第三十話「力を合わせて」
ハルはあからさまにがっかりした様子で肩を落とした。
このタイミングで現れたのがシンでは無いなんて期待外れにも程がある。
「どうなの?」
目の前にやって来たノキアは、何も答えないハルにそっけない態度でもう一度声をかけた。
ノキアがここにいるということは、シンはこの女をうまく説得できたらしい。ならシンも一緒に居てもおかしくないはずなのに、見当たらない。
「あんた…ん?」
ハルは辺りを見渡してもシンがいないことに少しだけ不満を持ちながら改めてノキアの顔を見た。そこで彼女の様子が違うことに今更気づいた。
髪の色が青緑っぽくなってる。
そういえばどうしてノキアとシンが揉めていたのか、後からやってきて少し話を聞いただけのハルは全然知らなかった。
しかし今のノキアを見れば、何かあったとしてもおかしくなさそうだ。
ノキアはハルの視線が少し上に向いていることに気づくと、目を逸らして帽子のつばを下に引っ張った。
あんた、魔族だったんだ。ハルはそう口にしようとしたが、ノキアの様子を見てやめた。
そんなに気になるならちゃんと隠しときなさいよね!
しかしおそらくハルを間一髪で救ったのはノキアの魔法だ。あんな魔法見たことは無いが、あの状況ではそれしか考えられない。
「これ、あんたがやったの?」
「どれのことかしら」
「こ・れ・よ!」
ハルはびしっと滅茶苦茶になった地面を指さした。
どうしてこの女はいちいちとぼけないと気が済まないのだろうか。こういう態度をされるとハルはついつい突っかかりたくなる。しかし助けてくれた相手にはちゃんとお礼を言わないといけない。
だからハルは口が出そうになる気持ちを何とか堪えてノキアの返事を待った。
ノキアはそっけないと言うよりも、なんだかそわそわした様子でハルを一瞥した。
「…まあ、そうよ」
「ふーん」
「……」
そこで変な間が生まれてしまった。
やっぱり助けてくれたのはノキアだったのだから感謝しておけばいいと頭では分かっているのに、ハルは言葉が出てこなかった。今のノキアを見ているとなんだかむかむかしてくる。
ノキアはハルの顔色を窺うように見ている。ハルはそんなノキアを睨みつけた。
なんか素直に感謝したくない。
でもお礼は言わなくちゃいけない。
しばらくその状態でうぅっと頭を悩ませたハルは、無理矢理声を絞り出した。
「そ、一応…感謝しとくわ!」
ハルは何とかそれだけ言うと、ふん、とそっぽを向いてノキアから視線を外した。
ノキアは少し驚いたような顔でハルを見ていた。
「なんてことだ、僕たちの街をこんな…!」
瓦礫の山のようになった場所から、そんな声が響いた。
その声の方を見ると、ノキアの魔法によって蠢く地面に飲み込まれていた勇者が這い出していた。
他の冒険者たちも命からがら這い出してきた様子が、あちこちに見えた。
立ち上がった勇者は怒りに顔を歪めてこちらを見ている。
「もう僕は君たちを許さない。決着をつけよう」
「初めから殺すつもりでしょ。それで、その剣がここまで届くっていうの?」
ハルは呆れ半分に答えた。
今勇者がいる場所からハルたちが居る場所までは直線距離ではそれほど離れていない。しかし足場はいつ崩れてもおかしくないような状態な上、間には地割れによって生まれた深い溝がある。
いくら勇者が強くても武器が剣である以上、近づくことが出来なければ意味はない。
「クッ…ははは! ただの剣士ならそうかもしれないね。でも僕は勇者だ。剣を振り回すだけが能の奴らとは違うんだよ」
しかし勇者は余裕の笑みを讃えた。そして剣先に手を添えて横にかざし、声高々に叫んだ。
「さあ皆、僕に力を!」
そして勇者は魔法の詠唱を始めた。
勇者の剣に魔力が集まり出す。その魔力は留まることを知らず、どんどん膨らんでいく。
