第五話「対人特化」
パラディンの少女、ハルクライアは鉄壁ともいえる防御力を誇っていた。大盾で攻撃を受けては弾き、剣で的確に相手を行動不能にしている。しかし守りに特化したパラディンではあと一歩、攻めあぐねている様子だった。
それでも一度にSランク冒険者10人を相手にして、全く隙を見せていないその実力は、思わずため息が出るほど素晴らしかった。こうして息をひそめて眺めているとまるで演劇でも見ているような気にさえなってしまう。
「なんでこんな、冒険者同士で争ってるんだ? それが当然みたいに」
「自分たちより先に踏破されないため。それ以外にないでしょう」
ノキアの答えは単純明快だった。
「踏破して願いをかなえられるのは最初の4人だけ。誰かが自分より先に進めば妨害や騙し合い、足の引っ張り合いなんて当然。場合によっては殺し合う。取り締まるギルドも無いからやりたい放題。それがダンジョンよ」
ノキアは感情のこもらない瞳で戦いを眺めながら、無機質な低い声で淡々と説明した。そして最後にちらりとこちらを見て付け加えた。
「だから、他人を安易に信じてはいけないわ。あなたも気を付けて」
まるで自分のことも信じるなとでも言いたげな物言いだ。
「あはは…でもノキアはそんな奴らとは違うだろ」
「中には新規狩り、と呼ばれる冒険者もいるわ。私はそれかもね」
そう言ってノキアはにやりと笑った。きっと冗談に違いないが、この状況でそんなことを言われると分からなくなる。俺は中途半端な笑顔を張り付けて固まるしかなかった。
その間もハルクライアと冒険者の戦いは続く。人数のいる冒険者と違い、休む間もなく攻撃され続けたハルクライアの顔に疲れが見えだしていた。
「それで、どうするんだ?」
「どうもしないわ。ここで終わるのを待ちましょう」
仲裁したり、助けたりは…しないのだろう。ノキアの話を聞く限りこういった諍いはよくあるのだろうし、それに関わって目をつけられれば今度は自分が同じ目に、なんてこともあるかもしれない。
「あはは、終わるって、どうなったら終わるんだろうな」
「どちらかが死ぬか、諦めるまで続くでしょうね」
ここから見ている限りどう見てもハルクライアは追われている側だ。ハルクライアからすれば諦めることと殺されることは同じだろう。対して冒険者側からも諦める気配は見えない。仮に誰かひとりやられたとして、彼らは諦めたりするだろうか。
「あの子を見捨てるのか…あはは」
今の俺が飛び込んでいったところで何の加勢にもならない。そんな自分の無力さを分かっていながら呟いた。ノキアからしてみれば助けないのかと咎められているように聞こえたかもしれない。しかしノキアは気分を害した様子もなく答えた。
「なぜ彼女が負ける前提なのかしら。私には彼女が負けるとは思えないわ。束になってかかっても実力は彼女が上、良くて五分五分ね」
たしかにハルクライアは強い。それはここで見ていて十分に分かった。普通のSランク冒険者が同じSランク冒険者10人を相手に戦えるはずがない。たとえ守りに特化したパラディンであってもだ。それを平然と受け切っている彼女の実力が最上位というのも頷ける。
「でも、あんな風に寄ってたかって悪意を向けられるのは、辛いだろ」
そう呟きながら気づいた。俺は彼女に自分を重ねていたんだ。
たった一人で、大勢から向けられる悪意や敵意。そういった負の感情にさらされる姿と、自分が魔族であると知られたときに受けてきた扱いが重なって見えていた。
「……そうね。でも、私は関わるつもりはないわ。あなたがどうするかは、自由だけれど」
ノキアにそれが伝わったわけでは無いだろう。けれど何か思うところがあったのか、彼女は目を背けた。
そこで俺は、ノキアにあることを切り出した。
「実はスキル構成なんだけど、万能型じゃなくて、対人特化型にしようと思ってたんだ」
ノキアは俺の言った言葉を確かめる様にこちらを見た。そして少しの沈黙の後、彼女は静かに言った。
「…それがどういう意味か、分かって言っているの?」
分かっている、つもりだ。人を殺すことに特化したスキル。そんなものを持っている人間が横にいたらどうだろうか。絶対に嫌だ。そんなスキルを持った相手と関わりたくは無い。もしそれが普段はとても素晴らしい人物であっても、近づきたくはない。
だってその人の気分一つで殺されるかもしれないのだ。
「ダンジョンでは何でもあり、ギルドもないからやりたい放題、なんだろ?」
「そうね。あなたがどんな構成を選んだとしても、ここには咎める人はいないわ。それでも対人特化なんて…本物の殺人鬼のすることよ。どういう目で見られるか、考えるまでもなくわかるでしょう?」
危険であるだけでなく、無暗に不安を駆り立てる。だから冒険者ギルドは対人特化型を禁止しているし、もし見つかった場合は相応の処分を受けることになる。
わざわざノキアに相談するように話したのは、そんな対人特化型を構成することに自分でも抵抗があったからだ。
「あはは…それでも。俺がダンジョンでやれることは、これしかない」
人を殺すためのスキルと言っても、使い方次第だ。冒険者同士での争いが当然のように起こるならきっと役に立つ。
例えば、仲間を他の冒険者から守ったりとか……
そもそも対人特化型のアサシンに仲間ができるとは思えないが、それは今も変わらない。しかし対人特化なら、今一人で戦うパラディンに加勢することくらいはできる。
「……そこまでして、あなたは何を」
ノキアは理解できないという顔で言い淀んだ。しかし彼女が何を言いかけたのかは、なんとなくわかる。
ダンジョンを踏破して、何を望むのか。ノキアの言葉はきっとそういう意味だ。
「居場所が欲しいんだ。平和に暮らせる、そんな場所が」
魔族が自由に暮らせる、そんな場所が欲しい。それが俺の叶えたい願いだった。ダンジョンを踏破すればどんな願いも叶うというなら、今苦しんでいる魔族たちを救ってほしい。そんな大それた願いを叶えるために、俺はここまで来たんだ。
「ッ…居場所…なんて」
ノキアの小さな呟きは、激しい攻防の音でかき消された。
そして俺は迷いを振り切って、スキルツリーへと意識を沈めていった。
スキル[基礎]・短剣技能:最大
スキル[基礎]・敏捷特性:最大
スキル[基礎]・人体理解:最大
スキル[特技]・ヴェノムクロウ:Lv3
スキル[特技]・シャドウステップ:最大
スキル[特技]……
次々とスキルポイントを消費してツリーを構成していく。今は最低限必要な物だけでいい。最後のスキルを解放するために必要な分だけ枝を伸ばしていく。そして、最後の一つ。
スキル[奥義]・一撃追放……最大
評価してね