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第二十九話「勝てなくても、負けない」

「フッ!」


 勇者の流れるような剣戟を、ハルは一分の遅れもなく防いだ。


「こっ、の!」


 しかしハルはその場で踏みとどまることなく、衝撃を利用して一度大きく後ろへ下がった。

 勇者が軽い面持ちで放った剣は、一撃一撃がすさまじい威力を秘めていた。並大抵の攻撃ならその場で簡単に弾くハルの技量でも、勇者の剣はそう簡単にいかない。


 やっぱり強い。力も早さも魔力も、他の冒険者とは格が違う。

 耐えるだけなら何とか互角。だけど勇者を相手にしながら他の相手をするなんて無理!

 ハルは一瞬だけ周りを見た。冒険者たちは勇者とハルの戦いを遠巻きに傍観しているだけで、戦おうとする者はいない。


 今はまだおとなしくしてるからいいけど、いつこの均衡が崩れるか分からない。

 なんて思っても、やるしかないんだけど。


 ハルは次の攻撃に備え、すぐに体勢を立て直した。

 しかし勇者は踏み込むことなく、何か思いついたような顔でその足を止めた。


「うん、そうだ! 知らない仲じゃないし、前みたいにパーティを抜けるなら君だけは見逃してあげるよ。そうだよ、それがいい」


 勇者は剣を下げ、自分で言った言葉に満足そうに頷いている。

 隙だらけに見えるが、迂闊なことは出来ない。ハルは油断することなく勇者の出方を伺った。

 幸いハルの戦い方は守りが主体なので、相手が来ないならわざわざこちらから攻める必要もない。


「あたしだけ? パーティが解散すれば、それでいいんじゃないの」

「人殺しの魔族を放置するなんて、とんでもない!」


 勇者は首を横に振って大仰に言った。

 初めから期待はしていなかったけど、この口ぶりだとシンを見逃すつもりは無さそうね。

 ハルは内心でそう思いながら、口をつぐんだ。勇者が勝手に喋ってくれるうちは好きにさせた方がいい。その方が時間が稼げる。

 シンが戻って来るまで、持ちこたえないと。


「聞けば君はその魔族に弱みを握られているそうだね。従うことを強制された上に僕に裁かれるなんて、あまりに不憫じゃないか」


「なに? 弱み…?」


 ハルは怪訝な顔で呟いた。勇者の中でどんな扱いになっているのか知らないが、ハルには身に覚えが無い。5階層で醜態をさらしていたノキアなら心当たりがあるかもしれないが、ハルには特に思い当たる節は無かった。

 滔々と語る勇者はそんなハルの様子を見て何を思ったのか、更に見当はずれな言葉を続けた。


「あぁ、魔族に逆らって復讐されるのが怖いんだね。心配しなくても魔族は他でもないこの僕が責任をもって退治してあげるから、お姫様は安心してダンジョンの攻略に励むといい。おっと、その前に新しい仲間を探すところからかな」


「ど……っ」


 ハルは喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、一度呼吸を整えた。大きく息を吐いて、落ち着く。

