3刻目 月の影
ぎぎい、と石と石壁が擦れあう音がする。壁には、一面にえいごが並んでいた。
「なんで、こうなるんだろう。みんな、サタの話を聞いてくれない。エンはまだ意識を失ってるし……」
サタは、狭い石造りの部屋に閉じ込められていた。そう、牢屋という名の、部屋に。
あの騒動の後、サタは、何かを言う権利さえもらえずに、ここに連れてこられた。
サタは、殺人、器物損壊の罪で、死刑になる。明日には、首をはねられるのだ。
「クライン……サタのこと、嫌いだったもんね……」
牢屋には、小さな窓が、手が届かない場所に一つだけ、空いている。
「うう……」
外から、月明かりがわずかに届き、夜になったのだと分かった。
「この月がいなくなっちゃったら、サタは死ぬんだ」
途端にとても怖くなって、サタは月を捕まえようと、窓に手を伸ばした。
その伸ばした手に、もう一つの手が重なった。
「え……」
「サタちゃん。迎えに来たよ」
窓に、エンがいた。
正確には、エンの顔が出ていた。この高い窓までどうやって登ったんだろう。サタのために、何度もよじ登ったのだろうか。
「え、エン……」
エンは、えい、と言い、私を引き上げた。ものすごい力だ。サタが学んでいない、柔道や剣道で鍛えられたのだろうか。
窓まで引っ張り上げられ、そっと牢屋を振り返る。
「……やっぱ、ダメだよ、エン」
エンは、もう窓から飛び降りて、サタを待っている。
「え、なんで……?」
「だって、またお母様を怒らせちゃう。また、嫌われる」
「そんなこと言ってられないよ、サタちゃん」
エンはいつになく強い光を目に帯びさせていた。
「もし死んじゃったら、お母様の顔も見れないよ!エンも、サタちゃんの顔、見れなくなっちゃう」
エンは、サタが明日死ぬことを知ったみたいだ。
「……うん」
サタは息を吸い込み、勢いをつけて飛び出した。
「サタちゃんが死ぬなんて、間違ってるって、お母様に言ったんだよ? でも、『もう決まってしまったことですよ』って、話にならなかった」
うん、だって、お母様からしたら、サタは生まれた瞬間から悪魔で、不要だったんだもん。サタを『消す』いい機会って思ってるんだよ。
そう言いそうになり、サタは慌てて口を閉じた。
こんなこと、サタが死んでからも、ずっと生きるエンが聞いたら、悲しくなってしまうから。
「わあ、サタちゃん、見て! 大きな湖」
サタ達が歩いていると、崖の下に大きな湖が広がっているのを見つけた。
「ほら、見て、見て」
「エン、崖から落ちたら死んじゃうよ?」
サタは、エンを抱きしめて、崖淵から離した。
「でも、近くで湖、見たいのー!」
最後の望み。サタに向けられた、最後の願いだ。サタは、顔を緩め、エンと一緒に崖淵に座った。
風が強く吹いた。
「……サタちゃん、本当に死んじゃうの?」
エンが、頼りない声を出す。
「うん」
サタは、あえて簡単に言った。そうでないと、泣いてしまいそうだったから。
「クラインが悪いの?」
「ううん」
エンが、クラインに憎しみを持たないように。いつも笑顔で過ごせるように、サタは嘘をつく。
「……じゃあ、なんで」
「サタが、悪魔だから」
つい口走ってしまい、息をのむ。
エンは、首を傾げた。
「悪魔?」
サタは、それ以上何も言わないようにした。
「ねえ、どういうこと、悪魔って。サタちゃんは、悪魔なんかじゃない!」
サタの肩が震えた。
「何でもない」
「サタちゃんは、優しいよ! 悪魔なんかじゃなくて、天使みたいに、優しいよ!」
サタの頬を、涙が伝った。
「エン……ありがとう」
エンは、何も言わずに、サタをきつく抱きしめた。
「いやだ、別々なんて、絶対に嫌だ」
湖に、月が反射する。
「一緒にいたいって、思ってくれるの……?」
サタは震える声を出す。
「うん、絶対に、サタちゃんがいないなんて、いやだよ……」
湖に、サタは手を伸ばした。反射した月。月を捕まえたら、明日は来ないから。
「じゃあ」
サタは、エンを抱き込んだ。強く、強く抱きしめた。
「ずっと、一緒にいよう」
体を、湖の方へ、流した。
一段、強く風が吹いた。
どぼん。水が跳ねる音がした。
月が、ゆらりと揺らいだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!
裏側の天使、完結です!
この物語が初投稿なので…これからも、成長できたらなと思います
コメントを頂けると、本当に嬉しいです
とにかく読んでくださった方々、本当にありがとうございました!!!