第二十三話「ただの成り行き」
どちらも何も言わず、お互いを見つめている。
俺の視線は自然とノキアの碧い髪に向いていた。きっとノキアもそうなんじゃないだろうか。
自分以外の魔族とこうして向き合っていることに、何を思うかは違えど何も思わないはずがない。ノキアはどうか知らないが、俺はこんな風に魔族として別の魔族と向き合ったことなんて初めてだった。この偶然はそれほど稀有なことなのだ。
いまどれくらいの魔族が生きて生活しているのかは分からない。いたとしてもどこかに隠れてひっそりと暮らすか、正体を明かさず人に紛れているか。ダンジョンにいる冒険者ともなればもしかすると、魔族は俺とノキアだけかもしれない。
それなのにどうしてこんな風に相対することになってしまったんだろう。
「あはは、一人でどこに行くんだ?」
こんなところまできて分かり切った質問だが、もしかしたら全部俺の早とちりかもしれない。誰もいない1階層で一人でいるのが趣味だったりする可能性も全くないとは言い切れない。
ノキアは沈黙を破った俺を呆れたように見た。
「ここから出ていくの。だからそこをどいてくれるかしら」
普段通りの淡々とした口調で言うノキアの顔からは、いつもの余裕は見えなかった。しかし迷いは感じない。
分かり切っていてノキアの言葉に、俺は頷いた。
「わかった」
その返事にノキアは少しだけ驚いた様子で目を見開いた。
ここまで追いかけてきておいてこんなにもあっさりした返事が返って来たら拍子抜けだろう。だがハルも言っていたように出ていくのは本人の意思だ。そこにとやかく言って一方的に引き留めることは出来なかった。一度はノキアの意思を完全に無視して従わせていた手前、余計に。
しかし、せっかく巡り合えた魔族とこのまま別れたくはなかった。
扉に向かって歩き出そうとしたノキアを手で制する。
「その前に一つ聞かせてほしい」
「なに?」
ノキアは足を止め、怪訝な顔で俺を見た。なにを、ではなくきつい口調でなに、と言ったのはきっと、何が聞きたいのかという意味ではなくまだ何かあるのかという意思表示のようにも思える。しかし構わず続けた。
「ノキアがどうしてダンジョンに来たのか知りたい。何か叶えたい願いがあったんじゃないのか? それを諦めたのは…」
「今、一つと言わなかったかしら。それにそんなこと、あなたに話す理由がないわ」
ノキアは取り付く島もない様子で再び歩き出した。
予想通りと言えば予想通りの返事だった。今のノキアが俺とゆっくり話をするとは思えない。自分のこととなればなおさらだ。
いや、別に今というか、以前のノキアでも同じかもしれないがここで退くわけには行かない。
「だよね、あはは……でも、それを聞くまでここにいるよ。それが理由にならない?」
「もしそれでも拒否したら、どこまでも追いかけて私を殺すのかしら」
「…っ。そんなことは、しない。ただ話がしたいだけだよ」
今ノキアが言ったことは言いがかりでもなんでもなく、以前俺が自分で言った言葉だ。もう二度と誰かを無理矢理従わせようとするつもりはない。しかしどう言い訳したところで俺がノキアにしたことは事実だ。そんな奴だと思われても仕方がない。
「なら、何の理由にもならないわね」
「もうほんの少し進むだけなのにそれを邪魔されるのは面倒だろ? 話をするだけの方が楽だと思わないかな、あはは」
「そうね。どちらも面倒だわ」
そう言ってノキアは杖をこちらに向けた。ウィザードが杖を向けるという行為は、スキルの対象を定めるということだ。つまりそのほとんどが敵意の表れといえる。
それでも俺はこのまま折れるつもりは無かった。ノキアの言う通り、どちらにしても俺がノキアの邪魔をしていることには変わりはない。
それをわかっていてもどうにか話を続けるつもりだ。
それが伝わったのかは分からないが、ノキアは杖を下げ、諦めたように溜息をついた。
「いいわ、そんなに聞きたいなら話してあげる。どうせもう、何もかも終わったことだもの。聞けばあなたも、気が変わるかもしれないし」
そんな言葉とは裏腹にノキアは目を伏せ、下げた杖を両手で握りしめていた。
ノキアの話を聞いて、俺の気が変わるというのはどういう意味なんだろうか。今考えても仕方がない。聞けばわかることだ。
俺はノキアが語るのを静かに待った。
やがてノキアはどこか遠くを見るように顔を上げて語り出した。
「私がダンジョンに来た理由は、ただの成り行き」
*
まだ私が普通の冒険者だったころ、特に理由もなくパーティが解散した。
いいえ、違う。私のレベル不相応な魔力に疑問を持った当時の仲間は、私が魔族ではないかと心のどこかで疑っていた。パーティが解散したというより、私から離れたかったのかもしれない。
一人になった私は、臨時でとあるパーティに参加した。彼らは前衛ばかりの幼馴染3人組のパーティで、ずっとウィザードのような後衛火力職を探していたらしい。
「頼む、力を貸してくれ。この通りだ」
「でも、私は……」
あくまで一時的なサポートのつもりだった私に対して、彼らから正式なパーティ入りの勧誘を受けた。
パーティ内で疑いの目を向けられることに息苦しさを感じていた私は、断るために自分が魔族であることを彼らに打ち明けた。
そうでもしないと断り切れないと思ったから。
「いやぁ、ダメもとで誘ってみて正解だったよ」
「よろしくね、ノキア」
「ええ…よろしく」
それなのに私は、彼らのパーティに迎え入れられていた。
「こんな美人がいるとなんだか一気に華やかになった感じがするなぁ!」
「ちょっと、華なら最初からあったでしょ!?」
「どこに」
「ここにぃ!」
「くすっ…ふふふ」
「あ! ノキアなに笑ってるのっ」
けれど彼らは私を魔族だと知っても気にせず、仲間として同じように接してくれた。
お調子者のアランも、リーダーのログも、その妹のヨナも。まるで私も幼馴染の一人になったような気さえした。
そして元々十分な実力のあった彼らはウィザードが仲間に入ったことで火力不足が解消され、瞬く間にSランクに昇格した。
「ダンジョンに?」
「うん、ノキアには関係ない私たちの夢の為なんだけど、ノキアの力が必要なの。お願い!」
私はとっくに絆されていた。私を受け入れてくれた彼らの願いの為なら、私は拒むどころかむしろ積極的に協力した。
そしてその実力は、ダンジョンでも十分に通用するものだった。
次々とすさまじい速度で階層を攻略していった私たちは、気づけば9階層まで踏破していた。
「「「乾杯!」」」
この時の私たちはダンジョンの攻略に夢中だった。全部うまく行って調子にも乗っていた。
「どうかしたの?」
「いや、大丈夫。心配ないよ」
「今回結構ギリギリだったから、どうせまたビビってるんでしょ」
だから毎日のように行う祝勝会でログが浮かない顔をしていたのも、ただ酒に酔っただけだのだと思っていた。
周りに目もくれずダンジョンの攻略を進めていた私たちは、ダンジョンのことを、ダンジョンの冒険者たちのルールのことを、何も知らなかった。
よろしくね