いかに勇者と言えど、これほどの魔力を一人で賄うことは出来ない。それほどの異常な魔力が勇者のかざした剣に集中していた。
そんな魔力が一体どこから来ているのか。
「うっ、なんだ…? 魔力が、吸われる」
「待ってくれ!? 今魔力が尽きたら死んじまうよ!」
周りにいた冒険者たちから悲鳴が上がっていた。
瓦礫の山から這い出してきた冒険者も、身動きの取れないままでいる冒険者も一様に苦しそうに呻いている。暗い裂け目の奥深くからも反響した悲鳴が届いていた。
「くっ!」
ハルも自分の中から力が吸い取られていくのを感じていた。
「これは…っ」
ノキアはすぐにスキルで抵抗しようと試みていたが効果はなさそうだ。
勇者は周囲の冒険者から無差別に、それも強制的に魔力を吸い上げている。
スキルで抵抗できないということは、これはドレイン系の攻撃ではない。範囲にしても、これほど広範囲に影響を及ぼすようなスキルを勇者が習得できるなんて聞いたことが無い。
心当たりがあるとすれば、昔話で語られるような、人々の力を束ねる勇者の姿。
「これ、勇者固有の特性ね。勝手に他人の魔力を集めるなんて、質が悪い」
「違うよ、僕たちは力を合わせて倒すんだ。憎い君たちを倒す力になれて彼らもきっと本望だよ。さあ、終わらせよう!」
膨大な魔力を溢れさせ、輝く剣がさらに輝きを増した。
ハルはまだ魔力にギリギリ余裕がある。しかし勇者が詠唱しているのは、どう見てもウィザード最大の魔法であるノヴァを遥かに超える威力の魔法だ。
ハルはノキアを一瞥した。
防ぎきれない。ノヴァ程度なら、ある程度はスキルを超えてダメージを食らうことを前提にすればハル自身は耐えられる。しかし今は万全なんて言えないような状態。魔力を吸われ続けている状態であの魔法を受けるなんて。
今まで幾度とない戦いを潜り抜けて来たハルの直感は、耐えられないと判断していた。
再び追い詰められたことに焦りを感じ始めたハルに、隣に立つノキアは落ち着いた声で呟いた。
「大丈夫よ。シンがいるから」
「大丈夫ってどこが! ……え、今なんて…え!?」
こんな時にまたとぼけたことを言い出したノキアを反射的に怒鳴って、その間に言葉の意味を考え出して思考が止まった。
シンがいる? シン、まさかずっと近くに居たの? 待って、いまこの女シンって言った? 呼び方変わってるけどなんなの?
ハルの頭は一瞬のうちに押し寄せた思考の波に自滅した。
ノキアは、ハルのそんな戸惑いもよそに涼しい顔でスキルを使った。
「来るわ。少しでいいから耐えて。マナリンク」
「ちょっと、もう! サンクチュアリ!」
ハルはわけもわからないまま、来るべき攻撃に備え身構えた。今はとにかく、できるかぎり勇者の攻撃に耐えるしかない。
そして勇者が剣を空高く掲げ、ため込んだ魔力をついに解き放った。
「おおおおおォ! ジャッジメント!!」
魔力は光となって空高くまで伸びていき、まだ薄暗い街を光の線が照らし出す。
それと同時に、ハルたちの直上から光が降って来た。降ってくるというより、とてつもない圧力を秘めて落ちて来た。
雲間を貫いた光の柱は一瞬のうちに迫り、ハルの作り出した魔力の障壁と衝突した。
光によってサンクチュアリの範囲外の地面は一瞬で消滅し、魔力でできているはずの障壁は軋みを上げた。
しかし衝突したこの瞬間、魔力の障壁はまだ耐えていた。
ギリギリだと思っていた魔力が、吸い取られるどころか溢れてくる。
ハルは一瞬だけ戸惑ったが、その理由にすぐに気が付いた。ノキアから魔力が流れ込んできている。そのおかげでハルは魔力の心配をすることなく全力で集中することが出来た。
ちらりとノキアを見たハルは、すぐに勇者に向き直った。
大丈夫、まだ耐えられる。
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