後編
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ガタゴトと激しく揺れる馬車は、森の中を走っている。
中では、リリーと侍女コレットが向かい合わせで座っていた。リリーの横には、3人いた騎士の内の1人が監視役として今もリリーを見張っている。
暴れない様にと後ろ手に紐で縛られたリリーは、目の前に座るコレットを睨み続けた。
「そう睨まないで下さいリリー殿下。命を奪ったり怪我をさせるつもりはございません。悪いようにはしませんから」
先ほどと同じように、コレットは優しい微笑みを浮かべながらリリーに話しかけた。
あの後、人気のない場所に連れて行かれ、用意された馬車に押し込められたリリーは、白昼堂々拉致された。
約束通り、護衛騎士たちに手は出さなかった様だが、拉致されたリリーとしてはコレットの言うことなど全く信用できない。
警戒を解かず、尚も睨み続けるリリーにコレットはため息を零した。
「信じられないのは仕方ありませんね。けれど、リリー様は我々ルゴニーにとって、魔族と交渉する上で切り札となる方ですので、危害は加えませんよ。交渉が決裂すれば命の保証は出来ませんが……魔王があなたを見捨てるはずないでしょうから、大丈夫でしょう」
魔族と交渉する上での切り札?
リリーは訝しげな表情を浮かべた。
その表情に、コレットはふっと笑い声を零す。
「我々は、魔族との和平の条件に我がルゴニー国が有利になるような条件を盛り込みたいのです。けれど、アスコット国やその他の国がそれを許すはずがありません。なので、リリー様をルゴニー国で預かり、個人的に魔王と交渉をしようと考えたのです」
そこまで聞いても尚、リリーはコレットの言うことが理解できなかった。
ルゴニー国が有利になる条件を和平に盛り込みたい、というのは百歩譲って理解できる。
しかし、魔族との交渉をする上で、リリーがいれば交渉が上手くいくと考えているのは何故なのか。
いくら敵側に有利な条件を提示した魔王だとしても、一国だけが得をするような自分勝手な条件を全て受け入れるとは思えない。
私がいることで、何が変わるというのだろう。
もしかしてルゴニー国は、魔王と私の婚約理由を勘違いしている?
魔王から寵愛を受けているから、婚約者に選ばれたとでも思っているのだろうか。
「残念だけど、私がいても交渉は上手くいかないわよ……」
とんでもない勘違いで拉致されてしまった、とリリーは頭を抱えた。
しかしコレットは、自信あり気な笑みを浮かべて首を振る。
「いいえ、絶対に上手くいきます。もしかしてリリー殿下は、魔王が決して譲らないと言った最後の条件の内容をご存知ないのですか?」
その問いにリリーは首を傾げた。
リリーは、魔王が提示した内容が人間側に有利なものであるという話は聞いたが、詳細については聞かされていない。
今日行われるアスコット国での話し合いで最終的な条件を決定する予定だったので、決定前の条件は上層部以外に周知されなかったのだ。
「最後の条件って……」
「うわあ!!」
リリーがコレットに問おうとした時、馬車を御していた騎士が叫び声をあげた。
それと同時に、馬車の速度が急激に落ちる。
中にいたリリー達は、急に速度を落とした馬車内でバランスを崩した。
後ろ手に縛られた状態のリリーは、そのまま馬車の床に転がった。
いち早く態勢を整えたコレットが、外にいる騎士に大きな声で呼びかける。
「何があったの!?」
「ま、魔獣です!突然目の前に現れて、道を塞がれました!」
「魔獣!?こんな時に……」
急いで馬車の窓を開け状況を確認する。
微笑みを絶やさなかったコレットの顔が一気に険しくなった。
「あの魔獣、こちらの様子を伺ってるわね……。どうしようかしら」
外では、一匹の魔獣がルゴニー国へ続く道を塞いでいた。
馬車を捨てれば道を外れた森の中を歩いて進めそうだが、その前に魔獣に襲われる恐れがあるため簡単には出来ない。
馬車内に緊迫した空気が漂う。
コレットはどうすべきか、考え込んだ。
床に転がっていたリリーは、何とか起き上がりコレットと同じように窓の外をちらりと見た。
そして、外にいる魔獣を見て目を見開く。
(あの魔獣、7年前の……!)
