長。」
私が会釈をすると、おじさんも頭を下げて扉を閉めた。
私は抑えていた明日からの不安……興奮を顔に出しながら。
笑顔で歩き始めた。
その笑顔には多少の怒りが混ざっていて。
興奮で顔が赤い。
いや、単に寒いだけかな。
冬はこれだから嫌だ。