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第四話「銀髪のパラディン」

 ノキアとあくまで偶然行動を共にすることになっていざ4階層へ。そう思った矢先でノキアから静止の声がかかった。

 そして彼女に先導されるままたどり着いた場所は、宿屋だった。やはりここでもヒトデスライムが働いている。


「泊まる場所も決めないで、疲れて帰ってきた後に探すつもり?」


 そんな当たり前のことを考える余裕すら無くなっていた自分を反省し、大人しくノキアに従うことにした。


「二部屋あるかしら。…そう、なら一部屋で構わないわ」


 ノキアの注文にヒトデスライムは首…多分、を横に振った。それに対してノキアはあっさりと訂正をした。一部屋でいい、と。


「ちょっと待ってくれ。まさか同じ部屋に泊まるつもりか!?」

「……冗談はやめてちょうだい。私は別の所に行くから、ここにはあなたが泊まって」

「そうだよな、あはは」


 白んだ目で睨まれたので、笑ってごまかす。同室は俺としても困るので確認しただけだ。ノキアみたいな美人と寝室で二人きりなんて、絶対ろくなことにならない。


 大きなローブで隠れてはいるが、ただでさえ魔法職の冒険者は肌の露出が多く、体にぴったりと張り付くような変わったデザインの服装をしていることが多い。ノキアもその例にもれず、体のラインがくっきりと出ている。露出こそ少なめだが煽情的と言って差し支えのない服装だった。


 あまりじろじろ見て変な誤解をされたくはないので、強い意志で視線をノキアの体から手元へ移した。

 そう言えばダンジョンの中での経済はどうなっているのだろうか。俺は大して金銭を持っていない。というかモンスターとの戦いに大金を担いでくる冒険者はいない。

 そう思って見ていると、ノキアは一枚のプレートをヒトデに渡した。プレートにはステラのシンボルが刻まれている。何か処理をしたらしいヒトデがそのプレートをノキアに返却した。これで会計は終わりのようだ。


「それじゃあ今日はもう休んで。明日は4階層の扉に集合。いいわね」

「わかった。それで、お金なんだけど…」

「貸しにしておくわ」

「助かるよ。あはは」


 本当にノキアには世話になりっぱなしで頭が上がらない。人間だからといって全て一くくりにするべきではないことは分かっているつもりだ。実際こうしてノキアみたいに親切な人間もいる。だけどもし、彼女が俺を魔族だと知っていたら、その時も同じように接してくれただろうか。


 今更魔族であることを隠すことに後ろめたさはない。そうしないと生きてこれなかったから。

 だけど隠すなら、今度こそ徹底的に。絶対に気づかれないようにしなければ。





 次の日の朝。俺は転移扉の前でノキアを待っていた。続々と扉に入っていく見るからに強そうな冒険者たちを眺めていると、俺と同じように待ち合わせをしている様子の冒険者たちの会話が聞こえてくる。おそらく聞き耳スキルもこんなところくらいしか使い道がないのだろうなと思うと、虚しさがぶり返しそうになった。

 しかし他愛もない会話が多い中で、少し気になる話し声が聞こえてきた。


「聞いたか? 天剣のお姫様がパーティを抜けたらしいぜ」

「天剣か。そういえば最近10階層を攻略したらしいな。原因はそれか?」


「そこまでは知らねえよ。けど、どうせそうなんだろうよ。怖い怖い」

「何でお前が怖がるんだ。俺たちはまだまだトップ層とは無縁だよ」

「違いねえ! がはは!」


 そんな会話をしているうちに彼らは仲間と合流し、扉の中に消えていった。

 会話の内容はそこまで理解できなかったが、上位のパーティでもめ事があったらしい。これまでずっと一緒に戦って来た仲間でも、何かの拍子に諍いや分裂は起こってしまうのだ。それはこのダンジョンの中でも同じで、俺に限った話ではないらしい。


 それにしてもノキア、来ないな。

 冒険者はあまり時間を正確に指定したりしない、ざっくりとした感覚の人が多い。だから彼女も明日とは言ったものの朝とは言っていない以上、どれくらい待たされるか分からなかった。ダンジョンの中のはずなのになぜか存在する空と、朝日が眩しい。


「あら、早いのね」


 涼しげな顔でノキアがやって来たのは、昼飯を求めて腹が鳴り始めたころだった。



「ぐっ…おおおっ!」


 鞭のようにしなって襲い来る巨大なツタを切り裂いて本体へと近づく。

 4階層は森のフロアとなっていた。虫系や植物系の多いこの階層で俺がいま戦っている相手は、厄介な植物系の中でも最悪と名高いワイズ・トレントだった。


 妨害や搦め手が多いと言われる植物系の中でも、トレント種はバフ解除を得意とする強化支援泣かせのモンスターだ。しかしここには支援職はいない。俺にとって重要なのは、比較的防御力の低い植物系にはアサシンの攻撃が効くという部分だった。

 これでも俺はSランクとして戦ってきた冒険者だ。ツタや根で波状攻撃を仕掛けてきたところでその全てを躱し、あまつさえ切り裂くことくらいはできる。


 4階層に入って最初の戦闘で、久しぶりに自分の力が通用することに自信がこみ上げてくる。

 完全に翻弄されたトレントとの距離を詰め、次の踏み込みで本体への攻撃が届く。そう思った時だった。


「ダメ、来るわ!」


 今まで戦闘に参加せず、静観していたノキアが声を上げた。

 来る? トレントがこの間合いでできることは花粉をまき散らすバフ解除スキルくらいだ。俺には何のバフも乗っていないから無視できるはず。

 しかしほぼ同時にばら撒かれた花粉が俺を包んだ途端、全身の力が失われていくような感覚が訪れた。力が本当に抜けているわけではないはずだ。体は動く。しかしまるでデバフでも食らったように足が遅い。

 そして猛烈な速さで俺に叩きつけようと迫る腕ほどもある太さのツタに、全く反応することができない。身体が追い付かない!