 もしかすると勇者は、こうやって煽ることで相手の冷静さを乱そうとしているのではないか。そんなことすら思えてくるが、考えるだけ無駄だ。

 言いたいことも山ほどあるが、言うだけ無駄だ。この勇者には何を言っても話にならないことを、ハルは重々承知していた。

 でも、むかつく。むかつく。


「うんうん。これで全て上手く行くね。本当に良…」

「わざわざどうも。でもおあいにく様。あたしはシンから離れるつもりは無いから」


 ついに我慢できなくなったハルは、勝手に話がまとまったことにしようとしている勇者に向かってはっきりと告げた。

 話を遮られた勇者は不愉快そうにハルを見た。


「ん………………? ここに君を脅す魔族は居ない。そんな嘘をつく必要はないんだよ」


 勇者はハルが言ったことが理解できないといった様子でしばらく固まったかと思えば、何か納得したようにしきりに頷いてそう言った。

 あくまで勇者の中ではハルは被害者ということになっている。ここで適当に話を合わせればまだ時間稼ぎできるかもしれない。

 しかし一度口を開いてしまったハルは、開き直って言いたいことを言うことにした。


「あのねえ、あたしが握られてるのは…弱みじゃなくて心なの!」


 ハルは大きく張った胸にドンと手を当てた。

 初めて会ったあの時から、あたしの心はとっくに掴まれていた。確かに弱み。惚れた弱みね。

 惚れた弱みでもうしばらく我慢するから。だからシン、早く戻ってきてよね。

 ハルは瞳に決意を込めて、改めて盾を構えた。


「…かわいそうに。魔族に洗脳されておかしくなってしまったんだね」

「はァ?」


 勇者はそんなハルを見て、悲しそうに頭を抱えて天を仰いだ。

 今の自分の台詞を聞いてそんな風に受け取られるなんて思ってもみなかったハルは、思わず声を上げた。思わず気が抜けそうになる。

 しかし勇者がこちらを見据え、剣を構えたことでそんな気も吹き飛んだ。


「ならせめて、勇者である僕の剣で君をその呪いから救ってあげよう!」


 勇者は悲痛な声で叫ぶと、再びハルへの猛攻を開始した。

 ハルはその攻撃を全て受け切って捌いていく。盾で、それが間に合わなければ槍で。

 しかし絶え間なく続く攻撃を弾くことも受け流すこともできず、全て受けざるを得ない状態というのは、ハルにとっては良い状態とは言えなかった。

 そして重すぎる攻撃は徐々にハルの防御を崩し始めた。


「くっ、さっきまでは全然本気じゃなかったってことね…!」

「流石だね、でもそろそろ限界かな」


 このまま息つく暇もなく攻撃を続けられると危険だ。一旦体制を立て直さないと。

 ハルは多少無理をしてでも反撃するべきか逡巡したが、振り払う。焦って動けば致命的な隙になりかねない。

 やがて勇者も体制を立て直すためか、一度攻撃の手を休めかなりの距離を取った。

 これだけの距離があれば十分な余裕がある。

 この間に自己強化スキルを発動すれば、まだ余裕を持って耐えられる。


「フォートレスゲイン、セイク…」

「ホーリーロード」


 ハルがスキルを発動した瞬間、勇者もまた、スキルを発動した。

 しかし勇者が発動したスキルは自己強化ではない。剣を真っすぐにハルへ向けた勇者の足元が輝く。

 そしてその輝きはハルへと伸びていく。一瞬にして勇者とハルを繋いだその輝きは、まるで光でできた道のように見えた。

 光の道は、勇者に道を示すように輝いている。

 一方でその光に足元を捉えられたハルは、全身から力が吸い取られ一切の身動きを取ることが出来なくなった。


「しまっ…!」

「複数のスキルを連続で使えばそれだけ隙が生まれる。距離があれば大丈夫だと思ったかい?」


 スキル・ホーリーロード。敵に対して確実にとどめを刺すために使われる、勇者のスキル。光でつながれた対象は身動きが取れなくなり、この状態での術者の攻撃は対象の生身を切り裂く必殺の剣となる。

 だからパラディンの防御力も、スキルの効果も、今は意味がない。


 勇者にはこのスキルがあることは分かっていたのに。ハルは今更になって自分が焦っていたことに気が付いた。

 自分で勝負を決める手段を持たないハルにとっては、いつになれば終わるのか分からない先行きの見えない戦いだった。

 勇者は余裕の笑みでハルを見据え、ゆっくりと助走をつけて光の道を走り出した。

 ハルは何の抵抗もできず、それを見ていることしかできない。勇者がここにたどり着くまでが自分に残された時間なのだと。


「や…嫌!」


 初めて目の前の勇者を怖いと感じた。

 ハルにとって死の恐怖なんて感じるのは、いつぶりか分からないほど縁遠いものだった。

 どんな強大な魔物が相手でも、絶対に負けない自信がある。自分より強い冒険者はたくさんいる。


 それでもあたしは負けない。勝てなくても、負けない。恵まれた才能が、力があったから。

 でもそれが通用しないなら。

 あたしはただの子供だ。


 ハルは目を逸らすこともできず、剣を構えて迫る勇者を凝視した。盾と槍を持つ自分の両手がいつの間にか震えていることにも気づかない。


「終わりだ。おおおおおォ!!」


 そして目前まで迫った勇者が剣を大きく振りかぶり、その間合いにハルを捉えた。

 嫌だ。まだ死にたくない。だって、やっと……


「…助けて、シンっ!!」


 ハルの頬に涙が伝った。



 その瞬間、小さく澄んだ声が誰の耳にも届くことなく響いた。


「ディザスター」


 地面が割れた。


「なにっ!?」


 剣が振り下ろされる直前、突然の地鳴りが響いた。ぐらつく足元によろめいた勇者は、剣を振り下ろすことが出来ずたたらを踏んだ。

 その直後、ハルと勇者の間を分断するように地面が割れた。

 そのまま地面は異常な速度で激しく陥没と隆起を繰り返し、まるで生き物のように蠢いた。この場にいた冒険者も、あたり一帯にある建物もすべて飲み込み、乱高下を繰り返し悲鳴が響き渡る地獄のような光景だった。


「な、なんだ!? うわあああああああ!」

「たす、助けてくれえええ…」


 冒険者たちはわけもわからず慌てふためき、地面から逃れようと必死で藻掻いている。しかし藻掻いて拠り所にする場所も地面につながっていため、抵抗空しく飲み込まれていく。

 しかしそれはハルのすぐ手前までで綺麗に止まっている。


 やがてその天変地異は収まり、広場だった場所は滅茶苦茶な瓦礫の山と化していた。

 光の道もいつの間にか霧散し、自由になったハルは目の前の惨状を呆然と眺めた。

 しかし後ろから聞こえて来た足音を耳にして、パッと弾かれたように振り返った。

 今ハルがいる場所から後ろにあるのは転移扉だけ。そちらからやって来たということは、そこにいるのは。


「シ…」

「無事かしら」


 そこに居たのは、なんとなく鼻につくしぐさで髪をかき上げる姿。

 見慣れた巨乳をぶら下げたウィザードの女だった。

おねがいします

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