第二十五話「闇の魔法と分のある賭け」
行く手を阻まれたノキアは杖を握りしめ、怒りを隠そうともせずに俺を睨みつけた。
「いい加減にして……!」
「ごめん、だけど…っ!?」
「グリム・ガスト」
ノキアは問答無用で魔法を放った。
風が吹いたと思った瞬間、俺は迫り来る黒い刃を咄嗟に回避した。
しかしノキアの周りには未だに黒い風が渦巻いている。その風の刃が次々と容赦なく俺を襲う。空間ごと切り裂いているかのようにすら見える黒い風は、何の抵抗もなく地面を切り裂いている。
一度でも当たれば確実に致命傷になる。そんな攻撃を俺は全力で回避し続けた。
ウィザードに対しての有効な戦い方は距離を詰めること。距離が近ければ魔法で自分を巻き込んでしまうし、魔法スキルは隙が大きい。だから魔物と戦う時も後衛として動く。
しかしこの魔法は常に術者の周りを風の刃が渦巻いているせいで近づくことが出来なかった。
俺はひたすら一方的な攻撃を回避し続けるしかない。
「どうして私に構うの…どうして放っておいてくれないの!」
「それは……」
もしノキアが自分で全て納得したうえで決めたことなら、ダンジョンを出ていくのは仕方が無い事だと思う。
しかしノキアの話を聞いて、そんな納得なんてものとは程遠いものにしか思えなかった。今のノキアは絶望して、自暴自棄になっているようにしか見えなかった。
自分を受け入れてくれる仲間を突然失って、それが冒険者たちが勝手に決めたルールによるものだったと知れば、今までやって来たことが全部無駄だったと感じてもおかしくはない。
俺に関わったことで起きた今回の騒動も、ノキアにとっては傷に塩を塗られたようなものだ。
せっかく出会えた同じ魔族がそんなつらい思いをしているのに、放っておけるわけがない。
もちろんそういう気持ちもある。
だけど結局のところ俺が言いたいのは。
「全部諦めたなら、その力を俺に貸してくれ」
俺はダンジョンを踏破したい。そのためにもノキアにはこれからも一緒にいてほしかった。
「っ…あなたの都合に、これ以上私を巻き込まないで! アビスゲート!!」
ノキアは俯き、悲痛な声で絞り出すように叫んだ。
また知らない魔法だ。魔族の力を解放してからノキアが使う魔法はどれも知らない魔法ばかりだった。これほどの威力があってただのマイナーなスキルということはあり得ない。もしかすると俺と同じように魔族特有のスキルなのかもしれない。
ひたすら風の刃を回避しながらどんな魔法なのかと身構えるが、何も起きているように見えない。
「っ!?」
攻撃を回避して着地する瞬間、突然地面を踏みしめる感覚が消えた。
下を見ると地面だった場所がいつの間にか真っ黒な粘り気のある液体に変わっていた。咄嗟に抜け出そうと藻掻くが、底なし沼のように体がずぶずぶと沈んでしまう。さらにそこから黒い水が触手のように伸びて体に絡みついてきた。
短剣で触手を切るが、全く効果のない様子で切ったそばから再び元に戻ってしまう。すぐにその腕も絡みつかれ、身動きが取れなくなってしまった。
どれだけ素早く動けても、こうなってしまってはもうどうしようもない。
沼に沈むのが先か風の刃で切り裂かれるのが先か。しかし風の刃は動けなくなった俺を襲うことは無かった。
ノキアが動けなくなった俺の方へ、あるいは扉の方へ歩いてきた。
俺に向かって飛んできていないだけで、風の刃は未だにノキアの周りを渦巻いている。ノキアはまだ俺を警戒しているのだ。
「嘘つきのあなたに、ここで諦めるなら、なんて言うつもりはないわ。私が出ていくまでそこでそうしていて」
俺を見下ろしてそう言い残したノキアは、足早に扉に向かって歩き出した。
「ノキア!」
呼びかけてみても当然ノキアは足を止めることは無い。
ノキアは俺にとどめを刺さなかった。思い返せば最初からそうだった。口では何と言っていても、ノキアはどこまでも相手に優しい。きっと、時には自分が損するほどに。
「ノキア、今からそっちに行く」
俺は通り過ぎていったノキアに向かって宣言した。
俺はこれから、それを分かったうえでノキアの優しさを利用する。もし俺が思う以上にノキアがダンジョンから出ていきたいと思う気持ちが大きければ死ぬかもしれない。
「やめなさい、死ぬわよ」
ノキアは振り返らないまま、静かに呟いた。
大丈夫、これは分のある賭けだ。相手の優しさに付け込むなんて酷いとは思うが、やるしかない。
「シャドウステップ」
俺はノキアの背中を見て、発動した。
もしこれでノキアが魔法を止めなければ、ノキアの背後に移動した瞬間に俺の体は無数の風の刃に切り裂かれることになる。
だがノキアは絶対に魔法を止める。そのために今から行くなんて言葉をわざわざ先に伝えた。
ノキアは俺が何をしようとしていたか理解していた。そのうえで忠告もしてきた。それでも俺はシャドウステップを強行した。
後はノキア次第だ。
次の瞬間、俺はノキアの背後に立っていた。
「どうしてそこまでするの。もし私がスキルを止めなかったら、あなたは死んでいたのよ…」
ノキアはゆっくりと振り返った。しかしその顔は俯いていて伺うことは出来ない。
ノキアの言う通りだ。回避に特化したアサシンでは、多少の攻撃ならともかく、あの魔法を受ければ耐えることは出来ない。
だが、実際ノキアはスキルを止めて、俺はこうして無事でいる。
「あはは、ノキアは止めてくれると思ってたから」
戦う気概が削がれたのか、ノキアは杖を下げてそのまま力なく項垂れた。俺もこれ以上あんな攻撃を回避したくはない。
「舐められていたのね。私には人は殺せないと」
「そういうわけじゃ…いや、ごめん」
「いいわ。どうせ本当のことだもの」
何もない地面に視線を移したノキアは、自嘲しながらその場にへたり込んだ。
どう言い訳したところでノキアからしてみれば同じことだ。舐めたやり方だったと言われれば、確かにそうだった。
しかし後悔するつもりは無い。これでようやくノキアとの話を……いや、説得を始めることが出来る。
よろしく!




