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第二十四話「残る理由は一つもない」

 それから少し経ったある日。いつもの集合場所に行っても誰もいなかった。

 今までそんなことは無かった。私はみんなを探し回った。でも結局見つからない。

 代わりに何があったのかは次第に分かっていった。

 真っ先に探したのは私以外の3人が泊まっていた宿屋だった。


「なんだこりゃ、派手にやったなー」

「あれだよ、最近すげー強い奴らが来ただろ? そいつらもう9階層攻略したらしいぜ」

「それで、こうなったわけか。お疲れさん」


 私は倒壊した宿を見て呆然と立ち尽くした。通りには誰かが戦った跡。その隅には、見覚えのある装備の破片が散らばっていた。

 彼らがそう簡単にやられるはずがない。

 そんなこと、あるはずがない。


 私はその後も彼らを探した。けれど探せば探すほど、分かってくるのは冒険者たちによる暗黙のルールばかり。

 それはどれも、ダンジョンの攻略を冒険者同士で阻むものばかりだった。

 その中の一つ。9階層以降の攻略は”ステラ”との話し合いのうえで行うこと。

 9階層以降の上層は、ステラを筆頭にして完全に一部の最上位パーティによる睨み合いが続いていた。そこに無断で足を踏み入れたパーティには、制裁が下るという話だった。

 周りの冒険者には目もくれず9階層を踏破してしまった私たちは、ステラの制裁を受けたのだ。

 人の多い場所は落ち着かないからと、自分だけ人気の少ない場所に寝泊まりしていた私だけが助かってしまった。

 それを知った私は、どうしようもない虚しさを感じた。


「こんなふざけた話……っ」


 一人で無意味に叫ぶ気力すら無くして、私は一人項垂れた。

 それからしばらくの間、私は日々を無為に過ごした。そしてふと、こんなところに居ても何の意味もないことに気づいた。

 いつまでも無益な争いを続けていればいい。

 もう、この場所から出ていこう。



「そう決めて2階層に入った矢先、魔物に襲われているアサシンを見つけた。それからのことは、あなたも知っての通り。気づけばここまでズルズルと来てしまった」


 そう言ってノキアの話は終わった。そのアサシンというのはつまり、俺のことだ。

 ノキアが話を終えても、俺はかける言葉が見つからなかった。彼女も俺が聞いたことに対して答えただけで、下手な慰めなんか望んでいないだろう。


 話を聞いて分かったことは、ノキアが自分で言っていたように彼女がダンジョンに来たのは、仲間に乞われて成り行きのようなものということ。冒険者同士の決まり事は俺が思っていた以上に厳しいということ。

 そしてノキアは俺と会う前から出ていくつもりで、おそらく俺と会ったせいでそれを先延ばしにしていただけだということ。

 あの時助けてくれたのは気まぐれか、お人好しのノキアのことだから放っておけなかったとかそんな理由だろうか。


「なんであの時助けてくれたんだ?」

「…私はすっと人間になりたかった」

「え?」


 ふと気になって口に出した問いかけに、ノキアは突然そんな言葉を返した。


「困った人を助けたり、誰かの為に何かをしたり、そうして人間の輪の中に入って、人間の為に何かしていると、自分が人間に近づいているような気分になれたわ。私は昔からそうやって生きて来た。魔族ということさえ知られなければ、私は誰かに必要とされる。だから、あの時も…」


「だから死にそうだった俺を助けてくれて、その後もなんだかんだ付き合ってくれたってことかな、あはは」

「それで助けた相手が魔族だったなんて、滑稽よね」


 俺は言い淀んだノキアの言葉を引き継いだ。

 それに対してノキアは無気力な顔で自嘲した。

 どんな理由があったにせよ、それで俺が助けられたことに変わりはない。たとえノキア自身がどう思っていても。


「だから、そうね。私に願いがあるとすればそれは、人間になること、かしら。でもそんなもの、もうどうでもいい。全て諦めたの」


 ノキアは力なく笑った。

 さきほどの話を聞いた時、てっきりノキア自身には特別叶えたい願いなんてものは無いのだと思っていた。

 しかしただ仲間の為という以外にも、ノキア自身にも叶えたい願いがあったらしい。

 もしそこにほんの少しでも未練があることが見て取れたなら、引き留める理由になったかもしれない。けれどノキアからはそんな様子はひとかけらも感じられなかった。

 ノキアにとってはもう全て終わったことで、今更俺が何を言っても彼女の気持ちが変わるとは思えない。


「これが私のダンジョンに来て、出ていく理由。そして残る理由は一つもない。もういいでしょう、そこをどいて」


 ノキアは義理は果たしたとでも言いたげに俺を睨んだ。

 俺はその視線に耐えられず、思わず目をそらしてしまった。


 ここまで来ておいて、ノキアの話を聞いてもどうすればいいのか分からない。

 ノキアが俺にされたことを気に病んでの行動だったなら、謝罪と償いができた。何か別の悩みがあるならそれを手助けすればいい。だけどもう何もかも終わっていて、すべてを諦めているなんて思っても見なかった。


「それともあなたも一緒に出ていく? たとえどんな願いがあったとしても、ここにいるのは不毛なだけよ」


 不甲斐なく躊躇う俺を見て、ノキアはそんな提案をしてきた。

 願いを叶えられるのは最初にダンジョンを踏破したパーティだけ。しかしノキアの話を聞いた今となっては、それがどれだけ危険なことか嫌でも分かる。

 最上位の冒険者たちは足の引っ張り合いなんてものではなく、完全な冷戦状態なのだ。そこへ下手に手出しをすれば、その矛先がすべて自分たちに降り注ぐことになる。今まで襲ってきた冒険者でも十分な強さだった。それよりも遥かに強い、全員がハルと同じかもしくはそれ以上の実力を持つメンバーで構成された複数のパーティにもし襲われたら、俺は戦えるのだろうか。


 ノキアが以前言っていた、ダンジョンを攻略することは無理だと。ステラには逆らうなと。ようやくそれらの言葉の意味が分かった。

 だからこそ、ノキアは話を聞いた俺の気が変わるかもしれないと思ったのだ。

 ダンジョンを踏破することが不可能だというならば、一生ダンジョンの中で飼い殺しにされるか、諦めて外に出るかしかない。


 ダンジョンの中でくすぶっている冒険者たちも、もしかするとそのことを心のどこかで分かっているのかもしれない。それでもトップの冒険者だというプライドか、叶えたい願いへの未練か、そういったもので蓋をして日々を過ごしていのだとしたら。それはあまりにも希望のない話だ。

 立ちすくんだままの俺を見て、ノキアはため息をついて歩き出した。

 このまま何もしなければ、ノキアは転移扉の中に消えて、二度と会うことは無いだろう。

 俺は再び顔を上げてノキアを見た。


「ノキアさ、俺の気が変わるかもって言ってたよな。気が変わったよ」


 俺の言葉を聞いたノキアは横目でこちらを一瞥した。


「そう、なら…」

「気が変わったから、ノキアを引き留めるよ」


 俺は扉に向かうノキアの前に再び立ちはだかった。

よろしくね

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