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第6話 暴走術式

 案内された席は窓のすぐ横にあり、町を一望できる特等席だった。

顔を覗かせると、飛び込んできたのは辺り一面に並んでいる建物。

それに、先程まで自分達がいた解体所が小さく見える。

こんな光景は初めてだ。


「凄い景色だな」

「そうですね。夜になると、夜景が綺麗ですよ。今度、夜に来てみませんか?」


 夜景か……。

どれ程、綺麗なのだろうかと、とても好奇心をくすぐられる。


「そうだな」


 と、俺は頷いた。


 料理が次々とテーブルに並べられ、フォークとナイフを手に取る。

どれも美味しそうな匂いがし、食欲がそそられる。

器用にナイフとフォークを使い分け、ステーキを食べるユリハを見様見真似(みようみまね)で、俺もステーキを食べてみる。


 口に入れると肉汁が溢れ、これでもかと言う程、旨味が伝わる。


「おいしいですねっ、ミクズ様!」

「ああ」


 余りにもの美味しさに気を取られ、返事がつい疎かになってしまう。


 こんなに旨いものは生まれて初めてだ。

いつも食べていた干し肉とパサパサのパンとは比べ物にならない。


 ユリハは満足そうに、パクパクと料理を口にする。

とても幸せそうな顔をしている。


「よく食べるな」

「そうですか?」


 そう答えるユリハの目の前には、たくさんの空き皿と、料理が置かれている。

ざっと三人前といったところか。それを一人で平らげているのだ。

本人に自覚がないようだが、かなりの大食いだ。


 ともあれ、二人で食卓を囲み、食事を楽しむ。


 すると、奥から困った様子のウェイトレスと二人の男女が近付いてくるのだが、彼らは揉めているようだ。


関われば必ずと言っていい程、面倒な事になるだろう。こういうのは目を合わせると良くないと、彼らを視線から反らす。

だが、その対策虚しく何故か彼らはこちらへ近付いてくる。


なによりも、男の方は明らかに俺を見ている。

嫌な予感しかしない。


「お待ちください、お客様。こちらには他のお客様もおりますので……!」


 ウェイトレスを無視して、強引に短髪の男が絡んでくる。

他の客には一切目も触れずに。


「はっ、俺のお気に入りの席が座れねぇって言うから見に来たらよ。こんなガキが居座ってんのかよ。しかも、片方はみすぼらしい下民じゃねぇか」

「ねぇ、やめなってば!」


 それを止めるのは一緒にいる赤髪を縛った女剣士だ。

威張っている男とは裏腹に、彼女はそれを好ましく思っていないようだ。


 ユリハは手を止め、フォークとナイフをそっと置く。

怒ってはいるものの、かろうじで冷静さは保たれている。


「……何なんですか、あなたは。撤回してください。ミクズ様は決してみずぼらしくありません! それに、下民という言葉は差別用語です。それを使うとは、非常識過ぎます!」


