第二十八話「勇者の戦い」
遅い!
ハルはたった一人で冒険者たちを押し留めていた。
シンを2階層に送り出してからもうどれくらい経っただろう。冒険者たちの攻撃を捌き続けるハルは休む暇がない。
「クソ! 全然効かねえッ」
ハルにとっては聞き飽きた台詞を吐き捨てながら冒険者の男が下がっていく。入れ替わるようにして現れた冒険者の攻撃も盾で弾いて吹き飛ばす。
この程度の冒険者がいくら束になろうとも後れを取ることは無いが、それでもハルは思ってしまう。
「あたしはいつまでこいつらの相手をすればいいの!?」
いつの間にか地面をドロドロに溶かしていた溶岩もすっかり冷えて黒くなっていた。なぜかは知らないが、ここに来た時はまだ熱々だったのに。
この転移扉の前の広場はすっかり夜風で涼しくなってきた。しかしずっと動き続けているせいでハルの汗は止まらない。
こうも戻りが遅いと、シンとノキアは二人でいったい何をしているんだとか、もしかしてシンも一緒になって出ていってしまったんじゃないかとか、そんな想像が脳裏をよぎる。
約束したんだから、絶対に帰ってきなさいよね。
そんな考えを振り払いながら、ハルは次の冒険者の攻撃を受けるため盾を構えようとした。正面は盾で弾く、左は剣で、後ろは弾いた盾をそのままぶつけて…
「流星剣!」
しかし視界の端で閃いた剣閃が唐突に嫌な予感を感じさせ、ハルは反射的に正面に飛び込んだ。正面にいた冒険者ごと盾で押し飛ばし、すぐにその場を離れる。
次の瞬間、今までハルが居た場所が爆発したように弾けた。爆風が巻き起こり、ハルは盾でやり過ごす。近くにいた冒険者たちは耐えられず吹き飛ばされていた。
やがて砂埃が収まり、爆風の中心に一人の男の姿が現れた。
翻ったマントをなびかせ立ち上がった男は、真剣な顔つきで冒険者たちを見据えた。
「君たち! 凄腕の冒険者が寄ってたかって何をしているんだ!?」
「ゆ、勇者イル!?」
冒険者たちは自分たちに向けられた男の視線にたじろぎ、後ずさった。
ハルも、自分に視線が向けられているわけでもないのに思わず身構えた。
ここにいる全員がこの男のことは知っていた。
勇者イル。この男はダンジョン最強のパーティ、ステラの一人だ。
「違うんだ、もうちょっとで決着がつくから…」
「言い訳は聞きたくないな。君たちは、僕が言った言葉を覚えているかい?」
「そ、それは…」
弁解しようとした冒険者の言葉に一切耳を貸さず、勇者は冒険者たちに向けて問いかけた。
しかし冒険者たちはばつが悪そうに目を逸らし、何も言わない。それを見た勇者はやれやれとでも言いたそうに腕を上げて首を横に振った。
この状況だけ見れば、勇者は冒険者たちを責めているように見える。知らない人がここだけ見ればひとりで戦うハルに加勢に入ったように映るかもしれない。
しかしハルは知っていた。この勇者は決して自分の味方ではないということを。
勇者が責めているのは、冒険者がハルを襲ったことではない。
「僕は夜明け前までにアサシンのパーティを壊滅させろと言ったんだ」
言い淀んでいた冒険者にしびれを切らした勇者は、自らそう言った。
そして勇者は目の前の冒険者の肩に手をのせて更に続けた。
「それに君は自分に任せてくれと名乗りを上げた。それがこの体たらく…いや、君たちには荷が重かったのか。すまない、君たちに任せた僕の責任だね」
勇者は一人で喋って、一人でうんうんと頷いて何か納得している。自分より背の低い勇者を前にした冒険者は何もできずに固唾をのんでいた。
ハルは油断なくその様子を伺いながら、内心焦っていた。
誰も何も言えないのは、それだけ勇者の実力が並外れているからだ。もしハルと勇者が一対一で戦えば、ハルでも負けないと言い切ることが出来なかった。
わざわざこんなところまで出て来て、勇者が話だけしてそのまま帰るなんて思えない。
勇者の相手をしながら他の相手もするなんて、ちょっとやばいかも。
「よし、わかった。ここは僕がやろう。君たちはそこで勇者の戦いを見ているといい」
殆ど一人で喋っていたのに、なぜか話が付いたような雰囲気で勇者は頷いた。
勇者の意識から外れた冒険者たちはあからさまに安堵した様子で胸をなでおろしている。
そして勇者はハルを見た。今度はこちらが勇者の相手をする番だ。
「やあ、お姫様」
「どうも。結局これも、ステラの差し金だったってわけ」
気障な笑みを浮かべる勇者に対して、ハルは眉をひそめた。
友好的な顔をしていても、この勇者は決して甘くない。そもそも冒険者との話でアサシンのパーティを壊滅させると断言していた以上、勇者はハルの敵だった。
それにハルはこの男のことがどうにも好きになれなかった。
この勇者は人の話を聞かない。というか、会話にならない。全部自分の中で勝手に決めているから、誰が何を言っても意味がない。
話すとイライラするから本当はこんな奴と話したくないんだけど。
「差し金なんて言い方はよしてくれ。僕はこのダンジョンの治安を任された一人として残虐非道な魔族のアサシンを捨ておくことは出来ないんだ。心苦しいけど、みんなの為にやるしかないんだよ」
「あっそ…っ!?」
勇者の陶酔した口調に辟易としていると、その姿が突然ぶれて消えた。
ほぼ同時に剣閃がハルを襲う。
一瞬で全神経を集中して身構えていたハルは、ギリギリのところでその攻撃を盾で受けた。
「だから、そこをどいてくれるかい? お姫様」
「このっ…」
うすら笑いを浮かべる勇者は、防がれた剣をそのまま押し切ろうと力を込めた。
ハルはそれを何とか押し留めながら、歯噛みして睨みつけた。
本当にシンは何やってんのよ!
*
「ふぅ…やっと着いた」
俺はノキアを連れて3階層の街へ続く転移扉の前にたどり着いていた。
全力で移動したが、それでもノキアの説得を含めるとかなり時間がかかってしまった。
「あの…」
すぐ近くからノキアの囁くような声が聞こえた。耳にかかった吐息にくすぐったさを感じながら、俺は少し上がった息を整えてノキアを見た。
「ごめん、ハルを一人で残してきたから急ぎたくて」
「それはもう分かったから…降ろしてくれるかしら」
ノキアが俺の手を取った後、俺は立ち上がったノキアをそのまま抱きかかえて移動することにした。これならノキアが遅れることもないし、隠蔽スキルも使える。
大した説明もせずにいきなり持ち上げられたノキアは戸惑っていたが、走りながら事情を説明しておいたので多分大丈夫だ。
「あはは…そうだね」
しかしここまでくればもう大丈夫なので、ノキアに言われるままに俺はノキアを降ろした。
地面に立ったノキアはよれた服を軽く整えているが、ゆっくりしている時間もない。ノキアもそれは分かっているようで、すぐにこちらを見て頷いた。
それに俺も頷き返す。
「よし、行こう」
ハル、今戻るからもう少しだけ待っててくれ。
評価してねっ




