第5話 高級なお店
赤いカーペットが隅々まで敷き詰められ、テーブルには純白の布が掛けられている。
また、天井に吊るされている、キラキラと輝くシャンデリア。
そして、見渡す限り、豪華な衣装やドレスを纏着飾った人々。
俺は直感した。ここは、とんでもない高級なお店だと。
安い布で手作りした服を着ている俺は、明らかに浮いていた。
最初はカーペットに土足で上がるのは怒られると思い、靴を脱ごうとしてユリハに止められたものだ。
豪華な装飾に釘付けになっていると、タキシード姿の紳士そうな老人に、“ユリハ”が声を掛けられる。
俺には一切の見向きもせずに、まるで存在すら認めていない感じだ。
「ユリハ様。お越しいただき、誠に嬉しいばかりです。今日はお一人でしょうか?」
「いえ、二名でお願いします」
ユリハは何もおかしくない答えをした。
それだというのに、老人はわざとらしく顔をしかめる。
「お言葉ですが。私にはユリハ様しかお見えにならないのですが」
「……どういう意味ですか?」
ユリハは眉を寄せ、顔を強張らせる。
それは、老人がユリハの逆鱗に触れたを物語っていた。
ユリハの不機嫌を察した老人は、冷や汗を垂らして弁明する。
「で、ですから、この店に相応しいお方はユリハ様しか見当たらないと……」
「ミクズ様は相応しくないと、そう仰るのですか?」
ユリハの声は低く、睨み付ける目からは相当な怒りを伺わせる。
十分、ユリハの反感を買ってしまったのは間違いない。
余程、俺が無いものと扱われたのが耐えられなかったようだ。
老人は焦りからか、多少なりとも声を荒げる。
「そ、そういう訳では……!」
「言い訳は聞きたくありません。あなたとは話が通じないようなので、他の方を呼んでください」
けれど、老人は引き下がらなかった。
いや、そう簡単には引き下がれない。老人の積み上げてきたキャリアと地位が掛かっているのだ。
必死になってユリハを説得しようと試みる。
「お、お待ちください! 非礼があったのなら、謝罪いたします。ですから、どうかそれだけは……!」
老人の言葉を遮り、ユリハは先ほどの言葉を淡々と繰り返す。
「聞いてなかったのですか? 他の人を呼んでください」
「……っわ、分かりました」
老人はこれ以上、怒らせるのはまずいと判断し、止む終えなく震えた声で呟いた。
領主の次女であるユリハを怒らせてしまった事。
この件がきっかけで職を失うかもしれないという可能性に、老人は絶望に浸る事しか出来なかった。
元はといえば、場違いな格好をしてした俺が原因だ。
正直、ユリハが怒ってくれたのは嬉しい。
だが、俺にも少しばかりは非があっただろう。
そう思うと、何とも言えない気持ちになる。
悲しげな背を見せて立ち去っていく老人を眺める。
差別さえしなければ、こんな事にはならなかっただろうにと切に思う。
突然、ユリハが深々と頭を下げて謝る。
「ミクズ様。申し訳ありません、お見苦しい所を……!」
「いや、俺は別に気にしていない」
そう答えるが、ユリハは納得のいかない様子だった。
当然だ、自分が紹介した店で俺が悪い待遇を受けたのだから。
そんな時、さっきの老人とは別のタキシード姿を着こなした男がやって来る。
「お客様方。先程のご無礼の数々、誠に申し訳ありませんでした。お詫びといたしまして、本日のお会計は無料とさせていただきます。ですので、どうか我がプレリー·フェルトでお食事をなさってくださいませんか?」
この間、男は謝罪の誠意を示すためか、頭を下げ続けたまま話していた。
別にこの店が嫌いになった訳ではない。
なので、俺はユリハを見て頷く。
俺は構わないと伝えるように。
意図が通じたのか、ユリハの顔色が少しだけ和らぐ。
元はユリハだって、ここで食事をしたかったのだ。
「では、そうさせて貰います」
「ありがとうございます。では、二名様、お連れいたいます」
そう男は言うと、俺とユリハを席へと案内する。