そこには、7年前に避暑地の森で遭遇した魔獣が、道を塞いでこちらをジッと見つめていたのだ。
(あの時の魔獣かしら?それとも別の個体?どちらにしろ、これはチャンスかもしれないわ)
リリーは7年前に少年が言っていた言葉を思い出す。
『あの魔獣は決して襲ってはこないが、相手を揶揄うのが大好きでな。挑発するように目の前に現れて追いかけっこを仕掛けてくる天邪鬼な奴なんだ。追いかければ逃げるし、逃げれば追いかけてくる。しかも、追いつくかどうかの絶妙な速さで走るから、長時間遊ばされることになるんだ』
このまま連れ去られてしまえば、リリーはルゴニー国に囚われてしまう。
それならば……。
リリーは覚悟を決め、大声で叫んだ。
「今すぐに逃げて!!あの魔獣に襲われたらここにいる全員死ぬわよ!フィンお兄様ですら勝てないくらい強くて凶暴な魔獣なの。早く来た道を戻って逃げるのよ!」
その言葉にコレットが息を吞む。
第二王子であるフィンの強さは、各国に知れ渡っている。
スパイとして潜入している時にも、騎士団員を剣一振りで次々となぎ倒していく第二王子を見掛け、目を丸くしたほどだ。
そのフィンが勝てないほどの魔物……。コレットは酷く動揺した。
「し、仕方がないわ!魔物を撒くまでは、来た道を戻るわよ!!」
馬車を御していた騎士が慌てて手綱を握り、反対方向へ馬を走らせる。
勢いよく走り出した馬車に、魔獣が嬉しそうな声で一声鳴いた。
―――追いかけっこの始まりだった。
馬車が速度を上げれば、魔獣も速度を上げ追いかけて来る。
道を曲がれば、同じように曲がる。
追いつかれそうで追いつかれない、ギリギリの速度で魔獣はどこまでも馬車を追ってきた。
一本道の森の中では、易々と撒くことも出来ない。
逃げる馬車に、追う魔獣。
その攻防はしばらくの間続いた。
そうして順調に来た道を戻っていく馬車に、リリーは心の中でほくそ笑んだ。
このまま行けば、王宮の近くまで戻れるかもしれない。
戻れなくても、リリーがいなくなったことで捜索が始まっているはずだ。捜索中の騎士に見つけてもらえる可能性も上がる。
兄が王宮に戻っていれば、自ら捜索に加わっているだろう。
あの兄ならばきっと私を見つけてくれる。
そう考えていると、不意にコレットが訝しげな声で呟いた。
「……おかしいわね。あの魔獣、確実に馬車に追いつける時も、一向に襲ってこないわ」
その言葉にぎくりと肩を震わせたリリーを、コレットは見逃さなかった。
じっとリリーを見つめれば、気まずそうに目を逸らす。
なるほど、と口元に手を当て何か思案したコレットは、ふと冷笑を浮かべた。
「どうもリリー殿下が仰った魔獣の情報には、事実と異なる内容がありそうですね」
冷や汗をかくリリーを尻目に、コレットはすぐさま窓を開け、馬車を走らせている騎士に指示を出した。
「馬車を止めて!恐らく魔獣は襲ってこないわ!」
その指示を受け、馬車は徐々にスピードを落としていく。それに合わせて同じように速度を落とす魔獣に予想通りね、とコレットが独り言ちた。
馬車が完全に止まり、それと同時に追うのを止めた魔獣に、騎士達も何かおかしい事に気がついた。
追いかけっこはもう終わりなのかと、不満げに鼻を鳴らす魔獣の姿は、とてもこちらを襲う様な凶暴さは見受けられない。
「……嘘を付きましたね、リリー殿下」
コレットが大きくため息をついた。
そして冷ややかな目をリリーへ向ける。
魔獣に追いかけられた分、ルゴニーへ移動する時間を無駄にしたのだ。
何も出来ない王女だと舐めていたが甘かった。
「まあ、騙された我々も迂闊でした。……けれど、今後余計なことが出来ないよう拘束を増やします。口も塞ぎ、足も拘束しましょう」
口を塞ぐ布と、足を縛る為の縄を用意させ、コレットは騎士にリリーを拘束するように命令する。
騎士が布と縄を手に取り、リリーを拘束しようと手を伸ばした。
助けが来る望みは、元々僅かな希望だった。
魔獣の出現で少し道を戻れたのが奇跡だったのだ。
ここまでか、とリリーの顔に諦めの色が浮かぶ。絶望的な気持ちになったその時だった。
「リリーに触るな、下劣な人間が」
不意に恐ろしく低い不機嫌な声が、馬車の入り口から聞こえてきた。
