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裏側の天使  作者: ひつじ
2/3

2刻目  天使と悪魔

何時間が経っただろう。

サタは、まだ食い入るようにして辞書を読んでいた。


そこで、思ってしまった。考えてしまった。


「そういえば、私たちの名前って、えいごでなんていうんだろう?」

と。


まずは、エンから調べることにした。


「えん……エン……あれ、これなんだろ」


エンジェル。その言葉に、赤で二重丸が描かれていた。その文字を凝視する。


天使。天使のような人。


意味として、そう書かれていた。


「へえ……!もしかして、エンって、天使がもとになってたのかなあ。丸がされてるし、きっとそうだよ」


わくわくしてきたサタは、「サタ」を探した。


「さた……サタ……」


そのページを開いて、サタは息をのんだ。時間が止まった気がした。



サタン。


悪魔、魔王のこと。



そこに、くっきりと赤い丸がされていた。


「やだ……まさか……まさか、まさか」


私は、しばらく動くことができなかった。

もし、これが、サタの名前の元だったら。もし、そうだったとしたら。


「サタが生まれた瞬間から、もう、エンとサタは別に扱われたの? 悪魔と、天使……」



「サタちゃーん! エン、ピアノ、終わったよ! どう? 何か、勉強できた……って、あれ、なんで泣いてるの?」


もう、ダメだ。お母様を笑わすことなんて、ずっとできない。だって、サタは、悪魔だから。生まれた瞬間から疎まれた、サタンだから。


「ねえ!サタちゃん??サタちゃんってば!」


サタは、なんでここにいるのだろう。天使のーーエンの、引き立てのため?王族の人気のため?

さえわたった頭が、急速にまわる。まわる。


ーーーーがたん!!!


「サタちゃん!!!!?」



暗い闇に吸い込まれた気がして、急に意識が途絶えた。










 「……サタは、生まれた時から気味が悪かったわ。なにしろ、紅と涅色のオッドアイですもの。縁起が悪いといわれている、代表的な色じゃないの。そりゃ、悪魔よ、悪魔。でも、全国に、双子が生まれたって公表しちゃったじゃない?消すことなんて、できないじゃないの」


遠くでお母様の声が聞こえる。

消すってなんだろう、とぼんやりと考える。


「ああ。この子は悪魔だよ。でもサタの名前について、よく他の王族の者が、サタンが由来してるとわからないよな」


この声は……お父様?


「ええ。でも、バレたら終わりよ。まあ、悪魔の子が生まれてきたせめてもの腹いせよ」


「そうだな……。そういや、サタが倒れてた図書室で見つかった、こいつが読んでたらしい本が、二人の名前の由来を決めた辞書だったんだ」


「へえ。でも、この子、字なんて、ましてや英語なんて、読めやしないわよ」


「ああ、そうだな」



ああ、もっと寝ていたらよかった。じわり、とこぼれる涙を隠すように、サタは布団をそっと引っ張った。



「さ、サタちゃんー!!大丈夫??」


どたどた、という足音。エンの声がした。


「あら、エン。どうしたの、そんなに走って」


急に、お母様の声が甘くなる。


「だって、サタちゃん、大丈夫かって、怖くって」


「まあ、なんて優しい子。本当にかわいらしい」


その声を無視するようにして、エンは私の上に乗っかってきた。


「ねえ、サタちゃん!大丈夫?!」


私は、ゆっくりと目を開けた。


「エン……重い」


「わ、ごめんなさい」


お母様の目が険しくなる。


「サタ。敬語を使いなさい! これで何度目だと思ってるの! それに、重いだなんて、エンは心配してくれているのに!」


「サタちゃんを責めないで!」


エンが悲鳴のような声を出す。


「私だって、敬語じゃないのに。なんでサタちゃんだけ……」


サタは、そっとエンを抱きしめた。


困ったように、お父様とお母様が顔を見合わせる。

サタは、唇をかみしめた。


「悪魔と、天使。サタンと、エンジェル」


そう、つぶやく。二人はびくっと肩をゆらした。

サタは、寝室から飛び出した。


「ま、ちょっと、サタ、待ちなさい!」


「サタちゃん!!」


廊下を走った。涙が頬に突き刺さる。それくらい、速く、速く走った。このまま、風になれたらいいのにと思った。



もう限界まで走り、派手に転ぶ。そこは、数時間前いた、裏庭だった。

過去に戻れたらいいのに、と泣きじゃくりながら思う。そうしたら、あの事実を知ることもなかった。


「う……うう……」


冷たい風が、頼りなげにドレスの裾をはためかせた。









 「サタちゃん。おはよう」


目が覚めた。視界のまぶしさに、目を細める。朝が来ていた。

サタは、いつの間にかベッドの中にいた。きっと、執事さんが運んでくれたのだろう。

私は手を伸ばし、私のベットの上に乗っかっていた、エンの顔をはさんだ。


「むう」

「エン、ありがとう」


エンは少し首をかしげたが、すぐに笑顔になった。


「うん!」




 食堂には、すでにお母様とお父様が着席していた。


サタの顔を見ると、二人の顔がややこわばった。


「……ごきげんよう」


やや伏せ気味に、サタはドレスの裾をつかみ、ひざを曲げる。


「……ええ」


お母様は、こちらを軽く睨み、そしてすぐに違う方を向いた。

お父様は無表情で、何を考えているのか、分からなかった。


その日の朝食は、サタとエンの大好きなクロワッサンが出たが、全く味がしなかった。




「ごちそうさまでした」


そう言って、サタは足早に食堂を去ろうとした。すると、お父様の咳払いが聞こえた。


「サタ、今日はそろそろ、他国の王族の方が、この宮殿に来られるそうだ。マーガレット嬢やクライン殿下も来るそうだから、しっかりとおもてなしをするように」


マーガレット嬢。それに、クライン殿下……。サタは身震いした。サタは、この二人が苦手だ。二人は兄弟で、サタとエンと、年齢も近い。嫌いな理由は、いつもうるさく派手で、そして暴言ばかりを吐くからだ。


