第二十二話「追いかける迷い」
「言いたいこと言ったらなんかスッキリしたわ。で、あの女はどこにいんの?」
ハルは晴れ晴れした顔でそう言った。
ハルのスキルで邪魔が入ることは無かったが、今でも周囲は灼熱の溶岩が地面を溶かし、冒険者たちが鬼気迫る顔で光の壁に武器を叩きつけているという地獄の様相を呈している。
そしてここにはいないノキアは既にかなり先まで進んでいるはずだ。
「ノキアは多分、ダンジョンを出ていくつもりだ」
「はぁ? なんで」
ハルは心底不思議そうに首を傾げた。ハルが特別だっただけで、普通の人間だったら魔族と一緒にいるだけでも嫌なはずだ。その上常に監視されて逃げたら殺すなんて脅されていたら。我ながらそんなことをされたらダンジョンを諦めて絶対に追ってこられない外に逃げようとするのは不思議ではない気もする。
しかしノキアは魔族だった。それに追跡も解除した。もし俺個人を余程疎ましく思っていたとしても、ダンジョンを諦めるほどとは思えない。そこまで嫌われていないと思っているとかではなく、個人程度の好き嫌いで、能力も願いも捨てようなんて思うはずがないのだ。にも拘らずノキアはダンジョンを出ていこうとしている。
「それを今から聞きに、行こうとしてたんだけど…あはは」
ハルに妨害されたなんて言えるはずもない。思わずハルを見て苦笑いすると、何かを察したのか彼女はばつが悪そうに目をそらした。
「ま、出ていくのは本人の自由でしょ。他人がとやかく言うことでも無いわ」
そう言いながらハルは歩き出した。
確かにハルの言うとおりだ。ここで俺がしつこく付きまとっても、ノキアからすればいい迷惑でしかない。しかも自分を脅して無理矢理従わせていた相手からなんて最悪だろう。
追いかけるのも、話をしたいのもノキアのためじゃなく、俺の都合だ。自分と同じ魔族の彼女がどうしてこんなことをしようとしているのか、確かめずにはいられない。何か助けになれるのなら協力したいし、もし原因が俺のしたことにあったなら謝りたい。
「それでも俺は…」
ノキアがそれを望んでいないとしても、とにかくもう少し話をしたかった。
気づけばハルは光の壁の前で立ち往生している冒険者たちの前に立っていた。
「もうすぐ効果が切れるはずだ! そうしたら一気に突っ込めええええ!!」
魔力の障壁に阻まれ怒声を上げている冒険者たちを、何の気負いもなく見上げている。
そしてサンクチュアリによる魔力の障壁が消えていく。熱気が押し寄せ、再びむせ返るような暑さを感じた。前へ進むことが出来なかった冒険者たちは阻むものが無くなり、突撃をしようと踏み出した。
しかしハルは、それと同時に右手に装備した大盾の端を地面に打ち付けた。
「デュエルフィールド」
発動したスキルはヘイトコントロール。いつかのように、冒険者たちの注意は一斉にハルに向いて離れなくなった。俺へ向かって来ようとした冒険者たちは威圧されたように竦んでいる。
こちらに背を向けて冒険者たちと向き合うハルがちらりと振り返った。
「行けば? 追いかけるんでしょ」
「ハル…助かる」
ハルが足止めをしてくれるならこれ以上のサポートはない。彼女なら大勢の冒険者相手でも一人で相手どれるはずだ。
「少しは躊躇いなさいよ!」
「あはは、でも急ぐから」
「ちっ、今回だけはギリギリ許してあげる。それと、次はあたしのことも守ってよね」
ハルは不機嫌そうな顔をしながらも、次と言った。つまり彼女は、当然のようにこれからも俺と一緒に戦ってくれるということだ。この先も俺を必要としてくれている。
仲間になってくれたのがハルで、本当に良かった。
「わかった。約束するよ」
一瞬だけハルと笑いあって、俺は2階層へ続く扉に駆け込んだ。
2階層に入って周囲を探知するが、人の反応はない。ノキアはもうかなり先まで進んでいるようだ。
俺は魔力の光が照らす、薄暗い洞窟を全速力で駆け抜けた。
聖水の効力はもう無くなっているのでハイドロウと絶影を発動し、魔物を無視してひたすら進む。
ときおり戦闘の跡や無残な姿と成り果てた魔物が目に入る。おそらくノキアがやったのだろう。
だんだんと新しくなってきた痕跡に、ノキアに追いついてきたことを悟る。
ただ、追いついてもどうすればいいのか分からない。
あれほど明確に拒絶されて、今更俺がしたことを謝って意味はあるんだろうか。
ノキアが何を思ってダンジョンを出ようとしているのかも、よくわからない。俺のせいだ、と言ってしまうには、まだ出会って大した時間もたっていない俺の存在はノキアにとって小さすぎると思う。
そもそもノキアは、何のためにダンジョンに来たんだろうか。
それが分かれば、ノキアのことを少しは知ることが出来るかもしれない。そんな予感がした。
もうすぐ追いつく。追いついて、話をする。すべてはそれからだ。
1階層には魔物は居ない。何もない、だだっ広い広間があるだけだ。
そんな何もない広間の端にぽつんと存在する転移扉。他の階層の転移扉に比べてひと際大きいこの扉がダンジョンの出入り口だった。
そこに一人のウィザードが真っすぐに向かってきた。
帽子から覗く短めの碧髪が淡い魔力を放っている。
彼女は淀みない歩みで扉に向かっていた足を途中でぴたりと止めた。進むことに迷いや躊躇いがあったからではない。そんなものはとっくに振り払った。
足を止めたのは、目の前に行く手を阻む者が現れたから。
「……あら、早いのね」
隠蔽スキルを解除して扉の前に現れた俺を見て、ノキアは驚いた様子もなくそう言った。
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