驚き振り返ろうとしたコレットは、次の瞬間、凄まじい力で馬車の床へ叩きつけられた。
押し潰されるかの様な力が、絶えずコレットに押しかかる。
あまりの苦しさに、逃れようと藻がいてみるが、指ひとつ動かすことも叶わなかった。
リリーへ手を伸ばそうとした騎士も同様に、苦悶の表情を浮かべ、床にへばり付いている。
突然の出来事に、リリーは呆然とその光景を見つめた。
何も触れていないのに、何故かコレットと騎士が床に押さえつけられ、動けなくなったのだ。まるで、魔法でも使われたかの様なこの状況。
ふと馬車の入り口へ目を向けると、先ほど声を出したであろう人物が立っている。
その人物を見た瞬間、リリーは息を呑んだ。
馬車の入口に立つ人物がこの状況を作ったのは確かで、助けてくれたのだということは分かっていたし、受け入れている。
ただ、理解が追いつかない。
頭に浮かぶのは、助けてくれた人物が、何故ここにいるのかという疑問ばかりで。
「リリー、大丈夫か?」
先ほどとは違い、優しく気遣わしい声でリリーを呼ぶ人物。
以前よりも、低く大人びた声。
サラリと揺れる黒髪に、切れ長の赤い瞳。酷く顔の整ったその青年は、大人となり前よりも男らしさが増したように思う。
想像よりも魅力的になっているけれど、見間違えるはずが無い。
7年間思い続けた、あの少年が馬車の入口に立っていたのだ。
「ど、どうして……?」
疑問を零しながら驚くリリーの目から、ぽろぽろと涙があふれ出た。
助かった、助けてくれたのだという安堵と、なぜここに貴方がいるのかという困惑。
そして何よりも、会いたかった人に会えた喜び、愛しい気持ち。
全てがぐちゃぐちゃになって、涙腺が崩壊してしまった。
魔族の青年は、涙を零すリリーの側まで来ると、リリーの腕の拘束を解いた。
縄で縛られていたリリーの腕は、少し赤みを帯びて擦り傷が出来てしまっている。
痛まし気な表情でその傷跡を見つめていた青年が、そっと傷跡に手をかざした。
見る間に赤みを帯びていた腕が、綺麗になっていく。
「これは、魔法?」
「そう、治癒魔法だ」
綺麗になった腕を優しく撫で、穏やかな顔を見せる青年に、リリーは顔を赤くする。
そのままリリーの手を取り馬車の外へ連れ出すと、青年はリリーに優しい微笑みを向けた。
「ようやく、会えた」
その一言で、この青年がリリーとの約束を覚えてくれていたのだと知る。
リリーはそれだけで7年間想い続けた気持ちが、報われたような気がした。
「攫われたと聞いて驚いた……。慌てて探しに向かったが、思ったより遠くに行ってなくて良かった」
魔獣のおかげで道を引き返したのも、無駄では無かったらしい。
あの時はまさか、この青年が助けに来てくれるとは思わなかったが。
「……助けてくれて、ありがとう」
リリーは今も自分の手を取る青年の手を握り返した。
リリーの手を取る青年の手に、さらに力がこもる。
「この7年間、リリーに会うために何度もあの森へ行ったんだ。だが、リリーの側には常に護衛がいたからな。遠くから見るだけしか出来なかった。最初はそれでも良いと思ってた。元気な様子が見れれば満足できていた。だというのに、リリーに婚約の話が上がってるという噂を聞いて……」
青年はそこで言葉を止め、面白くなさそうな顔で目を伏せた。
リリーは急に夢から覚めた様な気持ちになった。
この青年は私が魔王と婚約するという話を知っているのだ。
国益の為でもある魔王との婚約。
出来ればこの青年にだけは知られたく無かったと、そう思ってしまう。
望んだ婚約ではないけれど、他の誰かと共に生きることを選んだ自分を見て欲しくない。
後ろめたさで、無意識に後ずさってしまったリリーを、青年が引き留めた。
はっとして青年を見れば、強い意志を持った目でリリーを見つめている。
不安や戸惑いを隠せずにいるリリーに、青年は臆することなく自分の気持ちを告げた。
「婚約するかもしれないと聞いて、私は初めて自分の気持ちを自覚した。リリーの事が好きなんだと。気がつくのも、会いに行くのも遅かったかもしれないが、私なりに色々と手は尽くしたつもりだ。リリーに少しでも私を想う気持ちがあるのなら、これからは私と共に生きてくれないだろうか」
