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第三話「1人+1人」

「ここが3層。名前は特にないから、そのままダンジョンの街よ」


 ノキアの案内で2階層の転移門を抜けた先は、いきなり街の広場だった。話には聞いていたが、ダンジョンの中だというのにこの街は、冒険者ギルドのある王都にも引けを取らないほど整然としている。


「あなたはこれから、死ぬか、すべてを諦めるか、あるいは12の試練を超えるまで、基本的にここで暮らすことになる…それくらいは知っているかしら」


 俺は頷いた。ノキアが言ったことを、俺は大げさでもなんでもなく理解している。

 最後のダンジョン。そう呼ばれるこの場所は、相応の覚悟をもって挑まなければならないことは冒険者としての常識だった。


その覚悟とは、文字通りすべてを失う覚悟。死は当然のこととして、諦めることさえも簡単には許されない。もし踏破を諦めてこのダンジョンから出た者は、今まで培ってきたスキルを全て失い、二度と取り戻すことはできない。


 あらゆる願いを叶えるか、逆にすべてを失うか。それがダンジョンという場所だった。

 しかしそれよりも今は、別のことが気になって仕方がなかった。


「ねえ。元のパーティに見つかりたくないのは分かるけれど、挙動不審で逆に目立っているわ」

「あはは、そんなにおかしかったかな」


 万に一つも気づかれるわけにはいかないという気持ちが前に出すぎていたらしい。もし見つかったら、ノキアにも俺が魔族だと知られてしまう。それは避けたかった。


「そんなに会いたくないのなら、まずはそのポンチョを脱いだらどう? それ、自分はアサシンですって宣伝してるようなものではないかしら」


「え、いや。たしかに、あはは…それよりもあれって、なんなんだ?」


 ノキアの言う通りではあるが、それはできない。髪をさらすのは本末転倒だ。気にしすぎなのは分かっているが、強い抵抗があった。なので適当にはぐらかして、話題を変えた。

 指をさした先にあるのは露店だ。いろいろな店がいろいろなものを売っている。しかし売っている店主? に当たるであろう人は、人ではなかった。良くてせいぜいヒトデだった。


「ヒトデスライムの事かしら。あれはああいうものだから、慣れれば気にならないわ」

「いやいや! ああいうものって、どう見てもおかしいだろ? なんでスライムが物売ってるんだよ!」


 露店だけではない、改めて見ると何かしら働いているヒトデのような形をしたスライムがあちこちに見て取れた。スライムが作って、スライムが売って、冒険者が買っている。そんな感じだ。


「この街の機能の殆どはあの労働召喚獣が担っているの」

「なるほど、誰かの召喚獣なのか」

「ええ。あのシンボルを見て。あれは全てのヒトデスライムを管理しているステラというパーティの印よ」


 ノキアが指さした場所には、星の形をモチーフにしたシンボルが描かれていた。それがどの露店にも掲げられている。


「忠告よ。この街にいる限りは、ステラには逆らわないこと」

「はは、それがよさそうだな」


 この街は実質的にそのパーティに支配されているということで間違いない。ステラか。心にとどめておこう。

 ノキアはそのままの流れでどこに何があるか等を親切に教えてくれた。そして一通りそれが終わったところでノキアとの行きずりは終わった。


「じゃあ、そろそろ私は行くから」

「助けてもらった上にいろいろ教えてもらって、本当助かったよ、はは……なあ」

「何?」


 俺は立ち去ろうとしたノキアを呼び止めた。呼び止められたノキアは振り返って首を傾げる。


「良かったら、これから俺と組まないか? もうどこかに入ってなければだけど」

「…ごめんなさい。私はパーティを組むつもりはないわ」

「そっか、そうだよな。あはは」


 ダンジョンを一人で攻略するのは不可能だ。絶対に仲間を探す必要があった。だから、これまでのやり取りで少しは知った仲になったノキアをダメもとで誘ってみたが。あっさり振られてしまった。

 まあ、ダンジョンの中でアサシンと組んでくれる冒険者がいるはずもない。俺の実力をノキアは知っているし、これは当然の答えだ。

 しかし立ち去ろうとした俺を、今度はノキアが引き留めた。


「もう一つ、忠告しておくわ。アサシンと組む冒険者なんて絶対にいない。ここの冒険者たちを甘く見ない方がいい。諦めるなら…」


「諦めるつもりはないよ。たとえ一人でも、俺は」


 ノキアの言葉を遮って言い返してしまった。しかし俺は諦めるつもりはない。絶対に。


「あなた、死ぬわよ」


 きっとノキアの言っていることは正しい。しかし俺は何も答えず、まっすぐにノキアの目を見た。


「…そう。ならこれ以上何も言わないわ。さよなら」





 10年前。


「ここに隠れていなさい。絶対に、何があってもじっとしているんだ」

「お父さんは? ねえ、おかあさん、どこ行くの?」


 父さんは悲しそうな顔で、俺を暗くて狭い場所に閉じ込めた。いつも笑顔か、怒っているかだった母さんはとても悲しそうにしている。いつも強くて憧れだった父さんが泣いているのを初めて見た。

