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第七話「安心と恐れ」

 冒険者の叫びが、4階層の静かな森の中に木霊した。それを皮切りに場は騒然とし出した。


「モーゼスゥゥゥゥゥ!」

「おいおい、どうなってんだ」

「誰にって、あのアサシンにだよ!」


 俺が首をはねたクレリックの名前を叫ぶ声で、他の冒険者たちも我に返った。しかし俺自身は想像を上回る結果にまだ実感が湧かなかった。

 俺がやったのか。目の前に倒れた首のない骸を見ても、そんな今更なことしか浮かんでこない。Sランク冒険者が、こんなにもあっけなく。


「あはは……」

「あいつ、笑ってやがる」


 誰かがそう言った。違う。べつに俺は笑っていない。ただ、どんな顔をすればいいかわからないだけだ。


「クソが! ぶっ殺してやる」

「待て! あいつはおかしい。ただのアサシンじゃないぞ」

「止めるんじゃねえ。あいつが、モーゼスの野郎が殺されたんだぞ!」


 逆上した冒険者が猛然と迫ってきた。振りかぶられた大剣は、少しでもかすれば骨まで砕けることが容易に想像できる。まずい、反応が遅れた。ギリギリ避けられるか……

 しかし俺が動き出すより早く、振り下ろされた大剣を阻むように大盾が割り込んできた。金属同士の激しくぶつかる音が耳を劈く。拮抗したのは一瞬のことで、大剣は大きく弾かれて地面を削った。


「リーダーが死んだみたいだけど、まだ続ける?」


 冒険者の前に立ちふさがったのは、ハルクライアだった。渾身の斬撃を簡単に弾かれた冒険者の男は、ハルクライアの威圧感にたじろいた。


「ニック、退くぞ」

「くっそがああああ!」


 クレリックを殺されたことで他の冒険者たちは既に戦意を喪失していた。俺に襲い掛かってきた男も、仲間に諭されて歯を食いしばりながら退いていく。そうして冒険者たちが3層へ続く扉に消えて行ったのを確認した俺は、溜め込んでいた息をやっと吐き出すことができた。


「…あんた、名前は?」


 武器をしまってこちらに振り返ったハルクライアは、先ほどの光景を間近で見たはずなのにそれほど気にした様子はなかった。


「シンだよ。よろしく……は、したくは無いか。あはは」

「なにそれ。あたしはウィングレイ王国の第一王女、ハルクライア・ベル・ウィングレイよ」


 第一王女? そんなお姫様がなんで冒険者なんかやっているんだろうか。その前にウィングレイ王国なんて聞いたことがない。どこかの小国だろうか。


「一応、礼は言っとくわ。ありがと。それじゃあたし、まだやることが残ってるから」


 ハルクライアはそう言って転移扉に向かって一人、歩き出した。


「一人で大丈夫か? また襲われたりするんじゃ……」


 言いながら、俺と一緒にいるのも同じくらい危険だと思われていても不思議はないことに気づいた。そう考えるとすぐにこの場を離れようとしているのも納得できてしまう。


「あたしのことを心配してるの……?」

「まあ、一応。あはは」


 しかし彼女はそんな俺の考えとは裏腹に、なぜかうれしそうに微笑んだ。


「そ、そう。なら……また今度ゆっくり話しましょ。またね、シン!」


 そう言って小さくてを振るハルクライアは、綺麗な鬢髪を弾ませて扉の向こうに消えて行った。

 4階層に残されたのは俺と、大量の血の跡、そしてハルクライアと入れ替わるように木陰から姿を見せたノキアだけだった。


「驚いたわ。まさかあそこまで一方的に……」


 ノキアは地面を染めた血を見て、目を逸らして一歩後ろに下がった。さっきまでと比べて遠く感じていたノキアとの距離がさらに遠のいた。心なしかよそよそしさも感じる気がする。仕方ないこととはいえ、胸が痛む。


「できればあんまり怖がらないでくれると、って言っても無理だよな…あはは」

「別にそういうつもりじゃ…いいえ。正直に言うわ。私はあなたが恐ろしくなった。他のどの冒険者よりもね」


 ノキアの言葉は容赦なく胸を抉ってきたが、こうして言ってくれるだけ彼女は優しい。最悪こうして会話することも無く、二度と俺の前に姿を現さないという可能性も無いとは言い切れなかった。


 ノキアはさらに言葉を探す様に何か言おうとしているが、なかなか言葉が出てこないようだった。

 仮にここで俺が何か言い募ったところで焼け石に水だ。どんなことを言ったところで、でもあなた簡単に人を殺せますよね、となってしまう。黙って彼女の判断を尊重するしかない。もしこれでノキアが二度と自分の前に現れるなというならそうしよう。


 しかし沙汰を待つ俺にかけられた言葉は、少し意外なものだった。


「けれどそれは裏を返せば、あなたのいるパーティはある意味で、最も安全かもしれないわね。さっき彼女を救ってみせたように」


 冒険者が戦う相手は魔物だけじゃない。冒険者同士ですら争いの絶えない、混沌としたこのダンジョンという場所をアサシンである俺がどう攻略していくか、道が開けた気がした。


「あはは。他の冒険者から仲間を守る、用心棒って所かな」

「早く仲間が見つかるといいわね」


 結局のところそこに行きついてしまうようだ。仲間がいなければ俺がダンジョンを攻略できないことに変わりわない。むしろ対人特化型になったことで魔物との戦いは以前にも増して駄目になって節がある。

 開けたはずの道は真っ暗だった。それでも道があれば進むことができる。改めて、まずは魔物と戦える仲間を探さなければならない。


「ノキアは…」

「お断りよ、バードレスくん」


 改めて、パーティを組んでくれる仲間を探すことにしよう。

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