真摯な告白に、リリーは胸が張り裂けそうになった。
受け入れたいのに、受け入れられない。
婚約しようとしている自分には、この青年を愛する権利がない。
悲しい現実が、胸に突き刺さる。
「凄く嬉しい、けど……婚約予定の人がいるの」
目を潤ませて答えるリリーに、青年は更に尋ねる。
「それは、ルゴニー国の第三王子のことか?」
「違うわ、他の人よ」
「……他の人間」
他にもいたのか、と青年は眉を潜めた。
そして何か考えた後、再びリリーに向き直る。
「その相手が誰なのか教えて欲しい。勝負をして、リリーとの婚約を取り消してもらう」
なんとも魔族らしい考えにリリーは少しだけ笑った。
リリーの相手も魔族なので、その方法は有効なのかもしれない。けれど……
「それでも無理だと思う。とても強い方だと聞いているから」
「誰なんだ?」
「あなたの国の王。魔王よ」
「……なんだって?」
青年は、リリーの答えがあまりに意外だったのかとても驚いているようだった。
いくらなんでも相手が自分の国の王だとは思わなかったのだろう。
難しい顔をして、何か考えている。
「お父様から魔王と婚約しないかって打診されたの。私、7年間思い続けたあなた以外なら婚約者なんて誰でも同じだと思って……ルゴニー国の第三王子との婚約するくらいならとお受けしてしまったわ。でも、まさかまたあなたに会えるとは思わなかった。好きだって言ってもらえて嬉しいのに……」
ぽろぽろと涙を流しながら、リリーは今までの想いを吐露する。
リリーの言葉に耳を傾けていた青年はしばらくして、ああ、と言葉を零した。
「なるほど。どうやら行き違いがあるらしい」
ふっと面白そうに口角を上げた青年に、リリーは首を傾げた。
何かおかしなことがあったのだろうか。
行き違いとは何だろう?色々な疑問が頭に浮かぶ。
そんなリリーに、青年はいたずらっぽく笑った。
「とりあえず、リリーは私の伴侶になることはやぶさかではないと考えて良いのか?」
「それは、なれたら嬉しいけど……」
「それなら、いいんだ」
その答えに、青年が満足そうな顔をした。
リリーは青年の質問の意図が読めず、再び首を傾げた。
そして。
「リリー!リリー!!」
リリーが青年の意図を掴みかねていると、遠くから兄の声が聞こえてきた。
声のした方向を見ると、馬に乗った兄と、その後ろには騎士達がこちらの方へと走ってくる。
どうやらリリーを探しに来てくれた様だ。
「どうやらフィンも追いついたようだな」
青年が、兄を見てそう零した。
リリーは青年が兄を名前で呼んだことに驚いた。
確かに7年前に一度見掛けてはいるだろうし、リリーを遠くから見てくれていたなら顔は覚えているだろうが、いつ名前を知ったのだろう。
「フィンお兄様のこと、知ってるの?」
「リリーを探しに行くまで、一緒にいたからな」
「一緒に?」
そんな会話をしていると、フィンが2人の側までやって来た。
そのままフィンは勢いよく馬から降りると、リリーに駆け寄り強く抱きしめてきた。
「無事だったか、リリー!!心配したよ!城に帰ったら、リリーはいないし、部屋には護衛の騎士が倒れているし、ナンシーも保管庫で閉じ込められているしで、リリーに何かあったのだと血の気が引いた!目覚めた護衛の騎士に事情を聞いて、慌てて捜索に出ようとしたら、ルイスが一人で先に行ってしまうし……城内大騒ぎだよ!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、リリーは苦し気にフィンの背を叩いた。
力を込め過ぎたことに気づいたフィンは、リリーを抱きしめるのを止め、どこか怪我はないかとリリーを隈なく調べ始める。
そんなフィンに、リリーは苦笑いを零した。
「フィンお兄様、ご心配おかけしました。この方に助けて貰ったの。だから、大丈夫よ」
リリーが青年をフィンに紹介すると、フィンは極上の笑顔で青年に向き合い、バシバシと背中を叩いた。
「さすがルイスだ。妹を助けてくれてありがとう!」
背を叩かれ少し煩わしげな顔をする青年と、それを見てニコニコと笑う兄。
親し気な2人の態度は、どう見ても初対面ではない。