 二人とも、普段は絶対に隠さないと駄目だと言っていた髪の色が、青色に変わっている。


「シン。ごめんね」


 そうして母さんが最後に俺を抱きしめて、離れた後は真っ暗になった。俺は何もできず、言われた通りただじっとしていることしかできなかった。

 何も見えない中で、音だけが聞こえてくる。誰かの悲鳴。何かを壊す音。狂ったように繰り返される一つの言葉。


 粛清、粛清、粛清!


 それが両親との最後の記憶だった。





 ノキアに言われた通り、誰一人としてアサシンである俺とパーティを組んでくれる冒険者は居なかった。

 酒場に入るなりアサシンだと馬鹿にされ、待合では物珍しさで興味は持たれるものの取り付く島もなかった。最終的には珍獣のような扱いで喧伝されそうになり、逃げる様に立ち去る羽目になった。


 きっとジョゼたちもすでにこの街のどこかにいるはずだ。もし見つかったら何をされるかわからない。それに俺が魔族だと言いふらされたりすれば、最初から絶望的な仲間探しがさらにどん底に落ちてしまう。

 気づけば俺は、無意識に4階層への扉へ向かっていた。


「ははは…………はぁ」


 冒険者になってそれなりの年数が経ったが、ここまでの虚しさを感じたことは無い。今までやって来たことが、努力も思いもすべてが無駄だったと思い知らされた気分だった。

 アサシンになったのは別段こだわりがあったわけでは無い。ただ、適性が高かったから。そんな理由で取り返しのつかないクラスの選択をしてしまったことを激しく後悔した。


 もう、どうしようもない。

 それでももしかしたら何か奇跡的に上手くいくかもしれない。そんな漠然とした、何の根拠もなければ可能性も無いに等しい希望に縋って、4階層へ続く転移扉の前に立った。


 死にに行くつもりではない。ただ、半ばやけになっていた。

 何もせずに終わるくらいなら、そんな最後の意地。その意地で絞り出した一歩に、予想外の答えが返ってきた。


「呆れた。本当に一人で行くつもりなのかしら? 無謀を通り越して自殺行為よ」

「ノキア…? どうして」


 まるで待っていたかのように物陰から現れたノキアは、ため息をつきながら近づいてきた。


「それは……それよりも、さっきの質問に答えて。どうなの? 本当に一人で行くつもり?」

「はは、そのつもりだよ。もうそれくらいしか俺にやれることはないしな」

「そう…」


 そしてノキアはそっと目を臥せた。帽子のつばが陰になって表情はよく見えない。自信も何も無くしてしまった今の俺には、改めてノキアをダメもとでもいいから誘ってみる程の軽口も勇気もない。

 いつも通りへらへらしようにも愛想笑いなのか苦笑いなのかも分からない中途半端さだ。


「いいわ。現実がどれほど厳しいかその目で確かめて。そうすれば嫌でも諦めがつくでしょう……それまでは、気が済むまで付き合ってあげる」


「……え? 俺と、組んでるれるのか?」

「組まないわ」

「あはは…おちょくってる?」


「違うわ。私はこれまで通り一人でダンジョンに挑むあなたの後ろに、偶然居合わせるだけ。それだけよ。理解できたかしら」


「それは、まあ。理解はできるけど」


 どうしてそんな回りくどいやり方なのかは意味不明だ。


「俺はありがたいけど、自分のパーティの方は大丈夫なのか?」

「何の話? 私はどこのパーティにも入らないし入るつもりもないわ。何度も言わせないで」


 ようやくわかった。このノキアというウィザードは、少し変わり者らしい。そして困っている人をどうしようもなく放っておくことができないお人よしでもありそうだった。

 そんな風に考えてノキアを見ていると、思わず笑ってしまった。なんだか久しぶりに笑った気がする。しかしそれを見とがめたノキアには少しむっとされてしまった。


「人の顔を見て笑うなんて、失礼よ。バードレスくん」

「あはは、ごめん。じゃあノキア、これからよろしく」

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