1刻目 同じで違う
「まあ、きれいなお花! 私のために、二人共、摘んできてくれたのね。嬉しいわ」
お母様はそういうと、いつも先にエンの方から花を受け取る。
「あら、本当に素敵ね。色も統一されてて、見とれちゃう。さすがエンね。私の部屋に飾っておくわ」
香りや色、すべてを満面の笑みで褒めちぎってから、ようやくお母様はこっちを見てくれる。
「サタも、摘んできてくれたのね」
お母様は、それだけ言うと、さっとサタの手から花を取る。
そして、またエンに向き直り、彼女の頭をなでる。
「とにかく、花瓶に生けてくるわね。こんなにかわいらしい花がしぼんでしまっては、悲しいもの」
「うんっ、ありがとう!」
エンは、花のように、にっこりと笑う。
満足そうに微笑みながら立ち去ろうとするお母様を、サタは必死に呼び止めた。
「あのっ、お母様…、そのお花ね……お母様のために、たくさん悩んで選んだの!」
「サタ。いつも敬語を使いなさいと言ったでしょう。それに、私を止めるほどの用事だとは思えないわ」
「あっ……ごめんなさい」
「全く、反省しない子ね。毎度毎度言ってるのに」
お母様はそう吐き捨てると、サタが摘んできた花を地面に落とした。
「それに、なんなのこの花は。雑草も交じってるじゃない。色合いもめちゃくちゃ。少しは、エンを見習いなさい」
お母様はそういうと、苛立ちげに部屋へと戻っていった。
地面に落とされて、しおれている花を、サタはぼんやりと眺めていた。
私、サタと、妹のエンは、この国の王族の血を引いている、双子の姉妹だ。今年で6つになる。
顔も、性格も、好みも、全てが同じ。
なのに、いつか二人の間に壁ができてしまったのだろう。
お母様は、いつもエンばかりをかわいがる。
「サタちゃん……なんでお母様、怒ってるの?」
エンは、泣きそうな目で、私を見つめる。サタは、地面にしゃがみこんだ。
「また、怒らせちゃった。何がダメだったんだろ。私はただ、お母様に笑ってほしくて、花を持ってきたのに……」
サタの目から涙がこぼれた。
「どうやったら、笑ってくれるのかな……」
私が悲しんでいる横で、エンが一緒になって悲しそうにするのが、サタにとって一番つらく、悲しかった。
お母様には、エンには、いつも笑っていてほしいのに。
「……じゃあ、勉強を沢山するとか、どうかな。お母様、きっと笑ってくれるよ! えらいえらい、って、頭なでてくれるよ」
エンは、サタの背中をさすりながら、嬉しそうに笑った。
「た、確かに…! 今から、図書館に行って、勉強してくる! エン、ありがと!」
「うん! エンは、今からピアノのお稽古だから、また後でね!」
駆け出す足音と、心臓の音が、リンクする。
いい子ね、えらいわ、と言って、お母様に頭を撫でられる様子が頭に浮かび、サタの唇に笑みがこぼれた。
階段を下り、ホールを抜け、近道の裏庭を通る。ドレスが汚れたり破れたりすると、お母様に怒られるから、木を慎重によける。
そして図書館の裏側にたどり着くと、そこにある大きな窓に手をかけ、勢いをつけて中へ転がり込んだ。
「よかった、ドレス、汚れてない」
サタは念入りにドレスの確認をしてから、図書館の中を歩き始めた。
図書館はとても広く、エンと一緒に使っている部屋が三十個以上入りそうなくらい、大きい。
そびえたつ本棚にびっしりと埋まっている本は、サタを誘っているようで、心臓が高鳴った。
「どんな本を読んだら、お母様は笑ってくれるだろ」
本を眺めながら歩いていると、ふと、一冊の本が目に留まった。
「え……えいご、なのかな」
背表紙には、自分には読めないような字が並んでいた。
でも、前にお母様がこのような文字を使って、手紙を書いているのを見たことがある。
そして、この文字のことを、えいご、と言っていた。
サタは、試しに本を開いてみた。
「あ! えいごの横に、読める字が書いてある!」
どうやらえいごを、この王国の文字へと変える、辞書のようだった。
「アリは、あんと。 ハチは、びー。 ラクダは、きゃめる」
サタは、すっかり辞書に夢中になっていた。
「えいごって、面白い!」
サタは、有頂天だった。エンが知らない言葉を今、サタは知っている。お母様だって、きっと褒めてくれる。そう、期待が膨らんでいた。
そう、サタが、その言葉の意味を知るまでは。