それに―――、
「ルイス?」
先ほどから兄が口にする名前は、もしかしてこの青年の名前だろうか。
何故、兄が青年の名前を知っているのだろう。
そんな疑問が頭に浮かぶ。
「お兄様は、この青年と知り合いなの?」
「リリー、知り合いも何も……」
リリーの質問に、フィンが何を言っているんだと、呆れた顔をした。
「まあ、名乗るタイミングが無かったからな」
青年はそう言うと、改めてリリーに向き直った。
「ルイス・デモニルだ。リリー・アスコット第二王女、名乗るのが遅れて申し訳ない」
ルイス・デモニル。
7年越しの自己紹介。
ようやく青年の名を知ることが出来たのだと、嬉しさがこみ上げた。
それと同時に、デモニルという名前に聞き覚えがあることに思い至る。
そうして記憶を辿り、思い出したその答えにリリーは信じ難い気持ちになった。
「デモニルって、魔族の国の名前よね?名前として名乗っていいのは魔王だけって聞いたけど……」
「ああ、先日魔王になったからな。国名を名乗れるようになったんだ」
事もなげに告げた青年に、リリーは目を丸くした。
「ええ?あなたが魔王?だって魔王は銀髪の美丈夫だってお父様が……」
「銀髪?ああなるほど、前魔王である父上の情報が伝わったのか。美丈夫かどうかは分からないが」
「嘘……本当にあなたが魔王なの?」
動揺と混乱が見て取れるリリーに、ルイスは淡々と答える。
「嘘じゃない。リリーがルゴニー国の第三王子と婚約するかもしれないと聞いて、早急にリリーに会って想いを告げようと思ったんだ。だが、無理やり会って想いを告げても、争いの絶えない人間と魔族では添い遂げることも難しいからな。だから、平和的に争いを止めてからリリーに会おうと思って魔王になった」
まさかの答えに、ただただ驚くしかない。
7年間思い続けた少年が実は魔王の息子で、リリーに会うために父親である魔王を倒し、1500年続いた人間と魔族との争いを止め、わざわざ真正面から想いを告げに来たのだと言う。
新たな魔王が誕生した理由も、1500年続いた人間と魔族との争いが終わる理由も、まさか自分に関係があったなんて思わなかった。
呆然とするリリーの両手を取り、ルイスが包み込む。
真面目な顔となったルイスは、リリーに告げた。
「リリー、色々と行き違いがあったが改めて告げさせてほしい。気づくのは遅くなったが、7年前に会った時からリリーのことが好きなんだ。リリーさえ良ければ、私の伴侶になってくれないか」
リリーは呆然としたまま、考える。
リリーが先ほどルイスの告白を断ったのは、自分に婚約者になる人がいたからだ。
例え自分がルイスを好きでも、魔王という婚約者がいる自分はルイスを愛する権利はないと思った。
それに、魔王との婚約は国益にも繋がるので、易々と無かったことにはできない。
だから、7年越しの恋を断腸の思いで諦めようとしたのだ。
けれど、そもそも婚約者予定である魔王とは、ルイスのことで、ルイスもリリーを好きなのだと言う。
―――断る理由が、どこにも無かった。
「そんなの、なるに決まってるわ!私も7年前からルイスの事を好きなの。あなたの伴侶になれるなんて、夢みたい!」
途端、目を輝かせて喜び出したリリーの姿が、7年前に魔法を見せたときの姿と重なって、ルイスは思わず声を上げて笑った。
こうして、7年越しの二人の恋は実を結ぶこととなったのだった。
その後、ルイスの魔法により身動きの取れなくなっていたルゴニー国の者たちは、フィンの連れてきた騎士によって連行されることになった。
スパイ容疑や拉致実行犯として、ルゴニー国ともに各国から糾弾されることとなるだろうが、それは今後の話である。
ルゴニー国のスパイ達は騎士たちに任せ、リリーとルイス、フィンは、一部の護衛を伴い、のんびりとアスコット国へ帰ることにした。
7年越しにルイスと想いの通じたリリーは、ルイスの馬の前側に乗せてもらい、とても幸せそうにルイスに寄りかかっている。
妹の甘い光景に、フィンは苦笑いを漏らした。
「それにしても、2人が7年前のあの日に会っていたなんてな……」
道すがら、リリーから7年前のことを聞いたフィンは感慨深げに呟いた。
