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第六話「一撃追放」


「はぁ、はぁ…フォートレスゲインっ!」


 複数の冒険者たちと戦いながら、ハルクライアは隙を見て自己強化スキルを掛けなおした。彼女の顔からは最初の余裕は感じられな。動きもかなりギリギリの攻防を繰り広げていた。


「それで何度目だ? そろそろ魔力も限界なんじゃないかな、お姫様」

「確かめてみたら? あんたたちとは格が違うっての」

「チッ…お前ら、焦らなくていい。ゆっくり確実に仕留めるそ」

「くっ…」


 挑発に乗ってこない冒険者たちにハルクライアは焦りを募らせていた。

 いくらパラディンの守りが固く長期戦が得意と言っても、それはあくまで味方が敵を倒してくれることが前提だ。魔力、体力、精神力、そのどれかが切れるのを待つような消極的な戦い方をされるのは、苦しい。真綿で首を絞められているような状態だった。


 しかしこのまま続くかと思われた冒険者たちの攻撃が、突然止んだ。ローテーションで攻撃していた冒険者の一人が動きを止めたのだ。訝しんだ他の冒険者たちが振り返った。


「おい、何やってる!」


 立ち止まった冒険者はその声に答えず、代わりにうわ言のように呟いた。


「この俺が、背後を取られた…?」

「何言って…なんだ、そいつ。どこから現れやがった?」


 動かない冒険者の首に短剣を押し当てて背後に立つ俺の姿に気づいた冒険者たちは、すぐさま警戒して身構えた。


「この辺でやめませんか。あはは…」


 試しにそう提案してみたが、反応は薄かった。一人から二人に増えれば諦めてくれないかと思ったが、そうはいかなそうだ。

 冒険者たちはハルクライアへの攻撃の手を一旦休ませ、代わりにその注意を俺に向けている。ハルクライアも疑念に満ちた目でこちらを見ていた。


「よく見りゃこいつ、アサシンじゃねえか? ぎゃはは! お前アサシンなんかにビビってんのかよ」

「なんだとっ…この! 背後を取られて焦っただけだ。アサシンごとき、さっさとやるぞ」


 冒険者は俺がアサシンと分かった途端、短剣を首に突きつけられていることも構わず片手剣を振りぬいた。

 俺はそれをギリギリのところで躱し、距離を取った。それを見た冒険者たちは、ハルクライアを相手にしていた時のような慎重さを感じさせない雑な動きでかかってきた。格下の雑魚だと見て、完全に舐めている。

 それでも一つでも当たれば致命傷は避けられない威力なのは間違いない。そしてその攻撃が四方から逃げ場なく襲ってくる。


 シャドウステップ。


「き、消えた…!?」


 俺を見失った冒険者たちは困惑した様子で周囲を振り返っている。逃げ場のなかったはずの状況から相手が忽然と消えたのだ。戸惑うのも無理はない。


 シャドウステップは目視できる相手の背後に瞬間移動するスキルだ。自分で移動しているというよりは、転移扉でワープした感覚に近い。何の痕跡も残さず移動するので、そう簡単にはどこに移動したか分からないはずだ。

 しかし彼らはただの冒険者ではない。全員がSランクの実力者たちだ。すぐに見つかってしまうだろう。その前に。


「あんた、なにしてんの」


 シャドウステップで俺が移動したのは、ハルクライアの背後だった。さすがに彼女は俺が背後に現れたことにすぐ気づいたらしい。

 彼女の身長の低いのでそのままではすぐ見つかってしまう。だから俺はかがむことで大盾の陰になるように隠れていた。なんで俺は自分より小さい少女にこんな風に見下されているのだろう。


「あはは、今のうちに逃げ…」


 ガンッと盾で地面を叩くと同時にハルクライアはスキルを発動した。


「デュエルフィールド!」


 デュエルフィールド。パラディンのスキルで、その効果はヘイトコントロール。敵対する者の意識を全て自分に集中させる効果だったはずだ。

 俺を探していた冒険者たちは思い出したようにハルクライアに向き直った。俺の姿も見えているはずだが、既に全く眼中に無いようだ。


「今のうちにさっさとどっか行って!」

「それじゃあ俺がここに来た意味がなくなるっていうか、あはは」

「死にたいの!? 同情なんかいらないから放っといてよ!」


 ハルクライアは吐き捨てる様に言って背を向けた。あの冒険者たちから逃げるつもりはないらしい。

 冒険者たちはハルクライアしか見えていないように様子を伺っているが、決して冷静さを欠いているわけでは無い。もう少し話す時間はありそうだ。


「一つ教えてくれ。あいつらはどうしたら諦めると思う?」


 冒険者たちを睨みつけたまま、ハルクライアは振り返らずに答えた。


「あたしを殺すまで諦めるわけないでしょ」


 その声音からは、まるでそれが当たり前だと言わんばかりの諦観めいた響きがこもっていた。


「わかった、なら戦おう」


 元々そのつもりだった。対人特化型で構成したものの、それが本当にSランク冒険者相手に通用するのか。それを確かめておく必要があった。そこにハルクライアを放っておきたくないという気持ちがたまたま重なっただけだ。


「バカなの!? あんた斥候でしょ!」

「あはは、アサシンだよ」

「同じじゃない!」


 俺は苦笑しながら冒険者たちを見据えた。


 対象は人間。当然人型だ。使用条件その1はクリア。

 使用条件その2、対象の意識が向いていないこと。冒険者たちの意識は完全に俺から外れている。これもクリア。

 その3、背後に回り込む。これはシャドウステップを使えばクリアできる。

 最後の使用条件。それは3つの条件を全て満たした上で、対象のスキル後の硬直に合わせて発動すること。

 他の冒険者たちに指示を出していたクレリックが、支援スキルを詠唱していた。それを確認した俺は機を見計らう。スキルを使った後に一瞬生じる、完全な隙を。


「お前ら、準備はいいか! 行くぞおお!! ブレッシング!!」


 粗野なクレリックの声に冒険者たちが頷いた。クレリックの支援を得た冒険者たちの体が祝福の光に包まれ、ハルクライアへ向かって踏み込む。しかしすんでのところで全員が踏みとどまった。

 クレリックは確かに支援スキルを使った。冒険者たちは祝福の効果を確かに受けた。しかし長年の勘が働いたのか、あるいは何かを感じ取ったのか、いずれにせよ冒険者たちは振り返った。

 しかしその時にはもう遅かった。


「ぉ……」


 振り返った冒険者たちは、何かを言いかけたまま宙を舞うクレリックの顔を茫然と眺めるしかなかった。

 誰一人として動くことができなかった。時が止まったようにすら思えるその中で、宙を舞っていたクレリックの顔が、赤い尾を引きながらぼとりと地面に転がった。

 それに遅れて力を失ったクレリックの体が、真っ赤な血の洪水を流しながら地面に崩れ落ちた。そのすぐそばに立つアサシンの姿を、冒険者たちは信じられないものを見る目で見ていた。


 一撃追放。


 支援効果も、クラス補正も、どんな装備をしていたとしても、全てを貫通する奥義。

 それが対人特化型アサシンの持つ、最強のスキルだった。

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