「……」


「わかったなら返事をしなさい。それに、昨日の件について、話が……」


サタは、慌てて頭をさげて、部屋へと駆け出した。


「サタ!!!」


お父様の怒声に震えながらも、サタは振り返らずに足を進めた。







 部屋へ入ろうとした時に。ゴーン、とベルが鳴った。

マーガレットと、クラインが来たのだ。


サタは、震えて動くことができなかった。

目をつぶって、どうか、穏便に今日が終わりますように、と願った。





「あーら、誰かと思ったら、サタ嬢? おほほ、いつ呼んでも可笑しい名前ね」


いつの間にか、マーガレットがサタの後ろにいた。


「うわ、ほんとだ、サタだ。変なの」


クラインも、いやな笑い方をしながらも近づいてきた。


出そうになる涙をこらえて、サタは震えながらも、軽く礼をした。


「ご、ごきげんよう、マーガレット嬢、クライン殿下」



「あんた、ほーんと、気に食わないのよねえ」


マーガレットは、サタの髪をつかむ。


「いや、やめて!」



「何をしているのです?サタちゃんから離れて」


その声に、マーガレットは慌てて礼をした。


「こ、これはエン嬢」


エンだった、エンは、サタの手を握って、二人をにらんだ。


「サタちゃんを傷つけないで」


エンがマーガレットをにらんだ。





すると、緊迫した空気を壊すように、クラインが西棟を指さした。


「あそこ、行きたい」








西棟は、いやな空気に包まれていた。サタは、ぶるっと身を震わした。

クラインは、一度言うと、それが叶うまで泣きさけんで駄々をこねる。終いには、部屋を荒らされたり、暴力をふるってきたりする。そのため、クラインの言うことは絶対なのだ。


西棟は、本当は、絶対に入ってはならない場所だ。クラインのせいだ、とサタはため息をついた。

昨日のことといい、精神的な苦しさで、今も気分が重い。サタは、これからどうしていけばいいのだろう、ともう一度ため息をついた。


西棟には、とがった武器や、大きなさび付いた鎧などが並んでいた。ほとんど物置状態だ。

それらに、いちいちクラインが手を伸ばすため、それを制するのに精一杯だ。


しばらく進むと、大きな扉が見えた。開閉絶対禁止。そう書かれたシールがべたべたと貼られている。

サタにはその漢字が読めなかったが、危険な気配を感じた。


「ち、ちょっと、やめよう、帰ろうよ」


サタは、震えながらも声に出す。


「へえ、ビビりなのね。ほーんと、気持ち悪い」


マーガレットは、サタを見て、嘲笑った。


「マーガレット嬢、やめなさい」


そうエンが言ったのと、大きな音が鳴ったのは、ほとんど同時だった。


「え……っ」


おおきな扉が、ゆっくりと開いていた。そして、中からあふれるようにでてきた、鉛色のもの。


「わ、わーっ」


クラインが、悲鳴を上げている。


「ば、バカ……!」


大量の、武器。その扉の奥には、とがった武器や重そうな武器が、ぎっしり入っていた。


ごごごごお、という、聞いたこともない轟音が、サタたちを襲った。


武器が、鉛色の雨が、降ってきた。











意識が戻ったのは、三日後だった。

ぼんやりとした視界の中、大量の人、人、人が見えた。

みんな、泣いている……?


「わあああああっ」


泣き声に、サタは声の方を見ようとして、鋭い痛みに襲われた。体には、沢山の包帯が巻かれていた。

そこで、ああ、大けがをしたんだ、と分かった。


「わあああああああっ」


痛まないように、私はゆっくりと顔を動かし、そして絶句した。


布をかぶせられた、なにかがあった。大量の人々は、それを囲んでいる。


ーーー死体だ。そう、本能的に分かった。


「サタ!! 目覚めたのか!!!」


お父様の声が聞こえた。


「あれほど西棟に入ってはいけないと、言っただろう!!!」


ごめんなさい、と声にだそうとし、口が動かないことに気付く。ああ、包帯を巻かれているからだ。






「そのせいで、マーガレット嬢が死んだんだぞ!」








息ができなかった。まさか、死んだなんて。マーガレットが。






「誰がたくらんだんだ! 誰が開けたんだ!!」




サタは、言葉を発そうとした。クラインが。クラインがやったんだって。




「うわあああああああっ、あああ」


泣き声はクラインのベッドから聞こえていた。



そのベッドから、クラインの包帯だらけの顔が出てきて、悲鳴を上げそうになる。


クラインが片目に眼帯をつけているせいか、ますます怖い。




「……だ」




「なんだい、クライン殿下」


お父様が声の方を見る。





「……サタが、やったんだ」





あたりがざわつく。







「サタが西棟へ行こうって言って、あの扉を開けた!お姉ちゃんを殺した!!全部、サタが悪いんだ!!!」







視界が白い。

あたりが急に静かになる。










「サタ。お前、」







お父様の声が、沈黙の中響く。
















「お前は、死刑だ」











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