妹と共に避暑地の森で過ごしていたあの日、魔獣を追いかけることに夢中になった自分は、最愛の妹であるリリーが馬から落ちたことにも気が付けなかった。
思えばあの日を切っ掛けに、リリーを守れなかった自分を不甲斐なく思い、更に鍛錬を積むようになったのだ。これからは絶対に守ると決めて。
……趣味の延長として楽しんでいた節もあったが。
けれど、あの日も今日も、リリーを救ったのはルイスだ。
「初めて勝負に負けた相手が、妹の婚約者となるとは……。けれど、ルイスにならリリーを安心して任せられる」
最愛の妹が自分の手から離れることに寂しさを感じたが、おめでたいことには変わりない。
魔王の案内役として自ら志願したフィンはルイスに手合わせを願い出て、勝負に負けた。
こんな強い存在がいたのかと、打ち負かすべき存在が出来てフィンの闘志は久々に燃えている。
その相手が妹の婚約者となるのなら、こんなに嬉しいことはない。
「ルイス!私はまた鍛え直して勝負を願い出る。その時は妹の婚約者と言えど手加減はしないからそのつもりでいてくれ」
フィンの宣言に、ルイスはやれやれと肩をすくめた。
2人がそんなやりとりをしていると、目の前に1匹の魔獣が現れた。
先ほどリリー達を追いかけていた魔獣が、まだまだ追いかけっこを楽しみたいと再び目の前に現れたのだ。
その魔獣を視界に入れた途端、フィンの目の色が変わる。
「この魔獣は7年前取り逃したあの魔獣か!鍛錬ついでに、今日こそは捕獲してみせる!騎士たちも私の後に続け!」
そのまま魔獣を追いかけ始めたフィンと、慌ててフィンを追う護衛の騎士たちは、凄まじい勢いで駆けていき、あっという間に姿が見えなくなった。
遠くの方で魔獣が嬉しそうに鳴く声が響く。
「お前の兄は、忙しないな」
ルイスは怒涛の勢いでいなくなったフィンに苦笑いを零した。
「……そうね。けれど、今回は私達に気を使ったのかも」
フィンが騎士を伴って魔獣を追っていったため、今ここにはリリーとルイスの2人しかいない。
7年ぶりに会うリリーとルイスに気を使って、わざと2人きりにしてくれたのかもしれない。
意外とそこらへんの気遣いが出来る兄なのだ。多分。
「それならば、フィンに感謝しないとな」
ルイスは自分に寄りかかるリリーに腕を回し、後ろから優しく抱きしめた。
7年間、遠くから見ることしか出来なかった相手が、今は腕の中にいる。
魔族を統べるのは面倒な事も多く、魔王になるつもりなど更々なかったが、リリーと共にいれるならば、やぶさかではない。
抱きしめられて顔を真っ赤に染めるリリーの可愛らしい姿に、愛しさが込み上げる。
「これからは、ずっと一緒にいれるんだな。昔約束したリリーが驚くような魔法も、いつでも見せることができる」
「楽しみだわ!けれど、あなたが魔王だったこと以上に驚く魔法があるかしら」
「そうだな……この国が吹き飛ぶくらいの魔法は使えるようになったぞ」
「……それは驚くけれど、やめてちょうだい」
いつぞやと同じ様な受け答えに、2人は顔を見合わせて、幸せそうに笑った。
始まる前に色々と問題は起きたが、アスコット国で行われた人間と魔族の話し合いは無事に終わり、人間と魔族は和平を結んだ。
その後、魔族の提示した和平の条件は、国民の間で大きな話題を呼ぶこととなる。
条件により魔族の協力が得られ、怪我人の治療や国の復興の手助けになったことも話題となったが、最後の条件が民衆の心を掴んだのだ。
「ルイス・デモニルに、リリー・アスコット第二王女へ求婚する許可を与えること」
あまりに個人的な、条件とも言えないその願いは、第二王女と魔王の出会いの背景と共に純愛物語として民衆の間に広まり、人間と魔族の関係修復に大いに貢献した。
当の本人であるリリーは最後の条件を知り、何という公開プロポーズだと顔を赤くして恥ずかしがったが、今ルイスに愛されて共に過ごせているのも、この条件のおかげなのだと開き直ることにした。
こうしてリリーとルイスは、多くの国民に祝福されながら、幸せな生涯を過ごしたのだった。
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