「しまっ…」

「灼砕しなさい、ブレス・オブ・ドレイク」


 ノキアの放った炎の顎が俺に迫ったツタごとトレントをのみ込んだ。もがき苦しむことさえ一瞬しか許されなかったトレントは、その体の殆どが灰に消え、残った体も消し炭になっていた。


「無事かしら」


 傍に来たノキアは予想通りといった顔で俺を見下ろしていた。


「ワイズトレントのスキルは把握していたはずなんだけど…あはは」

「あれはワイズトレントじゃないわ。グレイスよ。見た目ではほとんど分からないけれど、私も見たのは初めて」


 ワイズトレントじゃない? トレント種の最上位はワイズだったはず……


「グレイスって…まさか!」

「気づいた?」


 俺は慌てて意識を集中した。脳内にスキルツリーが描き出される。俺のスキル構成は一般的な斥候構成。本来であればそうなっているはずのツリーが、今は全て未開放になっていた。


「スキルリセット…あはは、そういうことか」

「そう。希少種のグレイストレントはリセットポーションの原料にもなる魔物だから、そういうスキルを持っているのは当然と言えば当然ね」


 リセットポーションというのはそのまま、スキルツリーをリセットするポーションだ。スキルポイントは全て返還されるのでもう一度スキル構成をやり直すことができる。ただし超高価なのでなかなか手が出るものではない。

 それと同じ効果を無料でくれる羽振りのいい魔物だと言えなくもないが、戦闘中にこれを食らえばほぼ致命的と言っていい。


「でもそんな貴重な魔物が消し炭になったのは、ちょっともったいないな」

「あら、助けない方がよかったかしら」

「まさか、感謝してるよ! あはは!」


「なら早く再構築してくれるかしら。基礎補正もスキルも何もない状態で魔物と遭遇したらどんな冒険者でも勝ち目はないわ」


 ノキアにも促され、スキルツリーの再構築を始めようと意識を傾けたところで一旦中止した。

 このまま今までと同じスキル構成で良いのだろうか。何の役にも立たないと言われた、斥候としての構成で。

 アサシンのスキルツリーは途中でいくつかに分岐している。それぞれが、補助役としての斥候特化型、ある程度の火力も出せる万能型、そして冒険者ギルドから禁止されている対人特化型。大まかにはその3種類があった。


「どうかした?」

「いや、あはは。この機会にスキル構成を変えようかなと思って」

「斥候型から万能型にということ? 万能なんて名ばかりで実際はただの器用貧乏ではないかしら」


 彼女の言う通り、アサシンの万能型は最初こそ使い勝手がよく便利なスキルが多いものの、敵が強力になるにつれてできることがなくなってしまうというスキルリセット一直線の構成だった。

 ただ俺は万能型に変えようと考えたわけでは無い。少し考える時間が欲しかった。


「そう、だよな。あはは…今日は一旦終わりにしてもいいかな」

「そうね。構わな…私は偶然居合わせているだけなのだから、あなたの好きにすればいいわ」



 ワイズトレントとの戦闘は4階層に入ってすぐの出来事だった。なので3階層へ戻るだけならすぐだ。それでもスキルツリー未構築のままというのは、かなりおっかないので警戒は怠らない。とはいえ今の俺が警戒したところで何も分からないが。


 それでも出口へ近づくにつれ、明らかに戦闘の音が大きくなっているのが分かった。

 やがて他の冒険者が戦っているのが見えてきた。しかし人数が多い。基本である4人パーティではなく、10人は居るように見えた。


「待って。少し様子を見るわ」


 ノキアが先導して大きな樹の陰に隠れた。改めて戦っている冒険者たちを見ると、戦っているのは魔物ではなかった。どう見ても冒険者同士で戦っている。


「一人対…10人くらい? あはは、さすがにひどくないか」

「誰かが誰かを殺すなんて、ここでは日常茶飯事よ。有名になればなるほど、上に行けば行くほど、ね」


 あまりにも平坦なノキアの態度に苦笑いしか出てこない。その言葉通り冒険者たちは本気で殺すつもりで仕掛けているように見える。これが日常茶飯事なんて、あまりにも殺伐としすぎている。

 しかもたった一人でそれに対抗している冒険者は、まだあどけなさを残すような女の子だった。歳は確実に俺より下だろう。


「あの子、あんな小さいのにパラディンなのか?」

「そうね。彼女は多分、ここにいる冒険者の中で最年少じゃないかしら。でもその実力は、最上位よ」


 小さな体で大の大人たちに必死で抗っている、かと思いきやパラディンの少女は襲い掛かってくる冒険者たちを平然といなしていた。その顔に焦りや恐れは見えない。幼く見えても、俺より先にSランクに到達し、ダンジョンに挑んだ実力者であることは間違いなさそうだった。


「あの子の事、知ってるのか?」

「彼女は天剣のハルクライア。ダンジョンの中で、間違いなく5本の指に入る強さを持つ天剣のメンバーよ」


 緑生い茂る森の中で、咲き誇る花のように。ハルクライアの艶めく銀色の髪が躍った。

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