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第二十六話「胸のうちにあったもの」

 ノキアは座り込んで膝を立て、自分の腕に顔をうずめてしまっている。


「全部諦めてダンジョンから出たとして、その後はどうするんだ?」


 俺だけ立ちっぱなしで話をするのはやりづらい。俺はノキアの隣に腰を下ろしながら彼女の様子を伺った。

 しかしノキアは何も答えない。


「外に出ても、ずっとそんな顔しながら生きていくことになるんじゃないか?」


 ダンジョンの外に出ればその冒険者のスキルは全て消失し、二度とスキルを使うことは出来ない。それなのに魔族という種族は変わらずノキアについて回る。

 外に出た後も、今回みたいに何かの拍子で魔族だと知られてしまうことがあるかもしれない。今は自力で対処できることも力を失ってしまえばそうもいかない。今外に出ても、ノキアが安らげるようになる未来は想像できなかった。


 また無視されてしまったかと思い、思わず苦笑しそうになる。しかしノキアは今度は顔を少しだけこちらに向けた。


「…あなたに、何が分かるのよ」

「それが実はわからないんだ。あはは」


 ノキアは特に反応を見せず、俺の愛想笑いだけが静かな空間に空疎に響いた。

 俺は、確かにノキアのことはよく分かっていない。知ったようなことを言っていても、ただの想像だ。実際本当にそうなるかは分からない。ノキアがどう考えているのかも分からないし、そもそも腕に隠れていて今のノキアの表情なんて分からない。


 ノキアが魔族だと知った時はきっとお互いすぐに分かり合えると思っていたが、そんな簡単にはいかなかった。

 話を聞いた後でも、仲間を失って辛いという気持ちはわかるが、それだけだ。少なくとも俺は人間になりたいなんて思ったこともなった。

 多分それは、ノキアから見ても同じなんじゃないだろうか。俺がノキアのことを分からないように、ノキアも俺のことを分からない。

 それでも俺はノキアから話を聞いて少しは彼女のことが分かった気がする。


「俺が何のためにダンジョンに来たか、聞いてくれるか?」

「……」


 ノキアは何も言わないが、無言の肯定と捉えて勝手に話させてもらおう。

 別にノキアは俺のことを知りたいなんて思っていないかもしれないが、構わない。


「あはは、まあすぐに済むから。小さい頃、俺は家族と普通に暮らしてたんだ。街だったから当然魔族ということは隠して。だけどある日、突然家にやって来た軍人たちに襲われた。俺は親に言われるまま隠れて何とか捕まらずに済んだけど、両親がどうなったかは分からない。それからはどうにか一人で生きてきた」


 あまりにも淡白な身の上話だが、ずっと昔のことだし正直はっきりとは覚えていないから仕方がない。ただそういうことがあったということだけ伝わればいい。


「魔族としては、よくある不幸話ね」

「あはは、やっぱり?」


 ノキアは大した感慨もなくそう呟いたが、本当にそういうものなのだと思う。きっと俺の身の上なんて世の中にありふれているようなものの一つに過ぎない。


「それであなたは、どう思ったの?」

「悲しかったし、おかしいって思ったよ。でもどうしようもないものだって思ってた」

「でしょうね」


 予想通りの答えだったらしく、ノキアの声はあっさりとしたものだった。


「けどダンジョンのことを知った時、思ったんだ。なんでも願いが叶えられるなら、どうにかできるんじゃないかって」

「え?」


 ノキアが顔を上げて不思議そうに首を傾げた。

 もしかするとここが俺とノキアの考える方向の違いなのかもしれない。


「どこにいても魔族は迫害される。なら、そうならない場所を作ればいいだろ?」


 ノキアの表情は不思議なものを見るものから怪訝なものへと変わっていった。

 普通なら個人でどうにかできるような問題じゃない。けれどダンジョンが本当にどんな願いでもかなえてくれるなら。


「俺は魔族が辛い思いをしなくていい、ただ普通に暮らせる場所が欲しい。それがどんな形かは分からないけどね、あはは」


 ノキアは俺の真意を探るようにこちらを見つめていた。

 少しの間をおいて、腑に落ちたようにノキアは呟いた。


「…前に居場所が欲しいと言っていたのは、そういう意味だったのね」

「だからノキアにはここで出ていってほしくない。改めて頼むよ。俺の仲間になってくれ」


 

「……嫌」


 ノキアは再び自分の腕に顔をうずめてしまった。首を横に振りながら否定する様は、なんだか子供が駄々をこねているみたいだった。

 俺の思いに賛同とまではいかなくとも、少しは迷ってくれると思っていた。それだけにここまであっさり拒絶されたことに慌てて、俺はさらに言葉を重ねた。


「例えば魔族だけの国とか、そんな場所があれば俺たちだってもう人目を気にしなくても良くなるんだ。その方が今よりずっと良いってノキアだって……」


 しかしノキアは俺の言葉を遮るように、被っていたとんがり帽子を地面に叩きつけた。やわらかい素材でできた帽子はぼすっと響かない音を立てて地面に転がった。

 それを見て思わず口をつぐんだ俺を、ノキアは睨んだ。帽子の陰が無くなったことでその顔がよく見える。普段は楚々とした様子を崩さない美しい顔は、少しやつれて見えた。


「私はもう終わってるの……魔族なんてどうでもいい、魔族に生まれてきた方が悪いのよ」

「な、お前も魔族だろ!」


 つい荒くなる口調を抑えられなかった。

 魔族が嫌いだと、ノキア自身がそう言っていたことを今更思い出す。だとしてもこんなことを言うのは許せなかった。

 他の人間がそう言うのは、もう仕方ないのかもしれない。

 けど魔族が自分でそんなことを言ってしまったら、認めてしまっているようなものだ。

 俺がそんな言葉を返そうとする前に、ノキアの荒い声が響いた。


「ええ、そうよ。全部私が悪いの…! 私が仲間になんかならなければ皆はきっと余裕を持ってダンジョンに挑めた」


 ノキアの語気はだんだんと強くなっていく。捲し立てられる言葉に俺は口をはさむことが出来ない。


「魔族の過剰な魔法が無ければダンジョンの攻略はもっと慎重になるはずだったし、私が魔族だということを心配して周りの冒険者から距離を取ることもなかった!!」


 そして最後は肩を落として、ノキアは再び俯きがちに目を伏せた。


「私が人間に生まれていたら、もしかしたらみんなと一緒に夢を見て……きっと、あの時みんなと一緒に死ねたのに」

おねがいしますっ

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