 ユリハは目を鋭く尖らせている。

俺も好き勝手言われて気持ちいい訳がなく、言い返したい所だが、余計に状況を悪化させかねないので堪える。


 だが、男は逆上して高圧的な態度を取る。


「俺に口答えしようってのか、あ? もういっぺん言ってみろよ」

「ちょ、やめてって言ってるでしょ! いい加減にしなさい!」

「お前は引っ込んでろ!」


 怒鳴られ、女剣士はバツが悪そうに黙り込んでしまう。

おそらく、言っても無駄だと諦めたのではないだろうか。

ため息を吐く様は、そう思わせた。


 けれど、ユリハは臆することなどなかった。

むしろ、対抗心に火を付ける。


「良いでしょう。何度でも言ってあげましょう。先程の発言を撤回してください!」

「……ふん、良い度胸してんじゃねぇか。俺がたんまりと可愛がってやるよ」


 男は不適な笑みを浮かべ、下劣な目でユリハを見ている。

そこで、俺は押さえていた怒りが堪えきれなくなり、勢いよく立ち上がる。


「悪かったな、みすぼらしくて。だが、他人を見下す事しか脳がない奴よりは、よっぽどマシだと思うが」

「……てめぇ、もういっぺん言ってみろや」

「くだらないお前より、よっぽどマシだと言ったんだ。それともなにか、悪態付けてる自分にでも惚れてるのか?」


 男はまんまと俺の挑発に引っ掛かり、ギロッと睨み付けてくる。

年端も行かないガキに舐められたのが、屈辱だったのだろう。


「てめぇ、調子に乗ったこと後悔させてやるよ」

「ちょ、バカ!」


 さすがに不味いと思ったのか、沈黙を貫いていた女剣士が止めに入ろうとする。

だが、既に遅かった。


「ソード·バレット!」


 男によって術式が構築されていく。

それは明らかに上級魔法クラスの攻撃魔法だった。

まともに食らえばただでは済まないだろう。


「ミクズ様!」


 焦って俺を庇おうと前に出るユリハを余所に、詠唱をする。


「アウトバースト」


 即座に術式が構築されると、男の術式が狂いだして暴走し始める。


『アウトバースト』。対抗魔法の一種。対象の魔力を暴走させる。

主に術式に使われている魔力を暴走させ、魔力暴発という爆発を起こさせる事を目的とする。


男の顔は何が起こったのか分からず、暴走寸前の魔力を前にみるみると青ざめる。


「なっ、どうなってんだよ! 魔力が言うこと効かねぇ!」

「魔力暴走……! みんな、伏せて!」


 気付いた女剣士が叫ぶ。

その直後、激しい爆発音と共に衝撃波が押し寄せる。


 魔力暴走が終わり、最初に聞こえてきたのは男の悲鳴だった。

苦しさと焦りの混じった。

屈強な男である奴が喚いているのだ。相当痛いに違いない。


「あぐっ! ……っひ、腕が、俺の腕があぁぁ!」


 酷く火傷した右手を押さえ、男はもがき苦しんでいる。

多少手加減したつもりだったが、少し調節を誤ったのかもしれない。


「これ以上、痛い思いをしたくなければ、潔く諦めたらどうだ?」


 俺の言葉に男は憎悪の眼差しを向けてくる。


「な、なめやがって!」


 男は左手で顔を殴ろうと、力一杯振り込める。

だが、それよりも早く男の左腕を掴む。

そして、徐々に力を入れる。それに伴い、男は痛そうに声を漏らす。


「うがっ!」

「無駄だ。これに懲りたら、これからは慎ましく過ごすことだな」


 男は激痛の余りそれどころではないようだ。そろそろ、気が済んだとこなので腕を離してやることに事にした。


 直後に男は警備員二人に押さえ付けられてしまう。

自由になる隙を与えられず、このままでは逮捕されてしまうのではと思ったのか、男は全力で暴れ出す。


「は、離せ! 離せって言ってんだろ! 俺は公爵家のお抱え冒険者なんだぞ! 俺に逆らって只で済むと思ってんのか!」

「いい加減にしなさい、まったく」


 女剣士は呆れて男の頭を叩くと、こちらを見る。

身内の無礼は謝らなければならないと、深々と頭を下げた。


「お騒がせして済みませんでした。お詫びと言っては何ですが、お会計は払わせて貰います」

「おい、その必要は……」


 そう言い掛けるが、女剣士は気付かずに立ち去ってしまう。

この場に留まっても恥を晒すだけ、自分はやっていなくても連れがそうだと、同じに見られてしまうからだろう。


 ボソッとユリハが呟く。


「行ってしまいましたね……」


 お会計はお店が負担してくれる事になっているため、女剣士が申し立ててもまったくもって意味がないだろう。


 俺は荒らされたテーブルと料理を見て「はぁ」とため息を溢す。

せっかくの食事が台無しになってしまったと。

そして、暴力沙汰にたった一日の内で二度も遭ったことに。

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